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38話 『開幕』

「まだ昼時、飲食店を捜し回れば良い。見つけてもすぐには殺すでない。私とミユ様の御前に連れてくるのだ、よいな!」


「「はい!」」


 ビシッと敬礼をし、各々班に散らばってトウマという青年の捜索をし始めた。兵士たちにはなぜその人物を捜しているのかは伝えていない。


 皆が街に広がっていく中、騎馬が二つ残っていた。大きな馬に跨る初老の男性と子馬に乗る猫耳の少女。


「ミユ様、乗馬の扱いに慣れるのが早いですな」


「ふふん! 天才だもんっ!」


 主従の関係にあるジュラルとミユ。ジュラルからの褒め言葉をものとせず当然だと言い切る。その笑顔には一点の曇りもない。だがすぐに鋭利で激情の載った表情に一変。


「絶対許さない、もし見つけたらミユが殺ってもいーい?」


「それはもちろんお任せいたします。ですが、少々私の方から聞きたいことがある故、すぐに殺害はお待ちください」


「しょーがないなー」


 手に持っている杖でジュラルの足を小突きながらミユは妥協をする。決してジュラルから主を連れて来た訳ではない、彼女が自ら馬車に飛び乗っていたのだ。


(悪くは思わないでくだされトウマ殿。私は老い衰えたとはいえ一国の禄を食む騎士。主のためなら化生になれるのだ。あの出来事を忘れたなどとは言わせぬぞ!)


 裏路地にて『正理機関』と対峙しミユを人質にしようとしていた場面を目撃してしまったジュラル。元から怪しさ満点の人間に拍車が掛かったがために、わざわざ王都を飛び出して来た。


 なんの偶然か、秘密裏に飛び出したと思ったがそこには主の姿が。


(信じ込ませるのは決して容易では無かった。艱難辛苦してようやくだった。何より、我が息子を追い詰めた罪は大きい……)


 騎士たるもの、公的な職務において私情を挟むなど本来は言語道断。騎士道精神に反するものだ。


(トウマ殿、街を使った死の鬼ごっこ開幕ですぞ!)


