最終話 『因果は巡る』
凛とした静寂を貫く森の中で木々を切り倒し、開拓された一本道を歩く青年がいた。顎に手を当てながら周囲を散策しているかのようだった。
「さぁて、残りわずかだ」
休む間もなくせっせと働いているのか、顔には少し疲れが見える。
しかし、青年はその疲労に目を当てることなく働きアリよりも忙しない様子だった。
「先程の世界も邪神様に献上した。残っていた『手帳』のエネルギーも譲渡済み」
『FFの手帳』と題された漆黒の手記を見つめた後、青年は天高くそれを上げた。
「所定の時間となったら降りてもらうよ。毎度のことだから慣れてると思うけれど……。彼がここで受け取るのは変わらずこのままで」
「そして、窮地に陥るための敵を用意すること。後は皇族の意識を塗り替えて身分を得る。前回のループで少女は殺されてしまったから、生きる道を作ってみようか」
青年はぶつくさと言いながら一本道を歩いた。
※※※
その日の晩、青年は王宮に忍び込んだ。超人であっても王宮への侵入は困難を極める。にも関わらず青年は、当然のように門番の間を素通りする。
使った能力は幻影・感覚操作魔法の類だろう。それで人々の認識を変え、操作していたのだ。
「陛下、この世界では僕の傀儡となってもらいます」
そう言ってサーっと寝息を立てている男の頭上を払うと、フワリと良い匂いが漂った。
※※※
初めに青年は王宮を警備する兵の中でも凄腕の能力を持つ図体の大きい男を呼び止めた。
「君に特権を与えよう、僕から君に」
「なンダ?」
「異世界転生者排除法という法名が設立された。法律違反の異世界人を取り締まる警備隊、君にはその筆頭になって欲しい」
「でも、オデ盗賊の女を捕まえる必要があるンダ」
「そうだね。君は多忙に陥ってしまうだろうけれど問題無い。女性の方を終えば異世界人と必然的に出会える」
「分かったンダ。『言霊の神』が言うからには従うンダ」
「頼んだよ期待してる」
※※※
続いて青年は王宮の赤の絨毯が広がる廊下で、一人の老人と猫耳族の少女と出会った。老人は少女を守るように前に出ると騎士剣を抜いた。
「誰ですかな? それ以上我が主にはお近付きにならないでもらいたい」
「あぁっとすまない。僕の名前はヘルメス、つい最近陛下に雇用された新兵だ」
「――聞いたことがない名前ですな。しかし、その佇まい只者ではありませんな」
「ありがとう、ジュラル。でも、そう判断を急ぐのは間違いだよ」
「何故私の名前を? 私のことを何時どこで、知ったのですかな」
「君たちのことはよーく知っているつもりだ。今回も仲良くして欲しい」
サーっと青年は袖を振り払う。甘く蕩けるような匂いが漂った。すると老人と少女はそれを吸い込んだ瞬間――、
「ヘルメス殿、再び王宮外に御用ですかな?」
「ミユと遊んでほしいな!」
「申し訳ありません。本日は急用がありますゆえ、これで失礼を」
※※※
薄暗い路地裏にて、青年は幾重にも血のドレス折り重ねた衣装を纏う女性と会話を交わしていた。
「えーと、前回は――君だったかな?」
「あらあら? あなたはだれどうぇすかねぇ?」
「正理機関……創設者が僕なのは知ってるだろう?」
「おやおやおやおや!! これは創設者様でしたか! どのような御用でございましょう!」
「僕が連絡を送ったらここの路地裏で活動を始めて欲しい。黒髪、黒目の青年は特に追い詰めて欲しい」
「なんとなんと! 光栄です! 分かりましたありがとうございます! あぁ……幸せ!」
「頼んだよ、期待してる。僕のことは一切話さないでね、他の分派のことについても明かす必要はないから」
「はいはい! 了解心得ました!」
※※※
次に青年は王都内に拠点を構えとある宿屋へと入った。
淡々と奥へと進んで行き、受付にドンと構える横に大きい女将と対面した。
「おやおや、どうしたんだい?」
「ここで最近仕事を始めた少女はいませんか?」
「あら、あの子がまた何かしでかしたのかね……ちょっと待っててくださいね」
カウンターの控えに入って行った女将は大声で少女の名前を呼びつけると、薄紅の少女が大慌てで表へと出て来た。
青年はその少女を視野に入れると緩く口角が上がった。
同じようにサーっと袖を振るう。先程と同じようにふんわりと良い匂いがしたと思えば少女の記憶が弄られた。
「前回と同じようにしておくけれど、結末は変えようか」
「――――」
「はい。終わり。前回は皆殺しだったけれど、今回は少し遊ぼうか」
ぶつくさと独り言を言っていた青年は身を翻し、入ってきた場所へと歩き出す。
すると慌てて少女が呼び止めるが青年は一礼するだけで特に言葉を掛けてくれなかった。
