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48話 『一つの大罪』

 精霊から告げられた言葉を信じきることが出来ないトウマは口に運ぼうとしていたサンドイッチを落としそうになった。どうしてお前なんかに仲間との決別を強制されなければいけないのか。ギロッと睨み返すように見つめていると、


「大罪って君は知ってる?」


「――俗に言う七つの大罪ってやつだろ? 傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲。某アニメのタイトルにもなってるらしいな」


「ふーん。やっぱり認識のズレがあるのか。七つね……。この世界で言う大罪はたった一つだけだよ。君の言った七つの大罪ももちろん全て悪いことだ。だけど、その遥か上を行く大罪がある」


「それとミレーユは関係あるのか?」


 理由を語ろうとしない精霊に軽いフックを入れるトウマ。すると、彼女は何とも言えない表情でトウマを見つめながら首を傾げる。

 もしもミレーユが大罪とやらに関係があるのなら彼女の出自に関することだろう。サラディンに向かう旅中、トウマは彼女の出自について訊ねていたが何も語ろうとはしなかった。大罪と彼女がイコールで結ばれるなら口が堅かったのも頷ける。


「ボクとしては関係してるって断言したいけど、ボクも目覚めたばかりで不確定要素が大きいんだ。前は視ることが出来ても後ろは視えないからさ」


「何言ってんだ。ともかくこの世界でいう大罪ってなんなんだよ」


「君もこの世界にやって来て何年経ったかな。ザッと一年くらいか」


「一ヶ月の間違いだな。お前大丈夫か?」


「おっとそうだった……。ゴホン、ララ・パールという女性を憶えているかな?」


 懐かしい名前だ。トウマが転移して一番初めに出会った人間がララ。思えば厄介事は全てあそこから始まった。手帳の未来視、暴漢男と戦い、一夜を過ごすことになかったが裏切られ、シュラーゲル王国に……。今思えば沢山の偶然が重なっていたなぁ、と昔日の出来事に思いを馳せるトウマ。

 ポカーンとして動かないトウマの額をパチンと叩く精霊。ヒリッとした痛みが走る額を少し抑えつつ睨んでいると、


「彼女が起こしたことがまさに大罪だ。あとは、うーん。ミユは少し違うな……。『忘姫』を語っても知らないだろうし」


「一人でブツブツと何言ってんだ。ようは窃盗とか裏切りとかそういうことを言いたいのか?」


「おぉ、窃盗は違うけど裏切りは正解だよ。凄いねー、頭撫で撫でしてあげるよ」


「気色悪いからやめてくれ」


 トウマの頭目掛けてゆっくりと手を伸ばした手を跳ね除けながら罵ると少し残念そうにしかめっ面になる精霊。

 大罪が裏切りということは理解できた。ララは確かに味方といえば味方。ちょっと魔が差した、という訳では無いだろうがトウマを殺そうとした。裏切りといえば裏切りに値する。


