49話 『地下牢』
ツンっと少し嫌な臭いが脳まで刺激する。ガチャっと重い扉が開けられたと思えば入って来たのは真っ黒な男。背中に忍者刀のような物を引っ提げ、石の階段を降りて来る。
「フンっ……」
嘲笑うかのように口角を上げた男はトウマ目掛けて手に持っていた盆を投げつける。乗っていたのはパンとスープ。うち、スープはトウマにかかり石のように硬いパンはパンとは思えない音を立て地面に転がった。
「え、これ……」
「何だ不満でもあるのか? 餌やりがあるだけマシだと思え」
「え、餌やり……動物園かよ」
檻の中の猫であるトウマは現在何も出来ない。彼が胡座をかいている地面には魔法陣がある。魔法の発動を一切禁止するものだ。加えて内側からは出られない構造になっている。
男が立ち去った部屋で一人、トウマはパンを拾い上げ口に運んだ。ゴリっと湿気を充分に含んだ煎餅を食べているような音が鳴った。同時に歯は悲鳴をあげた。
「あいつのパンと比べてこれは色々と終わってる……水分を持ってかれるし硬いし」
食べるのを諦めたトウマはパンを地面に置く。不思議とトウマの腹は空いていない。恐らく、精霊が作り出した世界で食べたサンドイッチがまだ消化されていないのだろう。となると、あの世界とこの世界は意識だけが繋がっていると思ったが肉体ごとリンクしていると見て間違いない。何と恐ろしい世界に強制送還されていたものだ、とトウマは思う。
「『大罪』、どうするべきか……」
ポケットを擦りながら呟くトウマ。いつも通りのポジションにあるものと言えばひとつしかない。『FFの手帳』を取り出しページを開く。
「未だに変わらない、か」
『トウマ・カガヤはミユに殺害される』
機能停止した訳では無いだろう。現状の死の可能性がこれしかない。つまりだ、こう言い換えることも出来る。
「ミユ以外の人間で俺は死ぬことは無い」
いけないことをしているのに笑顔になってしまう小学生のようにトウマはニヤけが止まらなかった。これは恐らくこの『手帳』の欠点でもある。事実であるかは不明であるにしても今までの出来事を鑑みると信じても良いだろう。
「つーことはここで死ぬことは無いし、ゆっくり過ごしてても――」
『ミレーユはルドゥブにより死亡』
「……っ!」
余裕をぶっこいていたらまさかの未来視。これは落ち着いてはいられない。一刻も早く助けねば――。先程、男が入ってきた時魔法を使おうとしたがやはり使用は不可能だとトウマは認識した。恐らくは魔法陣。となればまず初めにやることは魔法陣の決壊。続いて転移魔法か部屋を出て敵を制圧。最後にミレーユを助ける。
『ミレーユを生かすな。大勢が死ぬ』
「……っ!」
耳元で囁かれたような気がしたトウマは耳を平手打ちする。ジンっとした痛みと少しのフラつきを覚えただけで誰かを捉えた感覚は皆無。首を回して確認したが誰もいない。
「嫌なことしてくる……」
子供騙しのような出来事にトウマは大きくため息をつく。もう一度手記に目を向けた時、トウマは目を大きく開いた。
『ルドゥブは三年後、戦争で大いに活躍し都市に勝利をもたらした』
「え……これ……」
ギュッと胸が締め付けられるような感覚。「どうしたら良いんだ?」という言葉すら出てこなかった。だって、仲間を殺そうとしてる奴は三年後に大勢を救うわけで、ここで死んだら……。あれ、あれあれあれ?
「ちょっと、待って。え?」
三年後を取るか今を取るか。選ぶしかない。今、一つの都市の未来がトウマの両肩に重くどっしりと乗っかっている。
『ミレーユを殺そう。彼女は大罪を起こし大勢を殺す。今のうちに殺しておこう』
「やめろ……あの子がそんなことするわけ」
『殺そう? ね? 殺しとこう? だって大戦争の首謀者なんだよ? 人間だけじゃない、万物を命宿る全てを燃やすんだよ? ね? 殺そう?』
「お前、あれか……『最悪』の精霊だろ!」
『キャハ! すっごーい! もうバレちゃったの!? 何でだろーなって思ってたんだけど、あの子が邪魔したんだね』
「ゲホッ、おいお前。『最悪』の精霊、どういうつもりだよ」
『キャハ! あの女の子放っておいたら大変だよ? 自分探しの旅をすること何十年。真実に近づこうとしてるけどその前に闇に飲まれちゃう』
軽快に語る『最悪』の言葉を耳を塞ぎたくなったトウマだが、無駄だ。奴は精神に直接語りかけるように話す。恐らく聴覚を失ってなお、声は聞こえるだろう。
どうして皆がそのようにミレーユを罵るのかトウマには分からない。あれはドジで少し抜けている所のある普通の少女だ。罵詈雑言を浴びせられる理由など無いはず。
『ていうかー、どうしてあんたはあの子に固執してるわけ? 裏切るのが怖いなら見捨てればいいじゃーん』
「色々と恩があるんだよ、それに人を見捨てるほど男は腐ってないつーの」
『あの子にさ言われなかった? 誰も信じるなってあの女の子は信用するの?』
「…………」
間を置かずに肯定出来なかったトウマ。その自分に気がついた時、彼の中であることが発覚した。それは、やはり自分という人間は誰も信じていない、ということだ。
表面では友のように接しているもののこの世界に来てからというもの、トウマという人間は心の扉を開けて話せる人間がいない。腹を割って話せる友がいないことにどこか悲しさを覚えていたのかもしれない……。
『キャハハ! 孤独だね! 孤独孤独! 依代がいない! つまんない! 面白くない! 怖い! 裏切られる! キャハッ! あんたって最高に面白いね!」
「黙れ……!」
『あー面白かった。じゃあまたねー、あんたの孤独ずーっと隣で見てるから。あの極悪人始末しといてねー』
「言い方というものがあるだろ!」と説教をしようとしたが言っても意味がなさそうな生物であるが故、トウマはグッと堪えた。
「あの野郎……『最悪』め、絶対に許さん」
とはいえ本当にどうしたものか。出ようにも出られないし、どっちを取っても最悪だ。トウマが出来ることは現在、何も無い。祈ることを除いて……。




