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53話 『地下牢は最悪』

「うぉわぁ!?」


 ドサッと雑に投げられたようにトウマは屋敷の地下へとワープした。ここ数日で人を運ぶことに慣れたが運んだ後の着地という部分に関して何故か上手くいかないことが多い。今回もまた、尻もちをつく形となった。


「くそが……こちとら頭怪我してんだぞ」


 自らの技量に小言を一つ入れながらトウマは周囲を見る。石が積み上げられ音が響かなさそうな暗闇。掌を上に向け、火魔法を使い明かりの代わりとすると全貌が見えた。


 鉄の折と硬い石で覆われた牢屋。牢の中には布切れ一枚とプライバシーの欠片も無いトイレがあるだけだ。


「なるほど地下牢ってやつか、にしてもこの世界でも鉄格子なんだな」


 異世界でありながらも牢屋の形は向こうの世界と変わらないことに興味を持ったトウマが冷たい鉄を握った直後、ビリッと静電気のようなものが全身を駆け巡った。


「ぃぃぃいい!?」


 静電気を少し強くしたラージ静電気が走ったのを感じたトウマは鉄格子から手を離し凝視する。今は冬ではないしセーターを着込んでいるわけでもない。


「一体何が――」


 原因で、と言いかけたところで握った方の掌の指先を見てみると、肉が焦げたように真っ黒になっていた。チョンと少し触ってみると、ジュワっと肉が焼ける匂いと共に未知の苦痛が神経を伝った。


「いって!! なんだよ、これ」


 脱獄対策とでも言うのか? だが今どき鉄格子に熱を込めるバカがどこにいる。そう思ったところで同じ特徴を持つ二人の人物が頭に浮かんだ。


「あぁ、やりかねないわ。アイツら馬鹿だし」


「――そいつは対魔法を考慮して造られたワシ特性の鉄じゃて」


「うぉおわ!」


 独り言のつもりで言っていたのだが、人がいるらしい。それもトウマが丁度鉄格子を握った部屋だ。

 心臓が空に跳ねた様な感覚に襲われつつ、トウマは声の主の方を見る。


「フォッ」と喉を鳴らした男をよく見てみれば口周りを真っ白な髭で覆い、頭は髪一つない坊主頭。シワまみれになりながらも活力を保っている瞳をしている老人がいた。


「何じゃ、ここは地下牢じゃて。人がいることくらい当然じゃて」


「爺さん、生きてるのか? ゆ、幽霊とかじゃなくて?」


「ゆうれい? 何じゃそれは。ところでお主、良かったらここを出してくれんか」


「あぁ分かった」とトウマは自然な流れでドアノブに手を掛けた瞬間、再び雷走が。痛烈な叫びと共にその場に蹲るトウマ。やられた、ジジイにまんまとしてやられた。畜生めが、と老人を見ると彼は胡座を組んだまま座り、目を限界まで大きく開いていた。


「ドアノブにまで掛けれているとは……! 申し訳ないことをした。すまぬ」


「うっ、ぐぅ……まぁ大丈夫だ。ところでこれ、アンタが作ったって言ったよな?」


「あぁワシは元々、この街一番の金属加工技術を持っておってな。あちこちに浮かんでいる浮遊城の枠組みの素材を作ったのもワシじゃて」


「へぇ凄いじゃん。でも、そんな人が何でここに?」


「ある日、アモデウス家とやらから目の前にあるもんを作れと言われてな」


 老人はトウマが握った鉄格子を豆だらけの指で差した。しかし、その手は小刻みに震えており、彼は痰が絡んでいるのか大きく咳き込んだ。数度、咳き込む中で石の上に鮮血を散らした。


「ちょ、大丈夫ですか?」


「ゲホッ。大丈夫じゃて、もうここに入れられて二年。老体には少しキツイが死にはせん。恨みを晴らしてから逝くんじゃて」


「恨み? アモデウス家に?」


「そうじゃて、ワシはやつら二人に呼ばれこの鉄格子を作れと言われてな。この鉄格子には特殊魔法が組み込まれていてな、三度触ったのなら檻の中に転移する魔法陣が入っておる」


「え、おいまじか! 俺あと一回で収容されるじゃん!」


「そうじゃて、だから触るべきじゃないんじゃて」


「触るなって言われると触りたくなるけど、これは触りたくねぇ」


「でじゃ、多額の報酬をチラつかせられたワシは何も疑わずこの檻を無数に作り上げた。作り終えたワシは報酬を貰おうとしたが、門前払い。後日屋敷を訪ねても同じ。三度目、門前で喚いていたところを取り押さえられ、気が付けばこの牢獄に入れられておったんじゃて」