「で大罪がどうしたんだ。俺と何の関係がある」


「大罪、裏切りがミレーユにある。ララの時と同じさ、彼女との縁は切るべきだ」


「根拠はどこにある」


「ボクの能力かな。まだ完全に、という訳じゃないけど百年先の未来くらい可視化できる。君の未来を視たところ彼女の大罪が発覚したんだ」


「百年って、俺は? 俺は、帰ることが出来たのか?」


 大罪の話なんて忘れて真っ先に自分の目的が果たせれたか訊ねるトウマ。無理もない、全ては自分のためにやっているのだから。

 少し取り乱した様子のトウマを一瞥した精霊は不敵な笑みを浮かべると、


「分からない。君次第さ、彼女を切り捨てるのかはたまた一緒に居るのか。自分を取るのか相手を取るのか。大罪を行うのか、避けるのか。命運は君の行動に」


「おい、それは無いだろ! 何で最悪な未来しかないんだ! 俺にとって幸運な未来は無いのかよ」


「無いかな。精々良くて少しの不幸。それ以上求めてはいけないよ。君が最高の未来を求めたら、逆に最悪を呼び寄せるから」


「何でだよ……何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ。俺が何したってんだ……」


 唇を噛み締め怒気をグッと押し殺すトウマ。怒ったところでどうしようも無いことは承知している。ギュッと震える拳からは血が滴っていた。


「大罪を犯すとどうなるか興味はあるかい?」


「聞くよ……死ぬのか?」


「死なない。これは約束できる。大罪を犯したところで死は確定しない。まぁララに関しては運が悪かったとしか言いようがないけど」


「――――」


「裏切りを行うとまず、負の感情が湧き上がる。悲観、恐怖、後悔、怒気、軽蔑、拒絶……色んなものがあるんだけど、一定以上蓄積すると魔族に成り下がるんだ」


「魔族? 魔物と違うのか?」


「魔族は人の形をしている負の感情を纏う人型生物。魔物は魔力で生きている人間以外の生物だよ。君も見ただろう? 犬やら鳥、蛇、狼の見た目をした化け物。あれが魔物さ」


 人間もあれら下賎な生き物に成り下がることがあるのか、と少し畏怖の念を強めるトウマ。漫画の世界の話だと思っていたが、どうやら違うらしい。


「魔族は感情の制御が難しくてね。人間時代の影響かは知らないけど心がすぐに揺れるんだ。まぁそんなことをしても人間に戻ることはないけど」


「ミレーユや俺も魔族になるのか?」


「君はならないようにボクがするけど彼女はなるだろうね。君が切り捨てないと」


「何で助けないんだよ。魔族なんて下等生物にならないように出来るならその力を色んな人に使えよ、何で俺だけなんだよ!」


「言っただろう? ボクは君が無事ならそれで良い。他なんて知ったことじゃない。ボクと君は運命共同体だからね。彼女が死のうが、君の友が殺されようがどうでも良い。だけど君だけは死なせない、いや死なないとでも言おうか」


「……っ」


 あまりにも排他的過ぎる。人間の考えるものでは無い。どうしてそこまで言い切れるのか。どうして自分に執着するのか。トウマは主従関係の契約という枠を超えているような気がした。

 怪物を見るような眼差しを向けるトウマに対して精霊はニンマリと笑う。その笑みは何だ。裏には何が隠れている。本当に俺だけに固執しているのか。利用されるのでは。こいつも裏切るんじゃないのか。有り得ない推測の範囲でしかないが幾つもの予測が頭を過ぎった。


「死なせないよ。いざとなればボクは君に成り代わって彼女を引き剥がす。選びなよ、ボクか君か。好きな方を選んで」


「お前は……あいつと同じだ。同じ臭いがする。心の奥底で笑ってる。自分の目的の為に他人を利用して高みの見物を決める……。キルバーンと同じだ。化け物、俺から出てけよ」


「……ッ、何で『最悪』の名前を知ってるんだ。どこで知り得た?」


「そんなの関係ねぇだろ。良いからもう俺を現世に帰せよ、顔も見たくねぇんだ!」


「……分かった。帰す、君を帰そう。だけど二つ、言い残すことがある。

 一つ、彼女は間違いなく君を不幸にする大罪ということ。

 二つ、君はこの先も人を信用してはいけない。魔族になんてなりたくないなら目の前に起きる無慈悲な現実を受け入れ、行動すること」


 後半の言葉はほとんど聞いていなかったがトウマの脳裏に何故か深く刻まれた。立ち上がったと同時、黒い渦に呑まれ大草原と精霊の姿は無くなった。

 次にトウマが覚醒した時には自分が冷たい石の地面に横になっていることに気がついた。加えて地面には複雑怪奇な魔法陣が描かれている。


「牢屋、いや密室だ。あれ、魔力を感じられない。あいつ、魔力の供給を断ったな」


 今は目の前にいない者を殴りたい気持ちを抑えトウマは状況を整理しようとした時、正面の扉が重厚みのある音を立てながら開かれた。



 トウマが居なくなった精霊の世界では、未だにレジャーシートの上でぶつくさと何かを言っている黒髪の女性がいた。


「キルバーンか……不味いな。だとしたら彼の持っている手帳のエネルギーが危ぶまれる」


 何かを危惧しているのか都合悪そうに指を噛む精霊。虹色の瞳は少し曇っているようにも見える。我が子の心配もあるのだろうが、それ以上に突如話題に上がった名前が頭を離れなかった。

 少し、いやかなりの因縁を抱える彼女に取って聞きたくも無かった。加えて何も知らないと思っていた息子から『最悪』の名前が出るとは微塵も思っていなかった。


「因果律を狂わせて発生するエネルギーは微量でも魔力を遥かに凌ぐ。もっといえば核融合の比じゃない。そんなものを使うのが『最悪』、となると――」


 彼女は一つの仮説、いやほぼ確定な事実に辿り着いた。前回と同じ、()()()もそうだったとするなら……。命の削り合いをした精霊が導き出した結論は、


「『星の終焉』が近い……トウマの帰還なんて言ってる場合じゃない」


 宿主の心配を遥かに上回る懸念が生まれたのだ。


 




 

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