51話 『汚職貴族』
――呑気なものだ。
フィンセントは配下二人が立ち去った後、未だに眠り続けるトウマを見てそう思った。危機的状況、命の危険を感じ、生存本能が働くべき所であるというのに小さな寝息を立てながら眠り続けるトウマを見て少し呆れたように鼻息を飛ばす。
「にしても縄も掛けずに放置するとはどういうこと?嫌がらせかしら、ほんとくだらないわね」
「違う。流石に大々的にそんなことはしないだろう。薬を飲ませてある。魔力の流れを止める薬をな」
「へぇー凄いわ。薬学にも精通してるのね!」
「当たり前だろう、俺たちの繁栄を永遠のものにするため、先ずは我らの子供に継がせよう」
「そうね、邪魔する奴には死を――」
「あのー、お取り込み中悪いんですけど俺の存在忘れないでほしいんだけど」
徐々にイチャつきに熱を帯び出した状況の中、眠りから覚めたトウマが水を差す。トウマの言うように二人は一時的にではあるが、トウマの存在を記憶から消去し二人だけの世界に入ってしまっていた。
「な、なによ盗み聞きしてたっていうわけ?!」
「え、いや違うんだけど。目が覚めたらここに捨てられてて、視線をあげたら容姿そっくりな男女がイチャついてたわけで……。リア充嫌いな俺にとって最悪な展開だったから入っただけ」
「どうやら教育がなってないらしいな、丁度良い。貴様を手始めに見せしめとし、他三人も捕縛する。本命は貴様ではないあの忌まわしき三人だ!」
無色な髪を激怒の色に染めて逆立てるフィンセント。彼の言うようにトウマは鼠を捕まえるための餌に過ぎない。二人をボコボコにした、金髪の少女ヒヨリ、特異な関西弁を話すラーヴェル。そして、自分たちの支配を逃れたリューシュ。どれをとっても許せぬとフィンセントの顔は目と眉が吊り上がっている。
「って拘束もされてないのか。こういうのって尋問室みたいなのに連れかれるんじゃないのか」
「尋問室など不要なものを持ち合わせているわけないでしょう? そんなものがあれば、怪しいことをしていると容疑を掛けれて信用が下落しまうもの」
トウマの呟きに応答したのはクリーエルだ。彼女は雲のように柔らかく、そして白いドレスを纏っている。髪色と上手く合致しまさに清廉潔白という文字を体現している。
「私たちは少しでも地に足が着くのが嫌なの。完璧で究極の人間でありたいのよ」
クルッと一周。ドレスの裾が少し遅れて踊り子のように揺れる。なるほど、とトウマは頷く。個人的な恨みもあるが、自分たちの地位を守るためにあの三人を捕まえる。変なことを周囲にばら撒かれる前に。
「お前が合図となる。国外逃亡しようと無駄。貴様の凄惨な具合を聞き、毎夜毎夜震えて眠ることだろう。そして、耐えかねたやつらは仲間割れ……そこを上手くつき我々が捕縛」
「なるほどな。汚職がすぎる貴族様の考えだわ。俺の国にもいたわ、議会ではブヒブヒ言って、裏では裏金。どこの国でも居るんだな」
「貴様、この俺と豚という下等生物を並べるか!」
「いや沸点そこかよ! 汚職をツッコミめよ」
「フン、まぁいいさ。お前はすぐに今の言葉を後悔することになる。この俺に、そんな口の利き方をして泣き喚くさ」
「ザ王道モブキャラのセリフだな……」
気を紛らわすために雑な台詞を吐きながらトウマは立ち上がる。キョロと周囲に視線を向けるが、逃げられそうな場所は皆無。扉は恐らく入って来た場所のみ。向かって正面の右奥にある扉、あれは恐らく装飾の一部だろう。黄金で出来ている。「どんな趣味してんだか」とトウマは少し呆れる。
逃げ道を画策しているトウマを見た二人は大笑いする。フィンセントは片手で顔を抑え、「ギャハハハ」と、クリーエルは口を大きく空け唾を吐き散らしながら笑う。品性の欠けらも無い。このような人間が統治している都市はすぐに滅びるだろう。
