37話 『これは呪いだ』
次に魔法陣が完成したのは数時間後のことであった。自動羽根ペンを使わずにいたトウマは魔法陣の完成にかなり手こずった。
正確さが以外の成功要素の無い魔法陣の作図。完成度百に近いものにするため何度も書き直した。あと少しで完成なのに、ということが何度もあったがようやく出来上がった。
胃の食事を求める唸りからするにもうすぐ昼時。それすら忘れて完成を急いでいたトウマ。
「これは拡張タイプだ。五メートル先に飛ばせる魔法陣。流石に縦は厳しいか」
トウマが寝泊まりしている部屋は縦にそう長くない。横は縦の二倍近くあるため、今回は隅から隅への転移になる。つまり、いずれは部屋の外に、なんてことになるのだ。
「今回は、定規にすっかな。無くなったらまた作ったら良いし」
土魔法で作り上げた粗いメモリがついた定規。それを魔法陣の書かれたノート上に設置。次に、ノートを持って部屋の隅に立つ。転移先は正面、ベッドサイドにある小型のテーブルだ。
「うっし、行くぞー」
不思議とドキドキするが先程と同じくらい、とまでは上がってこない。身体が覚えてしまったのだろう。開始の合図としてノートに手を置く。魔力を流し込めば再びの煌めき。
しばらく目を閉じて結果に胸を踊らせながら待つ。数秒後、光が収まったことと成功に期待して重い瞼を開ける。
すると、ノートの上にあった定規は消え去りベッドサイドの机へ。結果は――成功だ。
「よしっ!」と大きくガッツポーズを決めるトウマ。やはり先程より成功の感動は小さい。だが、確実に進歩しているのだ。失敗していないだけマシだ。定規を回収しようと移動する。定規を持ち上げた瞬間、ポロっと真っ二つに折れてしまった。
「マジか、でも仕方ないか。初作にしては長持ちした方だろ。しかも薄いしな、次はもっと厚いのを作るか」
次のための反省を行っている時、魔法陣と似たような光が机の中から漏れていることに気がついた。記憶にある中で、内側に入れているのはあれだ。
「……はぁ」
放置しよう。もうそろそろ嫌気が刺してくる。一ヶ月振りに兆候を見せたばかりにトウマの心は少しマイナスだ。
『見ないなどという愚行は許されませんよ』
「何でだよ、見ない方が良いだろ」
『まぁ見たくないなら良いんですが、多分後悔しますよ』
「なんだよ、そう言われると見ないといけない気がするだろ」
急かされるような気がしたトウマは手帳を手に取り、光漏れる箇所を開き内容を拝んだ。
『トウマ・カガヤはミユに殺害される』
1.彼女を殺める
2.生存確率30%を信じて逃げる
「……なんだこれ」
取り乱すこともなく呆れたような声色でトウマは呟く。自分の名前と死という文字に関して焦りを覚えるべきなのは無論分かっている。
だが、ミユと書かれた文字。恐らくは名前なのだろう、しかも女性。身に覚えがない。そんな人と出会った覚えなど微塵もない、とトウマは思う。
「精霊、ミユって誰のことだ」
『先程窓の外にいた猫耳の少女のことです』
「あの子……どこかであった気はするけど、記憶違いだろうな。初対面なのに殺そうとしてるってイカれてんな」
『その通り。彼女は狂っています、ですので信じてはいけません。まともだと、話せば分かり合えるなどと思ってはいけません』
淡々と何かを信じ込ませるような精霊の口ぶりに少しの違和感を覚えながらもどちらが妥当か思考を巡らせる。
この予知手帳は嘘はつかない。このままいけばデフォルトでトウマは死ぬ。話し合いは不必要などと言ったが本当にそうなのだろうか。遠巻きに見た感じ、話の通じない人では無いというのが第一印象だ。
「だとしても出会ってすぐ死ぬ、なんてことは無いだろ。関係の始まりは挨拶、そして対話が基本だろ?」
『その通りです。しかし、彼女には通じないかと。生きることに固執すればいいんです。死ねば元の世界に帰れませんよ』
「そうだけど、やっぱり事情を話すべきだろ。俺は戦いとか好きじゃないからこうするしかない。今回、お前の意見は採用できそうにない」
『そうですか』
やけに諦めの良い精霊。
本当に納得したのか、それとも未来を超越し結果を見通したのか……。
手元にある古ぼけた書籍を見つめながらトウマは再び口を開く。
「精霊、一ついいか?」
『答えられる範囲なら何でも』
「俺がこの手帳を使う理由はなんだと思う? いや、使わなければいけない、という感じになりつつある気がする。どうしてだ」
『……エネルギー貯蔵です』
少し間を置き、何かを考えたかのように精霊は答えを投げた。
「貯蔵? 何のための」
『もちろん帰還のためですよ。貴方が帰還するためには莫大な魔力が必要、到底私だけでは補えません。
運命を変えることで大きな力が動き因果律が狂う。その時の大きな力を集めているのが手帳ですよ』
「でも前に人を殺して帰還するー、とか魔王なんたらかんたらみたいなの無かった? あれは?」
『選択肢です。手帳で地道にエネルギーを集約させるか、その他の道を選ぶか。他の道を選べば自他を顧みない少々酷な帰還になります』
「…………」
大量殺人を犯して帰るか、それとも人の命を救いながら帰るか。言うまでもない。
「貯蔵エネルギーは今どれくらい?」
『おおよそ8%といったところでしょうか』
「多いのか少ないのか。まぁお前の言う通り地道に、だな。となれば、俺はこいつを駆使しないと一生この檻に閉じ込められるっていうわけか」
『言うなれば呪い、貴方がこの世界に来るにあたってかけられた呪いです』
「かっけー、って言いたいけど迷惑だわ!」
ともかくこれでトウマは手帳を使わないという選択肢は未来永劫潰えることになった。帰還のために必要な前準備が運命を操作し、変えること。
そんなことを課せられていたとは今の今まで知らなかった。
「まだしばらく帰られそうには無い、か。となると少しの護身術みたいなのを身につけて、戦えるようにした方が良いのか?」
とはいえ、トウマは魔法を使えることができる。一ヶ月の間、魔法というものに向き合って複数の属性を扱えるようになった。
が、魔法の威力は一般人と同じ。剣はからっきしで型なんてものは微塵も分からない。得意な能力を与えられた訳でもないし、本当に凡夫なのだ。
だが、唯一その先の見えない暗闇に光を差すものがある。
「転移魔法陣、これを応用出来るようになれば……」
応用が出来れば人の転移のみならず物を運んだり、人を連れてくることも出来る。高所から人や物を落とすことやらが出来るかもしれない。
なんだったら召喚術とも結び付きがあるかもしれない。
「なんか燃えてきたな!」
転移魔法と召喚魔法を巧みに使いこなす自分がありありと浮かぶトウマ。そのような自分になる為にも、いや、この世界で死なない為にも今の自分にできることをやらなければ――。
「うっし、やるか!」
机に広がる魔法陣と羽根ペンを使って再び研究を再開し始めた。この時には既に眠気は吹き飛んでいた。
『いい子だトウマ、ボクの良い傀儡に……』
まぁもちろん精霊は悪いこと考えてます