その後、数日経過して青年はありとあらゆる場所で術を施し、大量の手駒を手に入れた。
たった一人の少年を異世界から呼び出し、最高のショーの前触れとして、その下準備として、歓迎会を開く準備は万端となった。
青年は幾つもの並行世界を渡り歩くこと――何千万年。
どのような物語を紡ぎ、因果を巡らせてきたのか自分でも分からなくなっている。
それでも、主復活のための余興に過ぎない。遊びだと思えば退屈にはならない、というのが青年の感想だった。
「さて、呼び出すか」
青年は前回の世界線にて、少年に一つ虚偽を述べた。
異世界、全く次元や発展度合いも異なる世界に少年を堕としていた――わけでは無い。
前回の世界、いわば自らが滅ぼした世界に少年を追いやっていたのだ。
邪神がそれを食すのは堕とされた少年が十七になる頃。
つまり、少年は父親が作り出した仮想世界に捨てられていた。
「あれだけで異世界人となるんだから楽だよ。言っただろう? 君は元の世界には帰れない、と」
ここには存在しない、誰も知らない少年のことを思いつつヘルメスことフレオ・ファンダル・アーサーは召喚の儀式を執り行った。
「さぁて、今回はどんな風に結末を迎えるかな」
退屈させないでくれ、という念を込めながら彼は仮想世界より青年を召喚した。
※※※
「がぁぁぁあ!!」
「あらあら」
首に当てられた冷徹な刃が動く直前、俺は左腕を犠牲に魂を削られることを防いだ。
短剣は左腕の骨で止まり、灼熱の痛みが走りと同時に鮮血が地面の木材に垂れた。
「離れ、ろぉ!!」
力を入れることを放棄した右腕でストレート。しかしララはバックステップで距離を取る。
「うっ……ぐっ」
血と汗が混濁する状況。ナイフは俺に刺さったままだ。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!!
何で、何で俺がこんな目に遭わないといけないんだ……!!
引き抜こうにも俺にはそんな胆力が無い。間違いなく自傷するだけだ。刃物が刺さったら引き抜くなってどこかで聞いた。なら、どうしたらどうしたら良いんだよ!
(おや、今回の世界線だと自分で攻勢に出ないのか……とは言ってもこちらも少し変えたけれど)
「もう飽きたわ。貴方の物語に幕を下ろしましょうか」
「まだ、まだだ……っ! 俺は、こんな所で死なねぇ! 生きて、生き抜いて見せる!!」
「そう。それが遺言ね」
ララが隠し持っていたナイフを取り出し、振り上げた。
啖呵は切ったものの、俺には対抗する手段が無い――終わる、終わるのか? 俺はこんな所で、死にたくない……死にたくない……。
ララが獣のように低く構え、地面を蹴り抜く。俺はギュッと目を瞑ることしか出来なかった。
彼女の凶刃が俺を屠る直前――、
「宵闇に 光輝轟く 冬の馬」
気が付けば謎の五七五と共に、碧色の髪をした好青年が俺の目の前に立っていた。
『手帳』が示した因果を待てとはこの事なんだろうか。
俺が助けを呼んだ訳でも無いのに彼は駆けつけてくれた。何て良い人なのだろうか。イケメンなのはムカつくが……。
「僕はヘルメス、君は?」
「俺は、トウマ。トウマ・カガヤ」
「そうかトウマか! よろしく」
ヘルメスと名乗った青年はどこか嬉しそうに手を差し伸べてきた。
出会って間もないというのに、どうしてこうも距離を縮めるれるのだろうか。しかし、それでも何故か違和感は無い。手馴れている感はあるが、悪気は無いだろう。
俺は彼の手を握り、力強く握手した。その青年からはこれまで出会った人間、誰よりも分厚く力強い手のひらをしていた。
その後、行く宛てのない俺を王宮に案内してくれる事になった。
初めは断ったが、一人で異世界を歩くのは少し危ないと思い結局承諾した。
彼になら『手帳』の秘密を教えても――と思ったが、ララのように死の結末を迎えるのはごめんだ。
それに、俺は死亡フラグを回避して、帰還したいし!
落ち込んでいても仕方ない。前を向いてこの世界に順応していかなければ未来は無いはず。
孤独で、一人ぼっちになってもいい事なんて無いんだからさ。
そう思って俺は異世界の大地を力強く踏み、これから起こる異世界ライフに胸を踊らせた。
ポケットにある『手帳』からは警告と言わんばかりに強い光が漏れていた。
これにて「Dead Diary 異世界死亡フラグ回避! 代償を払って帰還を目指す」は終了……。
ここまでどれくらいの人が読んで下さったか分かりませんが、とりあえず感謝を!
一度の挫折から構成し直した物語ですが、改善点は山ほどある……。
それを期待して「ねこラシ」の次回作にご期待下されば嬉しいです!
また会う日まで〜!




