5話 『シュラーゲル王国』
ヘルメス達の背中を追いながら転移についてどう調べるか模索した結果、図書館という結果に至った。
「さてそろそろ、王宮の門が閉まってしまう。急ごうか」
門を潜り、入国すると息が詰まった。
周りを見れば獣耳の衛兵が槍を構え、鱗を生やした商人が馬を引く。
拓けた通路が広がり、その果てにあるのは、現在よりも高だちに位置している西洋風の宮殿。豪華な装飾が施され、無数の明かりが灯されている。その目の前には階段。
「さぁ上がるよ」
階段の段差で足を躓くが言われるがまま上へ上へと段を進む。
進む度に心臓の鼓動のうるささが上がるのを感じる。先程から足が止まりかけている。
止む無く振り返ると、緑の海が広がり、星が瞬く。城壁の兵士が松明を掲げ、影を伸ばしていた。
「この世界を歩けば、いつか帰る方法が見つかるのかな……」
「トーマ! 早くー!」
いつの間にか最後尾であったジュラルよりも後ろに。感傷に浸っていた俺を呼びかけるミユの声に俺は再び段を上った。
直後、ポケットが怪しく光った。踏み出した足を再び止めて、俺は『手帳』を取り出した。とあるページから光が漏れている。
ゴクリ、と唾を飲む。ページの端を摘み、捲ると――
『トウマ・カガヤが帰る方法。転移魔法陣の起動』
『一. ミユ、ヘルメスなどを含む千人の命を奪い、魔力を補填する』
『二. 家族との記憶、これまでの関係を代償に今すぐ帰る』
「……は?」
拍子の抜けた間抜けな声が喉を通り抜けた。
殺す……? 千人の命、を?
忘れる? 今までの現代での関係も差し出して?
勝手に手が震え出し、耳にはドンと脈打つ心臓の鼓動のみが入る。気持ち悪い、吐き気がする。
瞬間、体から力が抜け視界が暗転した。
※※※※※※※※※※※※
真っ白な天井、見覚えのない景色だ。ゆっくりと上体を起こしてみれば四つ星ホテルのような内装の部屋。窓から差し込む月の光が俺を照らしていた。
「俺、気絶したんだ……」
『トウマ・カガヤが帰る方法。転移魔法陣の起動』
『一. ミユ、ヘルメスなどを含む千人の命を奪い、魔力を補填する』
『二. 家族との記憶、これまでの関係を代償に今すぐ帰る』
「──ッ!」
今になって、やっと帰還法方法が載せられた。一番初めのページに、普通の本であれば目次と呼ばれる場所に、だ。
「そんなの、俺に出来るわけないッ! 吹けば飛ぶような俺がッ!」
雲のようにふんわりとしたベッドに拳を叩き込む。俺一人のために、この世界の人間を虐殺、できるわけがない!
やり場のない怒りをひたすらにベッドに当てる。ベッドは殴っても次の瞬間には元の形に戻る。
自然と握られた拳にはまだ力が籠っている。が、俺は気持ちを落ち着かせようと窓の前へと立った。
「……でも、死んでない」
初日が、終わった。帰れなかった。一日目での帰還は無理だった、がこの世界を生き延びたことを先ずは褒めよう。頑張ったよ、俺。
仰向けとなり、人が本当にいないかをもう一度確認した後、俺は『手帳』を取り出した。
「お前は、何なんだ」
正体不明の謎多き『手帳』。
魔法と未来視ができるこれは唯一無二の『祝福』なのだろうか。ペラペラと中のページを捲り、出来事を振り返ることに。だが、ある箇所で俺の視界は釘付けとなる。
『冬馬輝は女性を助け、男を殺した』
『規約違反:ララ・パール 享年十九歳 死因落下死』
「規約、違反……?」
漢字で書かれたその四文字を俺はなぞったその瞬間――『手帳』を捉えていた視界が切り替わる。
『信じて貰えないかもだけど、空から降って来たんだ』
『空から?! 凄いわね、他にどんなことが出来るのかしら』
『さぁ、俺もまだよく分からないんですよ』
『羨ましい、私も欲しいわ』
「これは……!」
昼間、小屋での光景を神視点で見ている俺。
すると、昼間の俺がララに『手帳』を見せようとした瞬間、彼女に寄せようとした腕を引き攣ったような顔で引っ込めたのだ。
するとまたしても視界が切り替わる。
今度、視界に映るのは『手帳』の一枚のページ。先程の二文。
「まさか、いや……これはそういうことか?」
規約違反。その文字をなぞった時、俺は今は亡きララに『手帳』の中を見せようとした一コマを見せられた。その時、『手帳』は業火のように熱くなった。まるで、『見せてはならない』と言っているかのように。
だが、彼女は、ララは中を見てしまった。俺が知らなかったとはいえ、彼女は『未来日記』の中を覗き、自分の未来を知ってしまった。その人間が最後、どうなるか――
「あぁぁ! マジかよ!」
俺は起き上がり思いっきりベッドに拳を叩き込んだ。伸縮性の高いベッドは俺の力を倍にして返し、仰け反った俺は流れるように仰向けとなった。
「絶対に、見せてはいけない……見せたら、全てが終わる……」
代償はその命。禁忌に近い書物が俺の手元にあるのかもしれない。そうなればより一層、俺が果たすべき事を完遂させなければならない。
「二人とも、心配してっかな……」
二人の顔を思い浮かべようとした時、俺は少し思い出すのに手こずった。なんだ、この世界に来てからというもの二人のことに関して思い出しにくくなってんな。
「まさかこれも――なんてことはないか。ただ疲れているだけだ」
川辺でやった花見。俺が川に落ちたと思って捜してるのだろうか。今も心配して寝れてないかもしれない。今でも薄暗い道を二人きりで捜しているかもしれない。腰の悪いじいちゃんは何よりも俺に優しかった。悪いことをしてもただ微笑して「仕方のねぇ子だなぁ」と言ってクシャクシャに頭を摩ってくれた。
自然と自分の頭を触る。
そこには誰の温もりもない。自分の髪の毛があるだけだ。
俺は目頭が熱くなり、ツーっと目から一筋の水が零れた。
「待っててな。すぐ帰るから……絶対、明日には帰るから……!」
決意を胸に俺は布団を大きく被った。明日は、図書館に行って調べる。転移について、全部、全部だ。あの選択を取らずとも解決できる道を――瞬間、手帳が光った。
「またかっ!」
手が勝手に震え出した。もう分かっている。布団を握る手に自然と力が籠る。
ページが勝手に開き、滲んだ文字が浮かび上がり──
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『トウマ・カガヤが帰る方法。転移魔法陣の起動』
『一. ミユ、ヘルメスなどを含む千人の命を奪い、魔力を補填する』
『二. 家族との記憶、これまでの関係を代償に今すぐ帰る』




