3話 『恩を仇で返す』
『トウマ・カガヤはララ・パールによって寝首を切られる』
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どうも寝つけない。
慣れない環境での一睡だから、女の子と一緒に寝るからというのがあるからだろう。だとしても寝れない。妙な胸騒ぎがするのだ。
隣ではララが反対を向き寝ている。
昼間、俺は彼女から溢れ出る『手帳』への執着を見逃さなかった。異様なまでに食いつき、欲しい、とまで口にした。その後の過度な引き留め。
ララの寝息が静かすぎる。昼間の「欲しい」の目が頭にこびりついて、胸がざわつく。ファンタジーの世界、俺は興味がない。祖父母の待つ家に帰らなければ。
「心配だ……やっぱり出よう」
荷物をまとめて、と言っても『手帳』しかない。
枕元にあるそれを取り、窓から射し込む月光に当て中を開いた。真っ先に目に入ったのは、
『冬馬輝は女性を助け、男を殺した』
先程の自称を書いたこの一文。
昼間の出来事が、もう『手帳』に?
黄ばんだパピルスのような紙にそう記されていた。
刹那、クラっと平衡感覚が狂ったのか身体が不安定になる。
「あれ……なんで、俺」
フワッと浮かんだ二人の人物。
その二人の背中を遠目で見ている俺。
俺が「おーい」と呼びかけると、振り返るのだが。
モヤがかってる? 誰だっけ、あの二人。忘れちゃいけないあの二人。
「――そうだ、祖父母だ」
忘れかけていた二人を思い出す。安心、と言いたいところだがそんなことしている場合では無い。
文の下には俺の不安を現実とする内容が綴られていた。
『トウマ・カガヤはララ・パールによって寝首を切られる』
「――っ!」
刹那、手帳を持つ手から力が抜けた。
無情に、残酷にそれはあった。
現在唯一と言っていいほど信頼しているのがこの手帳だ。それがそんな風に書いている。
チラリと彼女を視野に入れる。ララは同じ体勢で寝ている。チャンスだ。早く。急げ。
ドアノブに指がかかった瞬間、手が勝手に手帳に戻る。ページをめくる指が震えてる。
『一. 彼女を殺して身を守る』
『二. 抵抗する、だが小屋ごと吹き飛ばされる』
殺すか、小屋ごと吹っ飛ばされる。ということは俺も……。
どっちだ。どっちが正解なんだ。どっちが最善だ?
「もう知らん。俺は逃げる!」
ドアノブに手をかけ押そうとしたその瞬間、突如白く細長い腕がノブに当てた俺の手を掴んだ。それと同時、耳元で囁かれる。
「ど・こ・に・い・く・の?」
「ひぃっ?!!」
真夜中の小屋、俺は声量を抑えず叫び声に近い声を出した。
腰の力が抜け、その場に尻もちをついた。見上げればララが寝巻き姿のまま立っている。だが、顔には狂気的な笑みが張り付き、黄金色の瞳は笑っていない。
「な、なんで……」
「さぁ、どうしてかしら。とりあえずそれ、貰うわね」
ゆっくりと手を伸ばし、黒の『手帳』を奪おうとする彼女を振り払う。力の入らない脚に踏ん張りを効かせ、テーブルを支えに立ち上がる。ドア目掛けて一心不乱に走り出す。
「抵抗されると、少し困るのだけれど」
ララは既にどこからか出した短剣を握っている。艶めく銀は月光を反射し、鋭利な刃が投擲された。短剣は俺を超え、ドアに突き刺さった。ちょうど俺と同じ高さ、頭の位置に。
「あぁ! うわぁぁあ!」
「本当ならひと思いに、と思ったのだけれど助けてくれたしね。『手帳』を渡すなら殺しはしないわ」
小刻みに揺れる手でドアを開けようとするが、力の入らぬ腕でドアを引くことは叶わなかった。俺は大粒の涙を流しながらララを再び見上げる。
「渡す? それとも、ここで人生終わりでいいのかしら?」
