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6話 『書庫の番人は精霊』

 今日は図書館に行って転移を調べる。その日だ。


 昨晩、『手帳』の内容を思い出しては異常者のように頭を掻きむしり唸り声を上げた。

 ベッドの下に雑に投げ捨てられた真っ黒な手記を拾い上げる。


「寝ている間に進捗は――無い、か」


 使いたくない。最低なことしか書かれないこれとは縁を早々に切り上げ、現代に帰りたい。


 『トウマ・カガヤが帰る方法。転移魔法陣の起動』


 静かな一室に俺のため息が響く。その直後、部屋の扉が開かれる。


「やぁ、元気そうで良かったよ」


 爽やかな調子で話しかける碧色の青年は大きく頷きながら言う。手に持った鉄の扇子がチャリと金属を鳴らし俺の方に向けられる。


「今日から早速、と言いたいところだけど一日は休むようにと治療医が僕に伝えてね。でも密室に閉じ込めておくのは少々忍びない。だから特別に王宮を歩くことを許可してほしいと陛下にお願いしたんだ」


 陛下、シュラーゲル王国の皇帝に申請……。苦笑いしながら書類送検の感覚で伝えるヘルメス。


「無事お許しも得られたし、君をどこに連れて行こうか迷っているんだ。どこか希望する場所はあるかな?」


「なら、図書館に俺を連れて行ってくれませんか」


「分かった、それと敬語は使わなくて良いよ。僕はそんなに偉い人間ではないからね」


 てなわけで俺は、ヘルメスに図書館へと案内されることになった。そういえば場所知らなかったからラッキーだな。



※※※※※※※※※※※



 石畳を踏む度、高音が響く。その音に紛れ、二人の人物の会話が飛び交っていた。碧色の青年が、黒髪の青年に問う。


「――つまり君は、記憶を失っている状態、ってことで良いのかい?」


「厳密に言えば違うけど、まあそんな感じ」


 道中、ヘルメスからの質問攻めをされていた。内容は特別変わったものではない。初めての会話、ということで出身地や好きな物、家族のことについて聞かれた。


「覚えていることが、君の祖父母のことだけで他は一切覚えがない……。僕にも分からないな。もしかすると君は何かの災害に巻き込まれたのかもしれない」


「と言われても、出生地も分からないので……。祖父母には申し訳ないことをしてると思ってます。――ヘルメスにもそんな後悔あったりする?」


 聞いた瞬間、引き攣ったような表情を顕にし顔を背けるヘルメス。そのまま無言の時間が流れる。俺が謝ろうとした時、彼は大扉の前に止まった。そして、作り笑いのようなもの見せながら、


「ここが図書館だ。僕はこれから用事があるから傍には居られない。くれぐれも書物を破損させないように気をつけてね」


「お、おう……」


 手短に淡々と伝えると彼はその場を後にした。

 ヘルメスが立ち去った後、俺は大扉に手をかけ力いっぱい押した。

 ほんの少しの空間が開いた瞬間、木と紙の香りが鼻を突き抜けた。さらに力を込めると、何重にも重なる棚とそこに収納されている書物が視界を埋めた。


「こりぁ想定外……探すのに手間取りそー……」


 苦笑しながら中に入り、顎を上に向けた。首を垂直にしても先が見えぬほど積み上げられた本の塔、天井から射し込む黄色味を帯びた陽光。


「あのー、誰かいませんかー」


 図書館にいる店員さん的な人を捜すことにしたのだが一向に見つからない。

 右に行って、左に行ってを適当に繰り返した後俺は諦めた。人を捜すこと十数分、諦めがついた俺が博打で本を探そうとした時、


『お呼びでしょうか』


 エコー掛かった女性の声でそう言われた。

 ビクッと体が反応し、周囲を見るがいない。気のせいかと思った瞬間、蒼の光を放つ光の塊が目の前に現れた。


「うぉわあ! なんだお前! 幽霊か?!」


『図書の番人をしております精霊です』


「精霊、言葉話せるのか。つか異世界なんだから当然か……」


 ポリポリと後頭部を掻くと精霊は淡々と進める。が、ポケットが異様に熱を帯びている。布越しに伝わる熱の正体、俺は触れかけるところで静止させた。


『本日はどういった書物をお探しですか』


「えぇと、転移について書かれた本が読みたいんだ」


『転移、分かりました。こちらです』


 フワフワと宙を舞う蝶のように動き始め、俺はその後を追った。

 たどり着いたのは入口から見て三階の右奥。書店以上に本が積み上げられている場所だ。

 

