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50話 『暗殺一族の頭首』

 神仏に祈ること数時間、どうやらトウマはいつの間にか寝ていたらしい。この世に存在しないものに縋っているかのように掌を組み、土下座の形で寝落ちしているトウマを見つけた際、門番の兵士は少し恐怖を覚えた。

 トウマのいる世界ではそれこそ神社でよく見かける光景なのだが仏教という文化が皆無な世界でトウマの仕草は異端児と思われても仕方ない。


 昨晩、あまり疲れが取れていなかったのか門番役の男が呼びかけても起きず中々戻ってこない男に痺れを切らしたダイシバが様子を見に来た。


「そのまま担げ、起きてないうちにさっさと運ぶぞ」


「しかし、頭首叩き起した方が良いのでは? 御前に出るというにあまりにも無礼なのでは……」


「その時叩き起こせば良いだけだ。何より運んでる最中起きていられるとうるさいからな。寝ている方が楽だ。ほら、早く運べ」


 うるさいという私情が込められているダイシバの言葉に門番の男はそうなのかと思いつつトウマを担ぐ。これから大事が起きようと言うのに担がれている青年はうたた寝をしている、しかも涎が垂れているではないか。


「うぉわ……こいつ、涎をつけやがった……最悪だ」


「我慢しろ、どのみち存在自体が化生な私たちにとってそんなことは大事ではないだろう」


「ですが流石に生理的に受け付けないこともありますよ、こいつ! ぁぁ! でけぇ涎垂らすな!」


「うるせぇな静かにしろ。その程度で喚くな、一族の面を汚すことなる!」


「もう殴って良いすか? このガキ、マジで」


「辞めておけ、傷痕でも残ればあの方々から厳粛な罰が下される。解雇でもされたら我が一族は行く宛てが無い。殺すことしか出来ぬ我々は、もう既に表社会で生きる術を失っている。この裏稼業でもやって行けぬのなら死ぬしかない、だからその程度で唸るな」


 どこか冷やでもありつつ、悲観的な頭首の言葉に男は下を向く。ダイシバが頭首となって早二年。

 前頭首はひたすらに殺しを強要するマジの外道だった。雇い主から命令が下りれば躊躇なく殺しを行う。

 本来暗殺一族は表に出て活躍することは無い。ダイシバが言ったように、彼らのような人間は表社会で生きる術を持たない。日の光が当たる場所では生きられない妖怪なのだ。


 それでも前頭首は表に出た。市井に出ては気に食わぬという理由で辻斬りを繰り返し、対象外の人間であっても容赦なく首を飛ばした。子供から老人まで、女子供問わず……。言わずもがな目立ちすぎだ。


 だから除名処分を受け、解雇された。

 そして後日、生気の抜けた顔だけになって見せしめをされていたのは言うまでもない。


 ――次の頭首は誰か。

 言わずもがな弟のダイシバだった。兄の尻拭い。血に塗れた一族の血統を継ぐ彼もろくなものではないと思われていたが、彼は優秀であった。武術だけじゃなく、人格が、人となりが素晴らしかった。人としての当然のこと、ダイシバはまだ人としての輪郭があった。


 故に時折悩んでしまう。

 人の心を失い暗殺のために生きる傀儡と成り下がっていく仲間たちを見ると、いつか後戻り出来ないほど落ちぶれて行ってしまうと。ダイシバは頭首だ。一族の頂点で、仲間を束ねるリーダー。彼の決定が一族の決定。絶縁状を叩きつければそれで終わる。


 だが、仲間たちは、その後は、どうしたら良いのか。見た事のない世界で、平凡な人間として生きていけるのか、当たり前のように生活できるのだろうか、気がかりはそれだけだ。


「転職しないか?」


 まだ人間が残っているダイシバにとって後ろで呑気に寝ている青年の言葉は深く刺さった。闇の中で藻掻くことしか出来ない自分たちに、手を差し伸べてくれる正に『(かがやき)』だった。


 手を取ろうかと、何遍も迷った。いや、取るべきだと思った。

 ――しかし、取れなかった。


 終わるのだ。全てが。長として皆の命を抱え表に出ることに恐怖も抱いた。仲間が死ぬ未来があの短時間で何度も過ぎった。痩せて死ぬ者、絶望して死ぬ者、異端児と罵られ死ぬ者、職につけず死ぬ者、盗賊に襲われ無惨に死ぬ者。