「あいつらどんだけ貪欲なんだ。金沢山持ってんなら少しくらい払えってんだ」


「そこから毎日この檻の中で臭い飯を食わされ意味もなく生きておる。ワシと同じように連れてこられた者がおったが、数日で頭を石に叩きつけて死んだんじゃて」


 平然と淡々と語る老人が「隣じゃて」と言ったのでトウマがチラッと興味本意で覗いて見た。


「ひっ……!!」


 反射で腰を勢いよく地面にぶつけたトウマ。

 隣室には真っ黒に変色した血と思しき物と、白骨化した遺体があった。皮膚も筋肉も何も残っていない。恐らくウジ虫やハエに食われたのだろう。

 ツンっとするような異臭がトウマの鼻を伝って頭の傷口を刺激した。


「うっぷ……」


 恐らくそのまま放置されたに違いない。

 隣室が事故物件、しかも石壁一枚だ。異臭とハエのたかる音、虫が囀る音やらが聞こえたに違いない。そんなお隣さんだったらトウマも同じく自死を選んだかもしれない。


「堪らんて、気の遠くなるような異臭、死にたくなる程の叫び声、鼓膜を破るほどの壁に爪を立てる音。じゃが、ワシは耐えた。この環境で、イカれ、狂っていた中でワシだけは死なんと、耐えて、耐えて、耐え抜いた結果、お主が来た」


「お、俺?」


「まともな人間と話すのは実に何ヶ月ぶりか、会話術が衰えておらんか失敗だったが無事じゃったて」


「お主、火魔法を使えるようじゃな」


 老人がトウマの右手に煌々と光る炎を見て一言。トウマは「一応」と苦笑いしながら返事をする。

 完璧に使える訳ではない。ここ一ヶ月で使えるようになったのだ。


「爆発を起こして欲しいのじゃて」


「爆発、あぁ鍵を壊すのか」


「鍵なんてものは無いんじゃて。ほれ、見てみろ」


 まさかな、なんて事を思いつつトウマはドアノブ部分を見る。そこにあるべきはずの鍵穴は見当たらず、南京錠のようなものも見当たらない。何だこれ、どうやって開けるんだとトウマは目を細めた。


「マジでねぇじゃん、どうしたらいいんだ?」


「じゃから爆発じゃて。穴が空いたり、形が曲がれが開くようにやるんしゃて」


「待った、それじゃあ爺さんが死んじまう」


「大丈夫じゃて、ワシは死なん」


「いや信用出来ないよ?!」


 流石にご老体が至近距離で爆風に飲まれた場合どうなるかぐらいトウマにでも分かる。牢屋の奥行はあって四メートル。

 部屋の角で縮こまっていたとして破片、衝撃波やらで死ぬ可能性は大。


「あ、俺の仲間に凄腕の魔法使いがいるんだ。助けてから戻って来てもいいか?」


「ほぉ、了解した。じゃが急ぐんじゃて、どうしてか胸騒ぎがするんじゃて」

 

「おう、任せとけ!」


 ということで爺さんのことは後回しにすることになったトウマ。魔法のレベルでは遥かに自分を凌ぐミレーユの助力が必要と見た。


 とは言ったもののトウマの魔法のレベルは並外れている、訳では無いが一般人並の技量はある。ではどうして助けなかったのか、それは自尊心が低いに尽きる。


「うっ、にしても暗いし臭いし、どこまで続くんだよ」


 チラッと上を見て見た感じ二階建てみたいだ。それにしてもトウマは明かりが一つも無いことに違和感を覚えた。夜だからという説明はつくのだが、松明スタンドが全くもって見受けられない。


「極悪人どもに火を使うのすら惜しいつーわけか。ほんとにケチな奴らだ」


 今更あの二人に絶望することはないのだが、縛についた人々でも人間だ。最低限度の人権くらい保障されるべきであろう、というのが日本生まれのトウマの感想だ。


 トウマの靴底が石と触れる音のみが響く地下牢。まるでこの世界で一人ぼっちかのように。時折牢獄の中を見るがもちろん誰もいない。あの隣の部屋だけが異常だったのか、とトウマは疑念を持つ。


「あん? なんだあれ」


 終わりのないように思われた牢獄の海が終了したと思いきや、階段が現れた。しかも、その両脇にある牢獄には赤褐色の魔法陣が地面に描かれている。魔法陣はまだ発動できるらしく、微弱ながら光を放ち続けている。


 ――入りたい。その欲求に背中を蹴られたトウマは何も疑わずに歩みを進めた。


 歩く度に自分の足音にビクビクしながらトウマは暗い闇の底へと沈んで行く。先程からヴーっと耳鳴りながするが恐らく頭の傷のせいだろう。時間が無いのは分かっているがもしかしたらこの先に彼女があるのかもしれない。


