45話 『利害関係の一致』
「朝から運動って嫌だな」
終わりのない無限回廊を行っているような感覚に襲われたトウマが呟く。運動部ではなく文化部に入っていたトウマにとって起床後すぐの運動とは無縁なのである。
「ゲホッ……まぁ、健康に良いって聞くけど……」
それにしても本当にこのルートで合っているのだろうか。無駄に終わるのではないか、そう思った矢先――ズザッと隣で何か重たいものが落ちたような音が聞こえた。
反射でそちらを向いてみれば、全身を真っ黒な衣で覆った何者かがこちらに歩いて来ている。目元のみが開かれ若草色の瞳がジッとトウマを見据えていた。
「あんたは、昨日の……」
「トウマ・カガヤだな」
「何で俺の名前を知ってるんだ? まさか――」
「悪いがお前が想像している人間では無い。なぜなら私も追われている身だからな」
「……っ! そういえば」
勝手な憶測で一人歩きしていたトウマの思考をねじ伏せる黒衣の男。昨晩トウマがとある家屋に潜んでいた際、奴が急に現れ兵士達がその後を追っていた。
「現在も逃亡中、というわけだ」
「つーかそんな見た目してるから怪しいんじゃないのか? 脱げばバレなくないか?」
「悪いがそれは不可能。我が一族の掟であるが故」
「お固い感じか、でそんな人がなんの用だ」
「単刀直入に言う。私と手を組まないか?」
漆黒の手を差し出す謎の男。
彼の言葉に眉間が吊り上がるトウマ。
無論こういう時は仲間を一人でも作っておくのが正解だ。それは理解している。
だがしかし、この男は何者なのだ。本当に信用しても良いのか? 初対面で何も知らぬというのに手を取って良いのか?
「やはりそうなるか。完全に信用しろとは言わない。利害関係の一致とでも思ってくれたら良い。時には私を利用してくれても良い」
「いや、利用ってそんなために手を取るわけじゃ……」
「では共に兵士から逃げ延びるため、というのはどうだ。数は圧倒的に向こうが有利、一人なら無理でも二人なら可能性はあるだろう?」
(確かに……数の不利は覆らない。二人なら何とかなることもある、のか?)
「目的は何だ、俺はあんたの目的が聞きたい。なんの取り柄も無い俺と組む理由は――」
「あんたが『転移魔法』を使えるからだ。それは私には出来ない技術。走って逃げることしか出来ない私は可能ならば君の魔法を活用させてもらいたい。もし使う事が出来れば奴らから逃亡できる可能性が飛躍的に上がる。
もちろん私一人だけ、タダで使わせてもらうことはしない。私には些か武術の心得がある。君をあの兵士達なら守り共に都市を脱出することを約束する」
「俺の、魔法が?」
まさかそのように賛美されるとは思ってもいなかったトウマは少し照れくさそうに頭の後ろをかく。好条件だ、願ってもないこと。
戦いの心得がないトウマにとって目の前にいる男との取引は悪くない。一人で脱出なのではなく、共にというのがトウマの心に印象強く残った。そして、一歩前へと足を進め黒衣に覆われた謎の掌を強く握った。
「その話、乗った!」
「フッ、感謝するトウマ・カガヤ」
口元は見えないが口角が上がっているのがトウマには分かった。
※※※
「という訳で俺はこの方向に向かってたんだ」
「正気か? あんた、自分から死地に向かってるぞ。その先にいるのは昨晩殺しにかかってきた奴らだ」
「嘘だろ? マジで危ねぇ、ダイシバが来なかったら俺死んでたな」
一時的な関係とは言ったものの連携を上手く取るために打ち解ける必要がある。そう思ったトウマは早速どうするべきか話し合いを始めた。
その中で互いの名前、得意な事など私的なことまで話した。
「ともかく向こうだ、今あんたが来た道を遡る必要がある。サラディンの南北両方に城門があることは知っているだろう?」
「…………ん?」