 恨みがましい絶望に喘ぐ声が、幾つもの絶叫がダイシバの心を、脚を、肩を頭を掴んで呼ぶのだ。

「どうしてですか! どうしてこんな過酷な道を選んだのですか!」と――。


 「幸せでした」、「抜け出して良かった」と口にして安らかに死ぬ者の顔がダイシバには想像できなかった。故にトウマの手を弾いた。やはり、自分たちは裏稼業で駒として生きる道しか知らぬ化生なのだ、と自分に言い聞かせ光の灯る道を行くことはせず、真っ暗な深淵に沈む道を選んだ。


 生まれが違ったのなら、ダイシバはトウマと肩を並べて歩いていたのかもしれない。自身の内側を縦横に巡る血の過去が、悲惨でなかったら良きと友になれたのかもしれない。


 ――だが、道は分かたれた。


「お連れしました」


「入るのだ」


 アモデウス家当主、フィンセント・アモデウスの声が重たくダイシバの身にのしかかった。正面にある大扉を開け、中に入り膝を付く。その間、顔を上げることは一度たりとも無い。


「捕まえたのは一人だけか?」


「はい」


「フンっ、使えぬ。目くらましの術には長けていると言うのに探知能力は劣るのか。前頭首の荒武者であれば全員を捕まえられたろうに。此度の頭目は駄作も良いところだ」


 大広間のような一室にダイシバを罵る声がめいいっぱい広がる。フィンセントの言葉に唇を噛み締め、グッと拳を握ったのはダイシバ、ではなく後ろの男。フィンセントの「降ろせ」という命令で担いでいたトウマを降ろす。二人は面を倒したまま言葉を耳に入れる。


「お前たちは早く他の三人も連れて来い。全員を捕まえられなかったらお前たち一族とは関係を破棄する。良いな? 二度はないぞ」


「はっ」


「フィンセント、どうしてこんな犬畜生にも満たないもの達を護衛に? リューシュのように身体で売り払うことも出来ぬのだから早く捨てれば良いのでは?」


 割って入るように更に苦言を呈したのはクリーエル。彼女はスタスタと歩いて来て、フィンセントの腕に自身の腕を絡め妖艶な笑みを浮かべる。下等生物を見るような視線をダイシバに向けると、


「何をしているの? 早く行きなさいよ、ここは貴方達のような人間、ではなくて生物が入って良い場所じゃないの。さ、分かったらお行き」


「はい、失礼します」


 スタスタと無駄話をすることなく部屋を後にする二人。言いたいことはもちろんある。誰のお陰で今日まで無事で居られるのか。誰が脅威を取り払っているのか。誰が成り代わって人殺しを行っているのか。


 一体誰が――口にしようとしたところで、どうにもならないか、と諦める。すると、部屋を出て数秒経った所で後ろの男が堪え切れなかったのか爆発する。


「何なんですか、あいつら完璧に俺たちを舐めてますよ」


「しっ! 黙れ!」


 男も分かっている。馬鹿みたいに大声で話せば扉を破り二人に聞こえてしまうと。故にダイシバの隣に行き、小声で話している。それでもダイシバは何処に耳があるのか分からないため、「感情を表に出すな」と男の頭を小突く。


「頭首は悔しくないんですか。あんな奴に頭を下げてまでこんな人生を送っていることに」


「黙るのだ」


「俺は間違ってると思ってますよ。自我を殺して下等生物などと痛罵される程、我々は堕ちていない!」


「黙れ」


「俺は知ってますよ。頭首が改革をしたいと思っていることを、部屋に置いてきた青年を助けようか迷っていたことも」


「黙らぬか!」


 止めどない感情をおっぴろげにする男にダイシバは一喝。聞いたことが無いダイシバの声色に男は身をたじろぎさせながら、「しかし」と続けようとする。ダイシバは素早く短剣を抜き、それを男の首元に当てる。冷たく、非情な刃がジリっと音を立てる。スっと走らせれば鮮血が飛び散り、命が消し去るだろう。


「それでもやらなければならぬ。我々は人の心を持ち合わせぬ生き物。影に生き、影で死ぬ。我が一族に改革など不要だ」


「う、おぉ…………」


 黄色の瞳は光を宿さないドス黒い色合いに変化し、男を一点に捉える。淀みのない動き、発言。初めて見るダイシバの姿に男は玉のような汗が吹き出した。


「辟易しているのなら出ていけ。我々は『去るもの追わず、来る者拒まず』という姿勢だ。だが、一族を離れれば路頭に迷うだろう。遠からず、後悔する。それが嫌ならやれ、やり続けろ。改革などという考えが浮かばないくらい、手を血で染めろ」


 音も無く短剣をしまい、廊下を歩くダイシバ。男も必死に後を追った。


(この心中は決して表に出してはならぬ。出すくらいならば死を選ぶ。運命は、未来は、変えられぬのだ)

 

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