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35話 『魔法陣研究会』

 朝、窓から差し込む朝日を見てトウマは大きなため息と身体の倦怠感を覚えていた。結局、眠れなかった。眠いのだが眠れない。一種の睡眠障害であるかのように。


 自室をノックする音で重い体を無理やり動かし、扉を開けると早くも着替えを済ませていたミレーユが立っていた。


「おはようござい――クマひどいですよ」


「少し夜遅くまで勉強し過ぎて……」


「寝ることも勉強って言ってたの自分ですよね」


「ぐっ……確かに……ふぁぁああ」


 大きな欠伸と背伸びをするトウマ。ミレーユから見れば完全に怠惰、と言いたいのだが勉強であるなら仕方ないのかなと自分を納得させる。


 だが、トウマは勉強なんてしていない。悩んでいただけだ。今後のことについて問答を繰り返していた。


「俺はずっとここにいるから街を出る時教えて」


「はい、朝ごはんは食べてくださいね」


 瞼が垂れ下がり負のオーラを纏うトウマを見てミレーユは早々に区切りをつけた。扉を閉めて、ベッドへと倒れ込むトウマ。


「どうすっか……ふぁぁあ……」


 この体で勉強しても頭には入らないだろう。記憶と睡眠の関係は表裏一体。となれば、まだやった事の無いことをしよう。そう意気込んで目を擦りながらノートを取り出す。羽根ペンとセットで朝日の射し込む机にそれらを置き、着席する。


「試しに書いてみよう、簡単なものから始めるか」


 転移魔法陣の発動は詠唱ではなく魔法陣に魔力を流し込む古い術式発動法。そのためただ暗記しているだけでは発動は不可能。詠唱に正確にハキハキという要素が求められるように魔法陣にも正確さが求められる。


 ノートには魔法陣を書いてはいるものの雑で小さい。魔力を流し込んだところで発動はしないだろう。新しいページに書くしかない。


「まずは……六芒星か。やっぱり深い意味あるんだな」


 六芒星は何かしらの呪術に用いられるなどと言われているが異世界でもそうらしい。


「……定規が欲しい」


 紙に描こうとした時、フニョフニョっと直線でない曲がった線で組成された六芒星が出来上がった。これでは不正確だ。


 定規を探し始めたが生憎とそんな便利な物は無い。ならば買いに行くか、だが金が勿体ない。ならばどうするか……ここは魔法都市だ。


「魔法で作ってみるか」


 そう思い、まずは属性を選択する。火と水は却下だ。紙が死ぬ。風を固体化するのは不可能。雷も無理だ。となると……。


「土か、初めてだけどやってみるか」


 最悪目盛りは要らない、直線が書ければ何で良いのだ。両手を向かい合わせ、魔力を流し込む。小さな礫がまず出来た。それをさらに細かく粒子状にし、棒状の形にする。


 魔法はイメージの具現化。ハッキリとした設計図が無くば出来ないはず。そう思ってトウマは普段学校で使っている定規を想像する。一ヶ月何もしないままだったのでは無い。魔法を生活の一部に取り入れようと毎日使って来た。お陰で緻密な魔力操作の感覚を覚えつつある。


 手のひらに送り込む魔力量をコントロール、小動物を扱うように丁寧に形を作る。ただそれだけ、にも関わらずトウマの額には汗が浮かんでいる。


「ふぅ……出来た。ものづくり下手な割には上手いんじゃないか?」


 出来上がった原料が石の定規を聖剣のようにかざしながら満足そうに頷くトウマ。遠目に見れば普通の定規だが、近くで見れば粗さが目立つ。傷のような物はあるし、目盛りも少しバラバラ。


