4話 『言霊の神、見参』
「常闇に 小屋と消え去る 命なり」
場の空気を読まぬ、五七五が戦場に響く。
同時、俺の目の前で命を刈り取らんと刃を上げていたララの手がピタリと静止。
「――っく! 時間切れ、ね」
短剣を地面に突き刺すと、両耳を手で覆いながら裏口へ鼻血を落としながら走り出す。
すると、正面ドアから一人の人物が現れた。
浅く、月光を反射する碧色の髪に燃え盛る炎のような赤の瞳。浅葱色の仙服に袖を通し、鉄扇を握る爽やかな青年。
「ララ・パール、君を捕縛しに来た」
と自信ありげに言うが、彼女は既に裏口に活路を見出し走っていた。ララが外に出ようと、ドアを開けた時、月光と樹海をバックに二つの影が差した。
「そこまで、ですな」
世界観に似合わぬ和風の着流しと草履。顔にシワを作った初老の男性が立っていた。
「骨が折れましたぞ。王宮に無断で立ち入り、逃げられるとお思いだったのでしょうが、それまで」
腰に帯びた日本刀に手を掛ける男性。
半歩片足を下げ、先程までの狂気はスっと消え去り獣を前にした草食動物のように手が震えていた。
「まだよ、切り札が――がぁっ!」
瞬間、氷塊が彼女の顔を弾く。
その出元は、老人の脇にいるキャッキャと跳ねる女の子。
「えへへ、こんばんはー!」
「くっ……!」
ララが睨みつけた少女。それは紫陽花のような艶めく髪、丸く小さな顔にマリン色の大きな瞳はキラキラと輝く。特筆すべきは頭にある猫耳。真っ黒なローブを纏った猫耳族の女の子がいた。
「君、大丈夫かい?」
「大丈夫、って言いたいけど……腕がぁ……!」
「どれ、見せてごらん」
優しい手つきで俺の体を傾け、光を当てる。左腕は肘から下が無く、綺麗な断面を描いていた。血が絶えず流れ落ち、血に染った骨までも見えた。
「少しの間、辛抱してくれ」
青年が傷口に手を当てる。
癒しの光が傷を修復し、肉を、骨を作り腕を再生させた。
「なっ……」
『手帳』を介しての回復魔法。それは見ているが失った部分を完全に治すことも可能。再生した腕を握りしめて、痛みが嘘みたいに消えてる。信じられない……。
「これで君は大丈夫、さて──」
立ち上がった青年が、ララの方を見つめる。
彼女は唖然とし、未だに状況の整理が出来ていないように何かを言う。
「私は間違ったことをしていない! 日銭を稼ぐため、生きるためにした事なのよ! お金を沢山持っている人達から奪って何が悪いのよ!」
「そうだね君は間違ってはいない。それが唯一の生きる道だった」
碧色の青年の主張に希望を見出した彼女が口を開こうとした時、彼は「ただ」と続け
「奪うことにその力を使うべきではなかった。もっと良い使い方が出来たはずだ。しかし、君のような人間を作り出してしまった事実は変わらない。それは、王国に仕官している身として重く受け取める」
「何よ……結局貴方も私から奪うのね……っ! なら容赦はしない、相手が『言霊の神』だったとしても!」
覚悟を胸に魔法を使い始めるララ。一方『言霊の神』と呼ばれた青年は鉄扇をただ構えるだけ。残りの二人は静観していた。
手馴れた手つきで土魔法を使い、無数の砲弾を作り出す。それを『言霊の神』目掛けて発砲。地面に刺さっている短剣よりも鋭利であろうそれは、普通であれば当たれば即死だろう。
しかし、青年は手に持っている鉄扇を一度薙いだだけで、それらを全て落とした。
「ご覧の通り、戦力差はあります。大人しく捕縛されてください。無駄な殺生は避けたいのです」
「無理よ。誰かが私を殺さない限り、私は奪われた分だけ奪い返す! それが生きるためなら、他人の命すらも!」
ララの咆哮のような決意を聞いた青年は下を向き何かを考え出した。数秒後、彼は無言でララとの距離を潰し、脚を跳ね上げた。
