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43話 『初めまして、付き合おう』

 龍虎相打つの状況下で飛び込んできたのは初老の着流しを来た男性。歳不相応の血相を変えた顔色に息切れをしている。主を叫びながら降馬し、草履を地面に何度も叩きつけミユの前へ走り、膝をつく。


「ようやく見つけました。ご無事で何よりです! お傍に居なかったことどうかご容赦くだされ」


「あ、そっかー。ミユ、一人で抜け出したんだ!」


 ジュラルの言葉にミユも荒々しかった表情を一変。純粋無垢な顔を従者に見せた。一方のジュラルの顔は寝る間も惜しんで馳せ参じたのか、血色が悪いように見える。


「さぁお嬢様、行きますぞ。本日より本格的に捜索を開始する故――」


「だいじょーぶ! 昨日見つけたよ」


「な、なんと! 流石はお嬢様です。して当の本人はどこへ……?」


「分かんない。でも、この森のどこかにいると思う。あと、このお姉さんが――」


 ミレーユがいる方へ指先を向けたが、鬱蒼とする緑が多い中、焦げた大木が見えるだけで人など居なかった。


「あれ……? あ、逃げられた!!」


 舌先を刺激されたように苦い顔をするミユ。力いっぱい杖を握りしめ、先程まで繰り広げていた戦いを思い返す。ほぼ互角の勝負、勝機は十分にあった。惜しい、勝てたかもしれないのに……と思わずにはいられなかった。


「――っ! お嬢様、お怪我を?!」


「……うん、でも治せるよ。落ち着いてー」


 自らの怪我の心配より必要以上に取り乱すジュラルを宥めるミユ。幼いながらもそのような振る舞いが出来るのは皇族の教育が良く行き届いているからだろう。


 額にそっと手を当て、癒しの魔法を使用する。すると、暖かい緑光が怪我の部分を包み傷口が塞がれる。痕も残らず、怪我をする以前に戻った。


「他にお怪我はございませんか? 必要とあれば街中の凄腕治癒術師を捜し当てますぞ。この老いぼれ、如何様に使ってくれても構いません」


「だいじょーぶ落ち着いて。勝てそうだったのになぁ……」


「お嬢様に傷を付けるとは解せぬ。トウマ・カガヤ、お嬢様に手を出すほど落ちぶれたとは……その命で償ってもらう他あるまい!」


「あ、違うよー。トーマじゃないよ、トーマの仲間の女の人。すごー強かった」


「なんと、トウマ殿ではないと? 加えて仲間……厄介ですな」


「でもだいじょーぶ。二人とも、ミユがぜーったい倒すから」


 復讐を誓う幼い少女。漏れる殺気と鋭い眼光がその強さを物語っていた。力強い意志を見せるミユを細い瞳で見ながらジュラルは口角を上げた。



※※※



 一方、ミユの目の前から消えたミレーユは絶賛森の中を走っていた。ジュラルが駆け付け、ミユの視線がそちらに集中した隙をついたのだ。


 彼女の鋭い観察眼はジュラルがミユの味方であることを即座に見抜いていた。戦況が拮抗状態にある中で増援は痛手だ。加えて剣士、魔法使いとは相性が悪い。


(『鳳凰の加護』を使っていればどうなってたか分からないんですが……)


 衣に刺繍された鳳凰はただの飾りなどではない。列記とした魔法。それも彼女が持つ世界で唯一の『加護』だった。


 『調和と愛情』の象徴である鳳凰の力を借りることであの場を容易に鎮圧出来たことは想像に容易い。だが、未だに制御が難しいためミユを跡形もなく吹き飛ばすかもしれなかった。それでも、そうせねばもう止まらないと思った故に詠唱を始めた。


 だが、そこに運が良いのか悪いのか彼女の気を引き付けることが出来る人物が登場した。結果、殺すことなく退避も成功。良かったといえば良かった。


「『温熱検出』で見たのはあの子でした。思えば体格が小さかったです……。今度こそは!」


 森の世界から色を抜き、生物の体温以外を黒色に変色。原っぱの上を駆けながら目を左右後方色々な方向へ飛ばす。走ること数分、体温検出は一向に出来ず黒だけが彼女の視界に残っていた。


「はぁ……はぁ……」


 少し休憩しなければ、と思い一本の木にもたれるミレーユ。チラッと上を向いた時、烈火のごとく赤く変色している幹を見つけた。


 輪郭を見るに人間。体格からして男性であることが分かる。この森の中で寝ている男など一人しかいない。「やっと見つけました!」と嬉々として浮上。足を組んで眠る人物の顔を見れば、


「……誰ですか?」


 全くもって捜している人物と違った。

 赤と白を基調とした騎士服、いや制服だ。胸には校章のようなものがある。聡明という文字を彷彿とさせる片眼鏡。長いまつ毛は呼吸とともに上下し、血色の良い唇は女性にも負けないほどの明るさを持っている。