 腰に帯びていた日本刀を鞘から迸らせ天高く掲げた。陽光を反射する銀の鋼が煌々と輝いていた。



※※※



「うっ……」


 ずっと下を向いていたこと、慣れないことをし続けたせいかトウマは少し吐き気を覚えた。何より、部屋の換気を怠っているのが原因だろう。


「外に出たらダメだ、でも……少し新鮮な空気を吸いに行きたい」


 そう思って動かしていた手を止めた。立ち上がって部屋を出ると陰の雰囲気が溜まっていた密室とは異なり新鮮な温かみのある賑やかな空気が全身を駆け巡った。


「良く空気が美味しいって言うけどこういうことかな」


 しばらくの間体内の換気を行い踵を返せば良かった、のだが生憎とトウマはそういかなかった。


「一日引きこもってたからなぁ」


 既に外は昼間の明るさを失い暗がりが広がっている。飯を取りに行ったり、食器を返却する以外『魔法陣』の研究に明け暮れていた。


 スタートから幾つも『魔法陣』は完成し、着実に帰還は現実味を帯びてきていた。徐々に描くことにも慣れてきて、六芒星は綺麗に描けるようになった。


「ふーっ、少し寒いな」


 今の季節は何なのか、そもそも四季があるのか不明だが少し肌寒さを感じる。服装は寝間着から変え、いつものパーカーとズボンに着替えていた。


 宿を出て、少し街を歩く。ミレーユがいつ帰ってくるのか不明だが遅くなっても別に怒られることは無いだろう。


「……っ!」


 人気の消えつつあるこの時間。金属音と疲労の入った声を静寂の街に響かせる人物があった。咄嗟に建物の角に隠れ、様子を伺う。


「ジュラル様は何を考えてるんだ?」


「知らねーよ。人を捜してるらしいぜ」


「人? 誰だよ、ヘルメス様か?」


「ちげーよ。不仲なのに捜す訳がないだろう」


「不仲? どういうことだ? いつもお二人は仲良さげにしてたじゃないか」


「実は違うらしいぜ。現皇帝の側近であるヘルメス様と現皇帝に不満があるジュラル様、立場上意見が食い違うんだ。それに辟易したヘルメス様が王都を離れたらしい」


「おいおいマジかよ。ヘルメス様が幼少の頃からの仲なのにそんな一瞬で崩壊するのか」


「しかも一方的にじゃなくて相互だ。互いに表には出さないが嫌ってるらしいぞ」


 二人の若手が槍を片手に、噂を立てていた。その二人はジュラルが引き連れてきた王都の兵士。見つかれば連行されるはずだ。


「ヘルメス、は分かるが……ジュラルって誰だよ。様をつけてるあたり身分が高いと見たぜ。でも、不仲……思い当たる人間はいないけどな」


 代償として失った記憶であってもヘルメスだけは忘れていなかった。その理由は恐らく、『言霊の神』と呼ばれるほど高位で因果律を歪められない人間だからだろう。


「行ったな……今日はもう大人しく――うっ!」


 物陰から出てきた宿の入口を見てみれば、何故か群がっている兵士たち。これでは中に戻れない。そう思ったトウマがどうしたものかと悩んでいた時――


「おい! お前、何やってる!」


「……っ!」


 声のした方を振り返って見れば、篝火を片手にしトウマの方を見つめる兵士が。ドキッと心臓が大きく脈打ち、体が硬直する。


「そこを動くな! 怪しいやつめ」


「ちっ……!」


 脳裏に、予知が浮かぶ。見知らぬ少女に殺害されると宣告を受けたトウマ。それを思い出した瞬間だった――。


「ぐぅっ?!」


 腹部に焼けるような痛みを感じたトウマはその場に片膝を付く。脂汗が全身から吹き出て、みぞおちをギュッと握る。


 血で服が滲む、ということは無い。


「この痛み……どこかで……」


「なんだなんだ一つの芸当か? 重病人の真似をしたところで見逃すことはないぞ」


「うぐっ……がぁぁ……」


 腹部に鈍器が刺さったかのような痛みがトウマを蝕んでいた。が、容赦なく兵士はトウマに近づく。顔が割れているかは分からない。だが、不審者として連行されることは間違いない。


 となれば、取るべき行動の答えは一つ。


「がぁぁああ!!」


「あ、おい! 待て!」


 腹を抑えながら足を無理やり動かす。ずっと膝をついていては捕まるのがオチ。


「もうこれで宿には……戻れないな……」


 適当にジグザグに走りながら後ろを振り返る。トウマを見つけた兵士と距離が出来ている。その兵士がトウマの背中を指さしながら何か叫んでいた。


「今から逃亡生活だな……グッ!」


 臓腑を握りつぶされるがごとく激しい痛みがトウマを蝕む。それでも外傷は無いし吐血する様子もない。


「幻覚いや幻痛とでも言うのかよ……」


 なんとかバレなさそうな人気の少ない家屋の裏にたどり着いたトウマはその場にへたれこむ。これは腹を貫かれた痛みであろう。


「ぐぬぅう……まさか、代償、ではないだろうな」


 真っ先に疑ったのが『手帳』の代償だ。鼻血が出たり、ペナルティを一日課せられたりと散々な目にあったことは何度かある。それにしてはレベルが上がり過ぎだろう。


「フーッ! フーッ!」


『避けられない痛み、これが呪いです』


「……!」


『人を救い帰還のためのエネルギーを蓄える代わりとして貴方は何かを失い、何かを背負う。易々と帰還なんてさせない、とでも言いたげですね』


「解説、どうも……ゴフッ……!」


 的中していた。やはりこれは呪いだ。永遠に解けぬ、トウマが帰還することを目的にする限り終わらない呪術。


 ようやく和らいできた痛み、トウマは呼吸を整えつつ精霊と対話を試みる。だが、次の会話の口火を切ったのは精霊。


『既に記憶が無いのはご存知ですか?』


「無いのに気づくのは無理だろ」


『そうですね。今後も何かを失くすのでご承知を』


「……お気楽なヤツめ。最悪の宣告を告げられた俺は胸くそ悪いぞ。ところで、何の記憶だ。おい、帰るな待て!」


『――――』


 多分、これだろうという節はトウマにもある。だがやはり抜け落ちた記憶、確信などない。


「こっちだー!」


「マジか、やばい!」


 安息の地と思われた場所が追われることになった。この暗い街中で、今より――死の鬼ごっこが開幕するのだ。

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