第14話 変わらず平常運転
その夜、悠人は両親と一緒に特別番組を見ていた。
見るつもりはなかった。
母親が録画予約までしていたので、見ないという選択肢がなくなった。
画面には、上空から撮影した現在の港区が映っている。
車の消えた道路。
閉じた店舗。
交差点に置かれた規制柵。
感染者は、建物の陰や地下施設から一体ずつ発見され、少しずつ収容されているという。
『封鎖開始から一か月。区域内に残る感染者の数は、当初の推計を大きく下回っています』
落ち着いたナレーションが流れる。
『そんな中、封鎖区域の中心部で、現在も機能を維持している場所があります』
映像が切り替わった。
高い塀。
閉じた正門。
門の前に置かれた柵と警察車両。
ロシア大使館だった。
港区が封鎖されてから一か月が経っても、正門は変わらず閉じている。
敷地の周囲には警備員と警察官が立ち、感染者は一定の距離より中へ入れない。
人間も入れない。
敷地内では自家発電設備や備蓄を利用し、最低限の機能を維持しているらしい。
『関係者によりますと、大使館は現在も通常の連絡体制を維持しているということです』
映像の奥を、一台のゴーカートが横切った。
派手な衣装を着た感染者が、ハンドルへしがみついている。
車体は道路の端へぶつかり、向きを変え、そのまま画面の外へ走り去った。
門の前に立つ警備員は、そちらを見ただけだった。
ロシア大使館は、今日も平常運転だった。
父親が腕を組む。
「あの国は、この状況でも領土を手放さんな」
母親が首をかしげた。
「大使館って、日本じゃないの?」
「土地は日本だろ」
「じゃあ、手放してないじゃない」
「そういう意味じゃなくてだな」
父親が説明を始めた。
悠人はテレビへ視線を戻した。
説明すると、だいたい面白くなくなる。
番組は、大使館がどのように電気と水を確保したのかを真面目に検証していた。
専門家が設備図を示し、今後の都市型災害対策にも応用できると話している。
悠人は、最上階から出られなくなったタワーマンションを思い出した。
建物が強いだけでは、安全とは限らない。
ただ、大使館の門は今も閉じている。
中で何が起きているのかまでは、番組でも分からなかった。
『続いては、封鎖区域内に残された飲食店です』
映像が切り替わる。
画面いっぱいに、山盛りのもやしと豚が映った。
悠人は背もたれから身体を起こした。
某ラーメン本店だった。
店は営業していた。
店の前には列ができている。
防護服を着た作業員。
区域内の設備を点検する業者。
感染者を捜索していた警察官。
全員が間隔を空け、無言で順番を待っている。
『封鎖区域内で活動する関係者に、温かい食事を提供しています』
店内では、客たちがカウンターに並び、大きな丼へ顔を近づけていた。
防護服の上半身だけを脱いだ男が、汗だくで麺をすすっている。
別の男は、口元へ赤黒いスープをつけたまま動かない。
悠人が店の前を通ったときと、ほとんど変わっていなかった。
『店主は、営業を続ける理由について、特に答えませんでした』
某ラーメン本店も、今日も平常運転だった。
母親が画面を見ながら言う。
「あなた、ここで食べなかったの?」
「食べてない」
「せっかく開いてたのに」
「周りがゾンビだらけだったから」
「でも、ほかの人は食べてたんでしょう」
悠人は答えなかった。
それを言われると、食べなかった自分の方が間違っていたように聞こえる。
画面では、食事を終えた男が丼をカウンターへ上げていた。
「ごちそうさまでした」
男は重そうに立ち上がり、ゆっくり出口へ向かう。
その歩き方を見て、画面の隅に《感染者ではありません》という字幕が出た。
スタッフも判別に苦労したらしい。
番組は、封鎖区域内で続く生活を美談としてまとめた。
警備を維持する人。
食事を作る人。
設備を復旧する人。
実際に必要な仕事だった。
ただし、大使館と某ラーメン本店については、災害が起きる前から同じことをしていた。
特別番組が終わり、次の番組の予告が始まる。
『いま世界が注目する、日本のゾンビインフルエンサー。その驚くべき現在とは』
リングライトの前で、若い女性が身体を揺らしていた。
顔色は悪く、口元には乾いた血がついている。
画面の横では、フォロワー数が高速で増え続けていた。
父親が言う。
「これも平常運転なのか」
悠人は予告を見たまま答えた。
「たぶん、本人は」