「おいおい、あんた正気か? 今まで良く逃げられたな。ざっくりとこの街のことについて教えておく。まず街の中央、ここは商店街が多く――」
木の枝と地面を使って快適な地図を描き上げるダイシバ。トウマが先程欲していたものが目の前で出来上がっていく。途中相槌を入れながらトウマは自分の脳みそにも地図を作り上げていく。
そして完成する頃、脳内のサラディン地図がトウマの頭の中でも完成した。
「これで分かったか?」
「分かりやすかった、マジで助かったありがとう」
「自分がいる都市のことを知るなど基礎中の基礎だ。当然のことを伝えたまでだ」
当たり前と切り捨てるダイシバにトウマはぐうの音も出なかった。本当に今まで良く生き延びられたな、と自分でも思う。
「ここの森は北門の方が近いからそっちから出るとしよう。未開発であるここは人も少ない。逃げるには持ってこいの環境だ。じゃあ早速――」
「あ、待って。俺さ仲間がいるんだ、その子はどうしたら良いかな」
「仲間? 一人じゃないのか?」
「いいや違う。女の子がいるんだ。ドジっ子で放置なんてことは出来ないんだ」
「ほう……なるほど。だが先程も言ったように後ろに進めば兵士に捕まる。加えてここは舗装された道が少ないことは知っているだろう? となれば、どうするべきか、答えは出ている」
「でも、置いていく訳には……」
「仲間なんだろう? 信頼というものは無いのか?」
「……確かにな、抜けてる部分があるけどいざという時はやる子だ。信用…………して…………いや、信用してみよう」
その時、ダイシバの口角が上がったような気がしたが気のせいかとトウマは流した。
「では早速――」
「いたぞー! こっちだ!!」
「「――っ!」」
二人が立ち上がり北門へと向かおうとした時、市街地の方角から声が聞こえた。振り返ればこちらを指さしながら誰かを呼び込む兵士の姿が。続々と登場し始める兵士達。
トウマはあたふたし始め、逃げ出そうとしたがダイシバは足を止めてブツブツと何かを言い始めた。
「おかしいな、私の予想が外れた。ここは確かに人気の無い場所なのだが……何故だ。山を張られていたのか? いや、それとも――」
「分析は今良いから早く!」
「まぁそうだな。後ですれば良い、では早速――我が一族の技を披露しよう」
走り出そうとしているトウマに対し、未だに足を止めているダイシバ。彼が黒衣の懐に手を入れ、何かを取り出す。それは小さいながらも確かな球体。彼の衣と同じかそれ以上の黒で塗られた黒球。
それを複数指の間で挟み、兵士達の方へと投げる。地面と接触した瞬間、「ドンっ!」と爆発音を響かせ白煙が辺りを包んだ。
「あれは、煙玉?」
「ただの煙玉ではない。無害で終わらせるなど有り得ぬ」
ダイシバの全身から薄い殺気が溢れた直後、
「ぐぎぁぁあ!!」
「な、なんだこ――がぁぁぁ!!」
無数の兵士達の断末魔が木霊する。無害で終わらせない、という彼の台詞から察するに何かしていることは間違いないのだが何をしているのかトウマには皆目見当もつかなかった。
「さぁ足止めは出来た、行くぞ」
「お、おう……」
ようやく身を反転させ、北門に向けて走り出したダイシバ。チラッと見えた若葉色の瞳には絶対零度が憑依していた。
トウマも遅れぬように、とダイシバの後を追う。その間も兵士の悲鳴が聞こえていた。トウマは心臓を握り潰されるような感覚を覚えた。
何せ、人の生死を身近に感じたのが初めてだからだ。自分もあのようになるのか。死に際に何も言えず、痛みを忘れるために叫ぶことしか出来ないのか。そう思うと全身が骨の芯から震え出し、胃から何かが込み上げてきているような気がした。
「……フッ」
その時ダイシバが不敵な笑みを浮かべていたことをトウマは知らない。




