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39話 『悲鳴』

 夜の石畳を無数の足音が駆ける。一人の若者を捕まえんと複数の兵士が走っていた。


「はぁ……はぁ……!」


 青年が咄嗟に草に飛び込む。息を殺して存在を消す。その草むらの前を兵士が通り過ぎる。


「宿に戻らないと、ミレーユに説明を――」


 だがどうやって。

 もう既に宿は包囲されている。前に出ただけで死ぬ。


 誰にもバレずに内側に入る方法……あるではないか。


「けど、最大距離は三十メートルくらいだ。やったことも無いのに成功するか……」


 宿の自室内に収まることが不可能になってから陣を描くだけで魔力を流す工程は行っていない。


「だったら、ここで試す……」


 自動羽根ペンは持ち合わせていない。トウマは近辺を一周、ペン代わりになりそうな小ぶりの石を見つけた。これをペンの代わりとす。


 記憶の片隅に魔法陣の形は組み込まれている。


「俺が入る大きさで良いから……邪魔だな。草を少し退けて、こっちに線を……」


 いとも容易く簡単に出来上がった。とはいえ、いきなり宿には飛べないから近くの建物の屋根に移るように設定を組んだ。


「魔力は……総量の1/10程度か」


 魔力を送れば光が漏れる。ということは直ぐに勘づかれる。少しづつなんてやってられない。いきなりフルスロットルだ。


 トウマはザッと大地に手を置いた。魔法陣に魔力を流し込む。先程言ったようにのんびりやってる暇はない。


 小さな草むらから眩い光が迸る。それを兵士らが見逃すはずもなく、


「おい! そこだ!」

「いたぞ! 囲め囲め!!」


 数人の兵士が退路を根絶するため草むらを取り囲む。リーダー格の男がサッと手を払った直後、全員が手にしていた槍を突き刺した。肉を抉る感触、などはなく互いの槍が擦れ合う不快な感覚が伝わった。


 何度も何度もグサグサと刺す兵士たちを見てリーダー格の男はまさか、と悟る。部下を押し退け草を掻き分けて内側を見れば誰もいない。


 残っていたのは不可思議な魔法陣のみだった。



※※※



「うぉわああ!」


 ドサッと乱雑にレンガの屋根にテレポートしたトウマ。実は自分を転移させるのは今回が初めてであり、上手くいくかは不明だった。


「とりあえず逃げはした、そして立地が最高だな」


 家屋の天井先に移動した理由、それは高所から物がよく見えるからである。加えて幸運なことに、ちょっとした高台の上にあったため、より周囲を見渡せることができた。


 真っ暗なカーテンに白の星が散りばめれている。月光のみが輝くはずの街だが、現在は炎があちこちで灯されている。ヒョイっとトウマは顔を出す。


「どこに行っても死の未来しか見えないんだが? 街を出ようにも出られない……ことは無いな」


 三十メートルワープが成功した。つまり、街の外側にテレポート出来る圏内に入って陣を発動させれば外に出れる。


 可哀想なことに兵士たちはこの街にトウマがいないことに気が付かず永遠に捜し続けるだろう。その間、トウマは逃げ続ければ良い。


「魔法陣使いまくれたらいいんだけど、体内に感じる魔力が結構減っちまった。連発は出来そうにない……おん?」


 突如、トウマの頭上に真っ暗な何かが現れた。見上げてみれば、サラディン特有の浮遊城。以前見た時よりも遥か上空に浮かび、移動している。


 あの中に移動、と思ったが篝火を手に持った兵士が見えたためその考えは破棄された。


「ちっ……本当に場所がねぇな!」


 トウマは完全に包囲されているとでも言いたげな環境。本当に街全体のあちこちに監視網が敷かれている。この事について長は何も思わないのか?


「思わないに決まってる。アモデウス家からの刺客も来る気がする……」


 何となく、そのように思えるのだ。だからこそより素早い行動が求められるのだが……。


「おい! いたぞ!」


「……っ!!」


 街全体に響き渡り、あちこちで灯されていた炎が列を作り移動を始める。

 身を乗り出しすぎた、そう思ったトウマはすぐさま屈み姿を隠す。


(まずい……ワープ出来る場所があるか見てなかった!)