 だが小学校の図工の授業で猫を粘土で作れと言われ、犬が出来上がったトウマからすれば大成功だ。


「よしよし、仕切り直しだ。まずは六芒星」


 ページを捲って、新しい白紙に六芒星を再び描く。もちろん自家製定規と共に。幸い、直ぐにボロっと壊れることが懸念されたがそんなことは起こらなさそうだ。


 六芒星は二つの三角形を違う向きに重ねたものだが、出来上がった六芒星は一つが大きい三角形でもう一つは小さい三角形。不釣り合いの六芒星が完成した。


「ものづくり以上に作図が下手って何?」


 自身の腕の不器用さに嘆きつつどうしたものか頭を抱える。そこでヒヨリの言葉を思い出す。彼女は以前、自動速筆ペンならぬものを魔法で出来ると言っていた。


 よもやこれも――そう思ったトウマは魔力を羽根ペンへと送り込む。が送り込んだだけでは機能しない。綺麗な六芒星、お手本のように均衡が保たれた図形をイメージ。


「おぉっ!」


 眠気を吹き飛ばす程の感嘆の声が出た。自動羽根ペンは見事綺麗な六芒星を描き上げた。本当にお手本のような美しい図形がノートに具現化されたのだ。


「魔法ってすげぇな」


 初めは興味は無いと断言していたがこの便利さにハマれば最後、怠惰な人間が出来上がることだろう。


「次は……その周りに円を書いて、星を重ねる。その後は縦横の棒を二本ずつ……」


 だから、初めは自分の力で取り組み最終手段として自動羽根ペンを使う。そう思っていたのだが――


「うっし、出来た」


 面倒なため全てやってもらった。出来上がった魔法陣一号は物資を前方二、三メートル先に動かすもの。簡単で基礎中の基礎なのだが、これが出来ねば意味は無いのだ。


 では、何を送ろうか。万が一失敗していたなんてことがあっても良いように痛手の無いものが良いだろう。


 トウマの手にもつ羽根ペンは無くすと困る。お金もダメだ。服は……無くなればセクハラ容疑に掛けられる。その他持ち物も旅に出るとなれば必要だ。


 何が良いのか――そう思った時、トウマのお腹がグゥと食材を求める声を漏らした。


「そういえばお腹空いたな。宿のご飯貰いに行こう」


 なんと優しい事に朝食は無料で提供されるのだ。どんな料理が出てくるのか分からないが米は出てこないことは確定している。この世界に来ておりトウマは米の存在を目視出来ていない。


「どうせなら米を食べてから帰りたいよなぁ」


 この世界の米の味がどんなものか想像しながらトウマは重い腰を上げ、部屋を出た。



※※※



「パンとスープ……質素だな」


 繁盛していないのだろうか。それともこれが普通なのか与えられたのは学校の給食で見慣れた、恐ろく純度小麦百のコッペパン。その隣に申し訳程度の豆のスープのみ。


 まぁ多くを出されても今のトウマにはとても完食出来ないのでこれくらいが丁度良いのだが……。


「味は、まぁまぁか」


 パンをちぎって口へと運ぶが水分を奪っていくばかりで食べ応えのある訳でもない王道のパン。これが出来たてであれば感想はまた違ったのだろう。


「こっちは出来てか? まだコクが残ってる」


 控えめのしょっぱさと豆の食感が絶妙に混じっている。王道のスープ。悪くはない。食べられていることに感謝せねば。


 一通り食べたところで、トウマはスープの入った容器を魔法陣の上に置いた。


「それで……まぁ魔力量は心配ないか」


 魔力の根源は精霊のもの。総量に関しては心配無いだろう。恐らくだが魔力欠乏によって倒れるなんてことは無いはずだ。


 ではいよいよ――。手のひらを魔法陣の端に置き、魔力を流し込むトウマ。これが記念すべき魔法陣発動第一号。


 成功すれば容器は机からトウマの真後ろに移動する。方向の設定は後ろにするしか無かった。前は窓、右は壁、左はベッドだ。


「頼むぞー! 神さま仏さま!」


 直後、描かれた魔法陣が白色の閃光を放つ。描いた陣全てを魔力が通ると時差でそれをなぞる。トウマは希望に満ちた瞳でそれを見ていた。出だしは良好か否か。


 ここでつまづいてなどいられない。「頼む成功、成功しろ!」と心の中で祈りを捧げるトウマ。ギュッと目を閉じ、数秒後に再び目を開けると容器は消えていた。


「――っ!」


 後ろを振り返って容器があれば成功。無かったら失敗、再びスタートからやり直しだ。大きく息を吸って、冷静を保つ。まだスタートというのに心臓は本番だと言わんばかりに鼓動を放つ。


「行くぞ……っ!」


 ガバッと後ろを振り向く――。


 …………。

 ………………。

 ……………………。



「あっ……」


 ポツンと、当然のようにそれはあった。容器の中には少しの湯気と豆が見える。刹那、トウマが腹の底から湧き上がる感動と喜びを混じり合わせながら咆哮。


「ったぁぁぁあ!!」


 近所迷惑など忘れ、子供のように雄叫びを上げる。第一回魔法陣作成研究会、結果は――大成功だった。

 


 


 


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