「また人違いでした、ほんとどうしてこうなるんでしょうか……」


 期待はずれという恨みがましい念を少し込めながらミレーユが呟く。すると、


「おやおや、僕を捜していたんじゃないんですか?」


 狸寝入りをしていたのか、すんなりと起き上がる男。鼠色の双眸には眠気などは見当たらず、草木を燃やす炎を思わせる赤褐色の髪色はセンター分けになっている。


「お昼寝を邪魔するつもりはありませんでしたすみません」


 ぺこりと桃色の頭を下げるミレーユ。そのまま浮上していた体を下ろし、足を地面と接触。目的の人物の捜索を続けようとしたのだが幹の上に腰掛ける男が「待て」と呼びかける。


 呼びかけ通り足を止めて振り返れば不慣れなのか、不器用に木から降りる男が映る。


「君は仮にも僕の睡眠を邪魔したんだ、相応の対価を貰わないとね」


「すみません私、人を捜してて……」


「ほう、五つの称号を持つ僕に逆らうのか」


「……五つの称号、ですか」


 ここにトウマがいればそれがどうしたと唾を吐き捨てるのだがミレーユは違う。彼女はトウマと違って見識のある人物だ。


 サラディンは魔法都市であり学校でも剣術より魔法に重きを置いて学問を教わる。その生徒の中でも秀でた才能を持ち、成績優秀者や、研究会での論文が評価された人物は『称号』が送られる。


 『称号』は基本的に二つが平均的で三つが優良者、四つが博士、五つは神のように敬われる。歴代でも五つの『称号』を持っている人間は両手に収まるくらいしかいない。


 つまり、ミレーユの前にいる男は神のように扱われることを求めているのだ。


「私は学校に入っていないので、関係ないと思うんですが」


「ぐぬ……ま、まあそうだね。でも僕が一声掛ければ沢山の人間が集まる。言うことを聞かないなら実力行使をするしかない。僕としては望まない決断なんだけど、どうする?」


(あの女の子の仲間と『雲卿会』。これ以上増えたら日の本を歩けなくなってしまう……)


「分かりました。私も争いは好まないので、聞きます」


「良いね良いね。懸命な判断ってやつだね」


 クイっと眼鏡を上げ、胸を張る男。胸元の校章がキラッと輝く。


「まず僕の名前はパール・カスピール。サラディン一の名門校『ビヘイロヴ魔法学校』の生徒会をしている。君、名前は?」


「私はミレーユです。お手柔らかにお願いします」


 偉そうに振る舞うパールという青年とは反対に、貴族顔負けの落ち着いた雰囲気と所作。丁寧に頭を下げるとフローラルな香りが周囲に広がる。


「なるほどミレーユ、か。可愛い名前だね。では早速本題に入ろう。君、僕の恋人になってくれ!」


 ザッと勢いよく手のひらを差し出すパール。その提案に耳を疑うミレーユ。薄青の瞳に困惑が浮かぶ。


「……んん? 気のせいでしょうか、恋人になって欲しいと聞こえたんですが」


「聞き間違いなんかじゃないよ。僕の、この五つの『称号』を持つパール・カスピールの彼女になって欲しい! 悪くない話だろう? 僕のような()()からの告白、受け止めてくれるよね?」


「…………」


 自分が高嶺の花だと思っているのかパールは自信ありげで迷いは見受けられなかった。


「断る道理はないはず。僕のような天才と付き合えることは滅多に無い! さぁ僕の手を取るんだ。君に拒否権は無いよ!!」


「どうしましょう……」


 ミレーユは別に手を取るのか迷っている訳ではない。彼女が顔を顰めているのは断った後どうなるか、だ。パールという青年は恐らくプライドの塊だ。傷つけられたのならとことん相手を追い詰めるだろう。


 そうなれば彼女がトウマを捜し出すのに支障が出る。ならば手を取る、な訳ない。見知らぬ人間と出会い、すぐさま告白されて付き合うことを選ぶほどミレーユは世間知らずではない。


 考えるのも無駄か、そう思った彼女はキッパリとその告白を切り捨てる。


「ごめんなさい」


「え? 聞き間違い、じゃないよね? し、正気?」


「はい、ごめんなさい」


 わなわなと手を震わせ、顔色が悪くなっていくパール。銅色の髪をかきあげながらハッと鼻を鳴らすと、


「ま、まぁ? 僕は、別に? 一目惚れ? とかじゃなくて、試しにやってみただけだし? ど、どうしようかなー仲間、呼んじゃおうかなー?」


 チラチラとミレーユを見ながら澄み切った晴天を見上げるパール。それでも尚ミレーユの態度は変わらず、寧ろ鬱陶しく思い始めたのか、


「あの、もう良いでしょうか。私、人を捜してるので……」


「えー、良いの良いの? 僕、仲間呼んじゃうよ? 君みたいなか弱い女の子はすぐに追い詰められちゃうんだけど……。い、今だよ?! 今ならまだ、間に合うけど!」


「ごめんなさい、さようなら!」


 埒が明かないと見たミレーユはパールに見限りをつけ走り出した。


「ちょ、ちょちょ! ま、マジぃ!? 僕の提案断るの君が初めてなんだけどぉぉお!!!」


 森全体にパールの悲鳴のような嘆きが響いた。諦めきれないパールはミレーユの背中を追ったのであった。


 

 

 

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