 では早速と思い、本に手を伸ばした。表紙を捲り中を見た瞬間、冷や汗がコメカミを伝う。なんだ、これ。なんかの落書き、じゃないなルーン文字なるものか? こんなの一体誰が読めるんだよ……。それを察したのか精霊が口を開く。


『まさか、字が読めないのですか?』


「ま、まさか。読めるに決まって……読めないです」


 俺は意地を貼ろうとしたが、それが悪あがきということに気が付きすぐに諦めた。

 瞬間、膝の力が抜け俺は地面に手をつく。刻まれた文字がただの模様のように映る。

 ――俺は、あの二つのうち一つを選ばなければいけないのか?


 と思うのは野暮だったと次の瞬間には分かる。


『ならば私が貴方の知恵となりましょう』


「知恵? 何言ってんだ?」


『私は精霊、人の内に入りあらゆる効果をもたらせることが出来るのです』


 俺はハッとなり立ち上がる。

 暗かった視界に太陽の如き光が射し込む。


「よしっ! じゃあ早速頼んだ」


『物分りが早いですね。では失礼します』


 隣で浮いていた精霊が俺と重なる。同時、再びポケットが熱くなる。確認しようとする手を抑え、俺は記憶からそれをデリートする。

 数秒経過したが眩い光が、ってことは起きなかった。そもそも何も起こらなかった。


「まさか嘘ってわけじゃ――」


『本をご覧下さい』


 諭され、視界を古ぼけた本に落とす。すると、読めたのだ。グチャグチャで何が書いてあるか分からなかった本が日本語に変換され、俺が読める字体へ。


『転移魔法とその歴史』


 初めに読むには良い本だと思った。

 分厚く重い表紙を捲り、内容を拝む。ズラっと並べられた文の合間に、魔法陣のようなものやら、その解説がついている。


 心臓の拍動が速くなるのと同時に息遣いが早くなる。


 手元にある『手帳』とは何もかもが異なる。

 俺はとりあえず歴史の部分を全部飛ばし、実践のことについて書かれた箇所を抜擢し読む。


『転移装置の発動方法それは■■■を■■し、■■へと変換すると起動』


「いや読めなっ! こんなもん字が読めても意味ねぇじゃん!」


 俺はその下に続く転移装置の作り方を見る。


『作り方は古代と同じで魔法陣を多重構造にし、■■血で陣を描く。なお、重ねる際は転移先を先に設定し現在いる場所を後に描くこと』


「こっちも肝心な部分が抜け落ちてるし!」


 だが後者にはまだヒントがある。血というワードが入っている。血液のことだと凡そ検討がつくが、それは誰の――


「ぁぁあ! 違う違う! あれを決定づけるために来たんじゃねぇよ!」


 バシンと乾いた音が室内に広がる。俺は自分で自分を落ち着かせるため頬を叩いた。

 その場に座り、もう一度書を読もうとした時だった。背後から声が聞こえた。


「騒がしいな、ここは静寂を貫き、知恵を深めるための場所だと知っているはず」


 お叱りの内容が耳いっぱいに詰め込まれる。俺はパッと振り返り、そこにいる人物を視界に入れた。

 空を投影したしたかのように蒼く澄んだ髪をかき上げ、橙色の瞳で俺を見つめる美顔。


「癇癪を起こされると困るものだ。それが、皇子だとしても」


 騎士服を纏い、自らを皇子と呼ぶ者が俺の前にいた。誰ですか、と聞こうとしたが彼はピンと指を立てその指先を俺に向けたのだ。

 いきなり指を差すなんて皇子であっても失礼だ。なんてことを思っていたのだが、


「ポケットが光っているが、まさか……禁じられた書か?」


 首を傾げる皇子の言葉。

 心臓を鷲掴みにされたようにドッと汗が噴き出した。


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