「おいこっちだ!」

「回り込め! 逃げ道を無くせ!」


 そうこうしている間に包囲網は出来つつある。瞬時の判断力が生死を分ける。ほんの少しでも顔を出せば恐らく魔法で引きずり落とされる気がした。


「ちょいちょい、ランダムに飛ばすか? いやでも群れの真ん中にワープした終わりだ。でも顔を出せば狙い撃ち、隣の建物に移ったとて魔力の無駄遣いだ……まずい、やばいやばい!!」


 キョロキョロと何か、打開策は無いものかと周囲を見るが何も無い。骨から震えている手で石を砕いて何かしようにも力が入らない。


 指示する声とそれに従って動く足音が近い。もう、刻だ……。


 諦めかけていたその時、ダンッ! とトウマが潜む建物の壁を蹴りながら何者かが上がって来た。


「お前は……」


「……?!」


 背丈はトウマと同じくらい。全身を黒衣に覆わせ、目元のみが開かれ色彩鮮やかな黄緑色の瞳が唯一の特徴。


 互いに硬直し、視線が交じる。しばらくの間、その静寂を破ったのは兵士の声。


「こっちだー!」

「逃げさんぞ!」


「……フンッ!」


 力強く地面を蹴り、隣家の屋根へ飛び移る。その動きはまるで忍……足音も無く走り去る。


「屋根だ! 屋根に飛び乗った!」

「魔法で落とせ! 最悪は殺しても良い!」


 その時になってようやくトウマは自分では無く、今目の前に現れた男が追われていることに気がついた。全身から力が抜け、壁に全体重を預ける。


「危ねぇ……死んだかと思った」


 まずは自分のこと、そして次に先程の黒衣を纏った人物が去った方向を見つめる。だが、もう誰も居なかった。足跡も残ってないが兵士だけは大声を出しながら走っている。


 一目見た的、男はトウマを知っているかのように「お前……」と呟いた。初対面だ、いきなりお前は無いだろうとツッコミたいところだが、


「記憶が消された、だから忘れてる……?」


 精霊は俺の記憶が一部デリートされたと告げた。忘れてしまった人間の確信はつかないがもしかしたら、あの人物もまた消された人間かもしれない。というのがトウマの予想であった。


「教えてはくれないだろうな、性格ひん曲がってるのが最近わかったし」


 ポケットから手帳を取り出し、最新の未来が刻まれた箇所を見つめる。殺害予告と回避方法、その裏に潜む代償。拒むことは不可能、帰還のために選択肢を取らなければいけない。


 ミユという少女を殺すか、全力で逃げる(生存確率30%)か。


 バチン!


 電気が走ったような音が聞こえた直後、


「さようなら」


 目に沢山の涙を浮かべ、妬ましい情をトウマに向ける猫耳の少女が現れた。トウマは拘束させられ、身体には幾つも鋭利な刃が。


 捕まったのだ、自分は。そして現在、トウマという人物を追い求めていた人間の前に引きずり出されている。


 ガリッと奥歯を潰すような音が聞こえた直後、ミユという少女が手に持っていた杖でトウマの額を小突く。同時、氷がトウマの頭を突き抜け、風穴を開けた。


 自分の作った血溜まりに沈むトウマ。それを客観視し言葉が詰まるトウマ。


 バチン!


 再びの電撃音で幻となって消える。意識は元に戻り、トウマは夢から醒めたような感覚に襲われる。そして、


「ぐぉぉおあああ!!」


 脳が、頭がぽっかりと穴を開けられたような未知の苦痛が走った。抉られた骨が、脳が悲鳴を上げる。手をそこに当てても何ともない、外傷はないのだ。


「がぁぁあっ!!」


 声を殺すことなど出来るはずが無い。涙を流し、ヨダレを垂らし、右へ左へとのたうち回るトウマ。即死級の痛みが、彼を蝕んでいる。


「そ、そこに誰かいるのか!」


「ぉぉぉおあああ!! 痛い、痛いぃぃぃぃ!!!」


「誰かいるぞ! けが人だ、急げ!」


「うぅ、ぐぅぅ!!」


 それでも生存本能は凄まじい。神経から込み上げる痛みに唸りながら、トウマは現実の危機に立ち向かうのだ。


「いだい! いだぃぃい!!」


 転移は出来ない。ランダムは危険だからだ。痛みで判断力が正常な訳ない。


「うぅぅぅぅ!!」


 トウマは迷わず三階建てのビルぐらいの高さから身を投じた。後のことなど考えていない。


 ガッ! と鈍い音と共に地面と衝突、そのまま数回地面を転がる。全身を強く打ちあちこちが打撲したように骨の芯から響く痛み。それよりも、やはり来るのは――

 

「うぉぉぉおあああ!!」


 未だに続くミユに空けられた、いや空けられてはないがその感覚が残る額。叫ぶことしか出来ない未知の痛みが激しく自分が一番だと主張する。


 それでも捕まる訳にはいかないという意識だけは持ち合わせていた。故に、本来は動くことが出来ないにも関わらず自ら体を叱咤し、無理やり動かすトウマ。


 兵士たちが家屋の天井にたどり着いた時、既にトウマは遠くに去っていた。だが、時折響く悲鳴が彼の所在地を知らせていた。


 



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