「ギャハハハ! あぁ、その顔だよそれが見たくて縄をしてないんだ。ほんと、滑稽だよ」
「そうね、ククク。攻撃方法を封じられ、逃げ回ることしか出来ない。まさに下等生物と同じね」
「いや趣味わりぃな! お前ら多分俺がいた国の議員より性格終わってるよ?!」
言い終えた直後、紫色の閃光が空を走った。トウマは咄嗟に横っ飛び。同時、粉塵と衝撃音を撒き散らす閃光。当たった箇所を見てみれば地面が抉られている。
「本命では無いと言ったが少し痛い思いはしてもらうぞ、今宵は貴様が我々の娯楽となってもらう」
片膝を付き、二人を見上げるような姿勢でトウマはその言葉を受け取る。この瞬間、自信が道化師となったことを認識するトウマは思考を巡らせ状況をどう打破するか考える。
「さぁ逃げろ逃げろ! 当たれば苦痛が待ってるぞ!」
「しっ!」
再びの魔法。トウマは再び横へ回転。回転力を応用して立ち上がると、勢いそのままに走り出す。それを追ってフィンセントが魔法を打つ。壁、地面、柱などに傷がつくがお構いなしに魔法を放つフィンセント。
「多分だけど、あの扉は鍵が掛かってる。だから二人はあんな余裕こいてんだ。どっちかは知らないけど鍵を持ってるはず、何とか近づけば――!」
加えてらこの部屋に段差というものが無い。普通なら高所から見下すのであろうが、この部屋にはそれが無い。周囲の装飾に気が取られたのだろうか。いや、馬鹿だから忘れたんだろうな、トウマはそう思うことにした。
横に走るトウマ、数ある弾幕のうち一つが過ぎ去った瞬間、軸足を90度反転。一直線に駆け出した。その方向にいるのはフィンセントとクリーエル。横並びになっていたため、回り込めばクリーエルが先頭に、フィンセントが後ろに並ぶ形になる。
無論想定しているフィンセントは魔法の弾雨を浴びせる。トウマはそれを右、左と不規則な足さばきで回避。そのままクリーエルの眼前にまで迫った。彼女の腰元がキラッと光る。それは、金属特有の光を反射する性質。
「やぁ!」と喉を鳴らしながら猛獣のように飛びかかるトウマ。狙いに気がついたクリーエルは血相を変えて何かを取り出そうとオドオドし出す。トウマはもう3mの距離まで来ている。間に合わない! 彼女が諦めた時――
「ごぁっ!?」
トウマの頭が鈍い衝撃と友に弾けた。足の回転が泊止まり勢いが失われる。壁に頭を叩きつけたような感覚。頭に何か、硬いものがあるようだ。走る力をそのままぶつけられたトウマの頭はパックリと割れ、血が飛び散った。
「いってぇぇぇえ!!!」
皮膚表面と骨の打撃がトウマに叫びをもたらせた。両肘を曲げ地面に付けると、生暖かい血が顔を頬を伝って地面に落ちた。
「ふぅ、危ない危ない。ほら、これを着けなさい」
「えぇ、ありがとう」
苦しむトウマを他所に何かをやり取りする夫婦二人。頭を抑えながら距離を取ったトウマ。クリーエルに視線を向けると、腰にあるのはどこかの扉の鍵。鍵を取ろうと飛びついた際、フィンセントが慌てて何かをした。予想通り、あれは玄関の鍵に違いない。確信を得たトウマだが、もう一つ気がついたことがあった。
「なるほど……指輪か」
クリーエルの右中指に先程まではなかった指輪が嵌められていた。フィンセントが渡したのだろう。となればあれが魔法の使用を可能にしている。フィンセントの右手にも形は違うが指輪が嵌めれている。
「結婚指輪にしてはあまりにも暴力性が高いな……平和要素どこ行ったし……って、うわ!」