彼の脚はララの細くしなやかな腹の中心を捉えた。
彼女はそのまま地面に蹲り、なんてことはなく天井を突き破り空の彼方へと消え去った。月夜に彼女の悲鳴が轟いた。
『規約違反:ララ・パール 享年十九歳 死因落下死』
「俺が死ぬかと思ったら、あいつが死ぬのか……」
まさかの結末にそんな言葉が漏れた。
その間にも場は動き続け、いつの間にか初老の男性が『言霊の神』と呼ばれた青年に歩み寄っていた。
「それで良かったのですかな?」
「えぇ、とりあえずは。もう一度やり直す機会を与えました。生きていたら人生をやり直すことでしょう」
「いや、たぶん死んでる……」
小さな声でツッコミを入れると「そういえば」と青年は俺の方に向き直った。
「君はこんなところで何をしていたんだい?」
「俺は――」
包み隠さず何から何まで話した。
もちろん俺が異世界人だ、ってことは伏せておく。最後、あの男が口にした法名が忘れようとしても忘れられなかった。
「そうかなるほど。帰りが遅いと思ったら死んでいたか」
「あの、俺は決して悪意があった訳ではなく」
「うん大丈夫。しっかりと理解している。ララの仲間だと彼は判断したのだろう。仕方ない、事故だったんだ」
ほっと俺は胸を撫で下ろす。
それと同時に妙な安心感が体に走り、目頭が少し暑くなった。死んでないんだ、俺。
「そういえば名前を聞いていなかったね。聞いても良いかな」
「命の恩人なので断る理由はありませんよ。トウマ・カガヤです」
「なるほどトウマか。君が無事で良かった。僕はヘルメス・アーサー」
「アーサーって、まさか王族……?」
アーサー王。
そんな単語が頭を過ぎった。
実力を見たが、本物のアーサー王に違いない。
俺はアーサー王伝説の世界にやって来てしまったのか?
「いやいや、僕はそんな大層なものでは無いよ。現在の家の立場でも身に余るのに、それ以上は流石に肩が重いよ」
微笑しながらそれを否定する彼を見て、ほんの少しだけ胸が熱くなった。
俺たちの自己紹介が済み、ヘルメスは後ろにいる二人の紹介を始めた。
「こっちが付き人のジュラル、そしてこちらにおわすのが皇族、ミユ様だ」
ララが突き破った天井から月光が一身に注がれ、スポットライトとなりミユと言われた少女を照らす。幼子が、皇族?
「トーマよろしくね!」
「な、名前を呼んで頂けるとは恐悦至極、です……」
皇族とは思えない程のフレンドリーな馴れ初めに対して俺はすぐさま頭を地面に擦り付け挨拶をする。
頭を地面に擦り付けた瞬間、ミユが「もー、そんなことしなくていーの!」と俺の肩をポンポン叩く。
彼女に言われるがまま上体を起こすとミユはそのまま俺に飛びついてきた。
「わわわっ?!」
こんなに友好的で良いのかとヘルメスやジュラルの方を見れば、二人とも口角が上がっている。皇族って、皆こんな感じなの?!
衝撃的なことで脳がパンクしかけた時、ヘルメスがリセットを掛けるように質問する。
「さて、君はどうする? 僕たちと着いてくる? それとも何か行くべき場所があるならそっちに行ってもらっても構わないが」
「あぁ、えぇっと」
一人で、と答えようとしたが自身の近くに落ちている『FFの手帳』と書かれた古ぼけた書が目に入った。帰るために今、必要なのは――
「俺、着いて行きます」
「分かった。じゃあ向かおう、『シュラーゲル王国』へ」
「お、王国?!」
修学旅行感覚で口にした王国という言葉に俺は喉を震わせた。それを受けたヘルメスは当然のようにうんと頷いた。
「えへへ、トーマ行こー!」
乗り気な彼女を下ろす、ことはせず抱っこするような感じで俺は立ち上がった。同時に『手帳』はポケットへ。
外に出ると真ん丸いお月様が俺たちを見下ろしていた。