冷たい鋼の温度が皮膚を伝う。
体の感覚全てが麻痺し、立つことが出来なくなった俺から彼女は簡単に『手帳』を盗む。
唯一の希望を取り上げられた俺は赤子のように力なく手を伸ばすが、ララに届かなかった。
「売ればいい値になりそうね。いえ、私も少し使ってみようかしら。一体どんな書なのか――」
窓から通る光を頼りに暗闇の中、ララは書を捲った。記述された内容は――
「あら、貴方。先読みしていたのかしら。それとも、本当なのか」
「も、もう良いだろ。あげた、譲ったから俺は――」
「いいえ。ダァーメ。気が変わったの、貴方、私の死を予見するなんて良い度胸してるわ」
瞬間、首に冷たい刃が触れる。息が詰まって、吐き気が喉まで上がる。じいちゃんばあちゃんの顔が、ぼやけて見えなくなった。
彼女が『手帳』を開き、中を俺に見せた。そこにあったのは――
『規約違反:ララ・パール 享年十九歳 死因落下死』
「……あ?」
「あ? じゃないわよ。どういう事かしら、どうして貴方ではなく私が死ぬのかしら。何か隠しているの?」
真っ赤な炎のように赤い髪を指で弄りながら、金の瞳に殺気と怒りを宿す美少女。
「し、知らねぇよ! 規約違反ってことはお前がなんかしたんじゃねぇのかよ!」
「そう、嘘をつき通すのね。それならさよならね」
瞬間、狭い小屋の中が殺気で充満した。首に当てられたナイフが走る、その直前――
(じいちゃん、ばあちゃん……!!)
笑顔でこちらを振り返る祖父母の顔。走馬灯となって初めに浮かんだのが二人の顔だった。親に捨てられた俺を十七歳まで育て上げた心優しい二人。
心配してる。ただでさえもう体が衰えているのに、俺がいなくなったなんてこと知ったら二人がどうなるか。言わずもがな、知れたことだ。
「がぁぁぁあ!!」
「あらあら」
首に当てられた冷徹な刃が動く直前、俺は左腕を犠牲に魂を削られることを防いだ。
短剣は左腕の骨で止まり、灼熱の痛みと鮮血が地面の木材に垂れた。
「離れ、ろぉ!!」
力を入れることを放棄した右腕でストレート。しかしララはバックステップで距離を取る。
「うっ……ぐっ」
血と汗が混濁する状況。ナイフは俺に刺さったままだ。酩酊したかのように鈍い脳をフル回転させ『手帳』に手をかざす。瞬間、風の力が右手に宿る。小屋全体が揺れるほどの強風が俺の右手に集まった。
「やっぱり、貴方でないとダメなのね。主従関係を絶てば良いのかしら」
ピンクの舌で口を一周させると、ララが地を蹴った。だが向かったのは俺ではない。壁を伝ったかと思えば、天井を飛び、次の瞬間には地面を走っている。視認性の低い、真夜中な小屋でララが音速かと思わせる速さを見せる。
「狙いが……定まらない」
目で追えるそれでは無い。そもそも魔法の威力がいかほどか分からない。だが、とりあえず打つ――!
そう思った直後、ララが俺の上を通過した。
チャンスだ!
俺が魔法を打とうとした直後、左腕の感覚が消えた。ダラリと垂れ下がっていたそれは、おびただしい量の血を傷口から吐きながら地面に横たわっていた。
「がぁぁぁぁっ?!」
「終わりね、貴方痛みに弱いでしょう? そんな貴方が腕を無くせばどうなるか。目に見るよりも明らかね」
痛い、痛い痛い!
小屋の中が俺の血と悲鳴でいっぱいになる。
右に左にのたうち回り、死が迫っていることを感じた。
ララがゆっくりと歩み寄り、短剣についた血を舐める。
「お前、も……同じだ」
その様は、昼に死んだ男と同じ。快楽で人を殺す狂人だ。有無を言わずにララが短剣を振り上げ、落とす直前――
「常闇に 小屋と消え去る 命なり」
全てを覆す『五・七・五』が、血濡れた小屋内に響いた。




