7話 『見出した希望』
「え、いや違うくて。これは、その宝物で……」
「宝物、まさかこの王宮内で入手した盗賊品ではないだろうな」
人の生死を記す古ぼけた『手帳』は盗んだものなら良かったが。そうではないんだ。
「違う! 俺の、大事な――そう、形見だ! 大事な形見なんだ!」
(何言ってんだ俺、欲しいならくれてやるが中を見ればこの人は間違いなく死ぬ!)
キツくなりつつあった表情から一変、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すまない。失礼なことを口にしてしまった。皇子として恥ずべき行為だ」
軽く下げてはならない頭。それを見知らぬ俺に下げるなんて、この人は危機管理能力が低いのではないか?
「読書の邪魔をしてしまった。本当にすまない」
そのまま本の山に隠れどこかに行ってしまった。
自然と安堵の息が漏れる。
まぁ良い。転移魔法について、調べるのを再開だ!
『転移魔法は魔法陣に乗った対象を設定した場所に飛ばす高等魔法の一つ。一度の発動で大人一人分の魔力を消費するため、使用後気絶することが多い』
「魔力、そうかそれが無いと出来ないのか」
昨日のことを振り返る。
俺は攻撃魔法と回復魔法の二つを使った。
難なく使うことができたということは俺にも魔力がある、ということか?
手を前に出し、魔法とやらを使おうと試行錯誤するが何も起こらない。
「いやでも、使えたよな。俺も魔法を使えたのは事実、昨日できたのに今日は無理、なんてことは無い――あっ!」
二つの場面に共通点があることに気がついた俺は『手帳』を取り出し、年季の入った表紙に手を置いた。心の中で水の魔法を唱える。すると――
ポワッと柔らかい音と共に、手のひらサイズの水玉が出現。
「おおっ! やっぱりそういうことだ!」
異世界人である俺に魔力は無い。
だが『手帳』には魔力が宿っており、それが俺の体に入り込み魔術の使用が可能になる。
「となれば、こいつを使って転移魔法陣に魔力を注げば――!」
直後、俺は天にも上る勢いで跳ねる。
結果として俺は晴れてハッピーエンドを迎えられる、という訳だ。
あの二つの選択を選ばずとも、魔法陣の知識を身につければ、殺人鬼にもならず記憶を保持したまま帰還できる!
「うっひぉぉ!! 来たァァこれぇぇ!!」
帰還への道筋が一気に開拓。
俺は再び図書館で大声を出していた。
※※※※※※※※※※※
一方その頃、ミユのお目付け役のジュラルとヘルメスが密室で会合を行っていた。
重厚な鎧や大剣などが立ち並ぶ、騎士の部屋だ。
「ヘルメス殿、何か分かりましたかな」
「さっぱり分からない。彼と会話をしてみたけれど、何も覚えていないの一点張りだった。唯一覚えているのは祖父母だけだ、と」
「うーむ。もしやララ・パールと同じ盗賊の一味で身分を偽っているのではないのでしょうか」
一人の人物についての謎を紐解こうと二人は考え込んでいた。
昨日の早朝、盗賊が侵入し複数の骨董品が盗まれた。すぐさま盗賊討伐隊を派遣したが惨殺。
盗まれた物は盗みに入った人間がどこに隠したのか不明だが、アジトらしき場所に侵入した際一人の青年が死に直面していた。
証拠隠滅のために殺す、なら理解できるが彼はその日初めてララと知り合ったと先程主張した。
「加えて、彼は不思議な手記のようなものを常に持っている。肌身離さず持っていることから、彼にとって重要品であることは間違いないだろう」
「そのようですな。ですがあの『手帳』とやらは、妙な妖の気と莫大な魔力を感じました。危険物であると思いますが……」
「僕もそう思うよ。もしも彼が変な気を起こし、『手帳』を利用して何かしたら……国は一撃で沈まされる。それは僕の立場上防がなければならない。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないためにも――」
昔日の過ちに胸を痛めるヘルメスに対し、ジュラルは言う。
「気落ちめさるな。貴殿は国のために最善を選んだまで。何も間違ってはおられぬ」
「ありがとうジュラル。それだけでも救われた気がするよ」
微笑しながら彼は遠い情景を写す窓に目をやる。何も無い、城壁とただ鬱蒼と森が広がっているのが見えるだけだ。
「現状、僕が最も彼に近づきやすいはず。あの『手帳』が何なのか、中に何が書かれているのか確認してみます」
「無理はなされるな。いざという時はこの木偶の坊に力を――」
「問題ない。今度こそ遂行してみる」
椅子から立ち上がり、碧色の青年は決意を胸に部屋を場を後にした。
騎士の部屋に一人残されたジュラルはヘルメスが立ち去った扉をずっと眺めていた。
※※※※※※※※※※※※
「いーや、俺は絶対ここでやる!」
『ですから、ここでやると永き月日を掛けてありとあらゆる場所から集めた書物が消えてしまうんです』
「だったらまた探せば問題ないって、第一こんな大量にあるんだから全部読んでるわけがない」
転移魔法を早速やってみようとなったのだが、番人である精霊がそれを許可してくれない。
『ではこちらも然るべき対処を取らせて頂きます』
するとこれまで読めていた文字が解読不能の文字に化けた。顔を上げれば青の精霊がフワフワと浮いているではないか。
「ちょ、それはずりぃよ!」
『ではここで試されるのはお控えください』
沸騰していた頭をポンポンと叩く。
暑かった体から熱が抜け、騒がしかった鼓動も収まった。
「分かった……俺が悪かった。いくら何でも言い過ぎだった」
『ホントですよ。ここにある書物は全てが一級品。紛失は犯罪と等しいんです』
「げっ……マジかよ」
自分が死の境界線を越えようとしていたことに気がつくとゾワッと全身に鳥肌が走った。ともかく、これで指針は定まった。
俺の目標は『手帳』の魔力を使い転移魔法陣を発動させること。
「パッと終わらせて、パッと帰る。あんな選択選ぶもんかバーカ!」
俺は地面に転がる黒の書物に向かって舌を出す。
その時、『手帳』がブルっと動いた気がした。
「そーいや、こいつ……」
皇子と名乗る人と出会った時、ポケットが光っていると指を差された。
手を伸ばした直後、またしてもそれは灼熱を纏っているように熱かった。
「すまん、精霊。少し離れててくれ」
『指図とは感心しませんね、まぁ良いですよ』
誰にも中は見せない。
俺と無関係な人間、文字が読めるやつなら尚更だ。
フーッと肺に溜まっていた息を全て出し、気分を切り替える。
小刻みに震え出した指でページを捲る。殴り書きのような文面で、そこには誰かの死が――
『トウマ・カガヤは明日、死亡する』
「……ぁ」
自分のことについて書かれた内容。
身体が、硬直する。時が止まったように。
救いの選択肢。それを見ると、
「な、い……?」
回避ルートは一つも示されていなかった。