 深海のように暗く光の届かない場所まで降りてきたトウマは階段を終わりが視野に入った。そのまま形に沿って直線となった通路を歩くと、次に現れたのは古代ルーン文字の様なものが刻まれた石扉。何百年も放置されていたのか角は欠け、小石があちこちに転がっている。


「マジで、地下牢最悪すぎだろ。なんだよこれ」


 未知の文字が刻まれた箇所を指でそっとなぞるトウマ。頭からお尻まで、二行に渡って何かが刻印された扉の感触は普通の石だった。


 なぞり終わった直後、眩い光を放つ扉。

 何百年もの間、輝きを浴びていなかった石が喜んでいるかのようにゴゴゴと震え出した。


「なんだ地震か?! だとしたら最悪のタイミングすぎんだろ!」


 大地全体が唸りを上げているかのように上下する。しかし、やがては収まり小さく蹲っていたトウマは安全を確認する。


「これで入口が塞がってたら笑えねぇ、漫画だとよくあるけどやめて欲しい!」


 軽口を叩きつつ、トウマは先程の扉と向かい直す。すると驚いたことに、先程まで鉄壁の如く閉じていた扉がひと一人分だけ通過可能な幅で開いていた。隙間から見えるのは上階にあった魔法陣と対象の蒼の光。


「行きたく、ねぇ。でも、ここまで来たら行くのが男だ!!」


 渋る足を無理やり動かしここまで来た時間と恐怖の代償をプラスに変えるためトウマは扉を潜った。もしかしたら人力で開くのでは? と思ったトウマは出来心で石扉を押したが「動くわけないだろ馬鹿」と扉に言われたような気がしたため中断した。


「さて、どんな宝の山が待ってるかなー」


 淡い希望を抱いて中に入ったトウマ。が、期待はずれというのが正直な感想だろう。まず初めにやはり魔法陣があった。地面に大きく描かれた摩訶不思議なそれは強い光を放ちながら数百年の衰えを感じさせなかった。


「宝箱の一つも置かれてないし壊せそうな壺もない。あるのはこの魔法陣だけ……あ、いや本棚がある」


 グルリと部屋を一瞥し、部屋の隅っこに申し訳程度に置かれた本棚を見つけたトウマ。

 今のトウマにとって本は物によるが黄金以上の価値を持つものがある。一つ一つ丁寧に確認していくのだが、物色タイムに入ったトウマは早速手をつけたことを後悔した。


「汚ね! 埃やべえな、アレルギー無くて良かったよ。もしかしたら死んでたかもしれないな」


 自分がアレルゲンを持っていなかったことに安堵しつつ、「うぇぇ」と苦いものを無理やり食わされたような表情で物色するトウマ。

 棚に置かれていた本は合計で六つ。どれもこれも尋常じゃない埃を纏い、フッと息をかける度に全身を針で刺されたかのようなむず痒さが走り鳥肌が立った。


 そして、最後。六つ目を手に取った時――


「これは――?」


 今までの五つは雑魚キャラ、モブと言おう。しかし、今手に取った蔵書は立ち振る舞いから異なる。古ぼけているが隅々に色褪せているが全盛期は黄金に輝いていたであろう装飾、表紙の質感は厚く歴史を感じさせる。タイトルも長ったらしいものではなくシンプルに、


「異世界人と転移魔法」


 題名をなぞりながらトウマは呟いた。

 タイトルからして全くもってトウマと無関係、ということは無いだろう。


 一応、念の為にとトウマは誰もいないことを確認。少し間を置いて心の準備を整えてから開く――。じっくりと、高級食材を味わうように丁寧に一字を読み、噛み締めるのだが――、


「――あ?」


 目が止まった。何かがおかしい。冬の真っ只中、防寒対策をしていないかのように皮膚が凍りつき、顔が強張る。筋肉を走る神経という神経から力が抜け、本が地面に落ちる。


 信じられぬ。あってはならない事だ。この世の深層心理に触れてしまったかのように、トウマは何度も同じ箇所を見て、読む。また、見て、読む。


 脳が拒絶、いや理解するという処理が出来ない。機械の歯車が一つ抜け落ちたかのように完璧な処理が出来ないのだ。


 落とした蔵書はトウマが読んでいた箇所を開いたままだった。


 一体何が、一体何を見たのか。

 それは無数に綴られた文章と一つの挿絵が原因だ。挿絵の中、それは自分と瓜二つの人間が無数の管が繋がれたカプセルのような物に閉じ込められ、酸素マスクのようなものを着用した自分。眠っているかのように目を閉じている様は死んでいるようであった。


 だが、最もトウマの視線を引き釘付けにしたものはそれではない。


 全身が拒否してやまない、現実から目を背けたくなるほどの真実、それは――




「『二百年前』の奇跡の人、冬馬輝は現在も眠り続けている――」

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