ドロッと何か重いものが頭から流れていると思えば大量の血液。よほど損傷が酷いのだろう。同時、頭痛のような痛みが迸った。ドクドクと心臓が脈打つ度に血は吹き出し髪を、トウマの顔半分を血で覆う。体は暑く体温が上がり、熱を出した時のように頭が重くなった。
「うっ……ぐぅ」
右半分の視界が真っ赤に染まった。目を開ければ血の滝が流れ込んで来る。苦しくはなるが目を閉じて立つしかない。
「まだまだ序章に過ぎないぞ、もっと楽しませてくれ」
「そうね、夜はまだ始まったばかりなのだから宴は続くわよ」
柱を支えにフラつきながら立ち上がるトウマを見て余興を楽しむ二人。
呼吸をする度傷口に水を浴びせられたような痛みが走る。だが呼吸しないと窒息死するという現実にトウマは歯を噛み締めた。
「さぁて、走れ、走り続けろ。お前は道化、我々を楽しませる商人だ」
フィンセントの指輪が紫に光った。また爆弾のような魔法が放たれる。どうする、どうしたら良い。トウマが艱難辛苦した時、
「ほ、報告します!!」
場の空気を乱す声が一閃。室内全員が声の方を見る。扉がドンドンと激しく揺さぶられ、ドアノブがガチャガチャと唸る。興を削がれたフィンセントとクリーエルは顔を真っ赤に憤慨する。
「誰だ!! 今がどういう状況か分かっているだろ!!」
「そうよ! どこの下賎な輩なの!!」
「申し訳ありません! それでもお急ぎで伝えねばならない事が!! どうか開けてください!!」
「チッ、フィンセントあの子を見てて」
「分かった。気をつけるんだ、敵かもしれない」
クリーエルが鍵を手に歩く。フィンセントはトウマを警戒し体を向けるが視線はクリーエルの方に向いている。今なら突撃出来る、のだが今のトウマにそのような行動は不可能。
クリーエルが歩く中、もどかしいのか扉は激しく揺さぶられる。彼女が「今開けるわよ!」と怒鳴る。
そして、ついに開けられた扉。中に入って来たのは全身を真っ黒な衣で覆ったダイシバと同じ見た目をした誰か。クリーエルはその人物を見るとドレスを持ち上げ、細い脚で蹴り上げる。緩く若干の汚い弧を描きながら男の顔を捉えた。男はその衝撃に耐え抜き、膝をつく。動作に一瞬の余裕もない男を見てクリーエルは腕を組フンっと鼻を鳴らして、
「で、何かしら? 宴を邪魔してまで報告することって何? ていうかどうして頭首が来てないのかしら?決まり事のはずだけれど」
「そ、それが頭首様は残りの三名捕縛のため街を出ました。故に代理人として私が――」
「ほんと使えないわね。ていうかあんたは人じゃないでしょう? どうして人間を自称してるの?」
「す、すみません……」
「で、早く要件を話なさいよ。時間が無いの分かる?」
「そ、それが……シュラーゲル正規兵がトウマ・カガヤを明け渡せと門外で待っています」
寝耳に水。男の言葉を聞いたクリーエルは「はぁ?」と間抜けな声が出た。彼女は顔を顰め、ドレスを握る手に力を込める。
「あんたもう一回言ってみなさいよ」
「シュラーゲル正規兵がトウマを渡せと門外で、ぐほっ!?」
聞き間違いの無い返答を確認した彼女は男の顎を蹴り上げ、怒りを露わにする。そのまま体を反転、ズカズカと歩き「フィンセント!」と相棒の名前を叫ぶ。遠巻きに見ていながらも内容が聞こえなかったフィンセントは首を傾げるが、クリーエルの表情を見て頭が少し後ろに下がった。
「どうした? 反乱か?」
「違うわ。王都兵があいつを引き渡せって言ってるのよ!」
フィンセントを見ながらトウマに指を向けたクリーエル。少しの唸り声を上げながら状況を耳に入れていたトウマは彼女の言葉を聞き、胃が重くなったように感じた。
これより、アモデウス家と王都兵による「トウマ」という人間の奪い合いが行われる




