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34話 『その心意気、ナプガーナ山脈よりも高し』

『トウマ・カガヤはミユに殺害される』



※※※



「――っ!!」


 ガバッと布団を跳ね除け、トウマは目を覚ます。目覚めは最悪だ。服は汗でびっしょりで、濡れた服が身体に張り付いている。運動をした訳でもないのに呼吸は激しく乱れ、心臓がハンマーを振り下ろしているように大きく鼓動している。


「夢、なのか……?」


 胃が小刻みに震え、全身のやるせない、疲れの取れていない倦怠感のある身体でベットから降りる。それをしながら、自分の体のあちこちを探る。肉の弾ける音、骨が軋み砕ける音、血が吹き出し激痛に悶えた自分。


 特に腹部の裂傷を見んと、服を脱いだが何も無い。夢はVRのような世界とともに痛覚まで宿す。それは現実と見紛う程でトウマが夢なのか疑うのも無理はない。


 だが、あの場にミユが居合わせた訳ではない。誰もいない部屋に一人でいたトウマに不可視の攻撃が降り注いだ。


「……いや、もしかしたら」


 夢では無いのかもしれない。現に、窓から見える空はまだ真っ黒で銀を散らしたような星があちこちで光っている。時間帯は恐らく深夜帯だ。夢の時間とも完全一致とまではいかないが、ほぼ同じであろう。


 机上に乱雑に置かれた死の手帳に手を伸ばすトウマ。それを開ければ事実か否か直ぐに答えは出る。念の為とトウマは自分の頬を抓ったり、平手打ちを喰らわせるが頬が赤色に変わり、ジンとした痛みが走るだけ。


「開ければ、また……」


 同じ事になるかもしれない。痛みに慣れなど存在するはずが無い。目の前にあるのはただの手帳だ。それでもトウマには猛獣に遭遇したように、動けない。石のように硬くなった手足、一挙手一投足が死に繋がるかもしれないと無駄な予測をしてしまう。


 それでも動かなければ。やらなければ自分は何も出来ずに死ぬかもしれない。やってやろう。こんなものは大したことない。日の元を歩けない隠居生活の方が辛いではないか。


「見てやる、残酷な運命が待ってても!」


 ガッと無意味に力のこもった手で手帳を取ると該当するページを探すために捲った。パラパラと髪の擦れる音がトウマの神経を削ぐ。


『トウマ・カガヤはミユに殺害される』


1.彼女を殺める

2.生存確率30%を信じて逃げる


「あっ……」


 声とも言えない潰れ声が出た。筋肉が萎縮し、腰の力がどこかに逃げた。手帳は自然と手からこぼれ落ち、再び雑に落ちた。


「何で……何だこれ……馬鹿じゃないのか……?」


 自分があの子に何をしたと言うのか。ほぼ関わりのないとはいえ、愛想良く話していたはず。身に覚えがない。にも関わらず、どうして自分は殺される運命なんだ。どうして、どうして――。


 終わりのない暗闇を歩いているような心情でトウマは過去の記憶を遡る。出会いに暴言を吐いたか。気が付かぬうちに雑に扱っていたのか。何か気に障るようなことをしてしまったか。


 いくら考えれど答えには届かない。届かない絶壁を登ろうともがいているように無意味な予想ばかり立った。


 身近にいた人間に殺される……最悪の目覚めだ。


『異世界……転生、者……排除法……おめはいつか、それで……死、ぬ…………』


「やっぱり……異世界人っていうのがいけないのか? 俺が、この世界の人間でないから殺そうとして来るのか……?」


 転移早々に遭遇した男の遺言が一つの仮説に導いた。理由は不明だが思いつくのがそれしかない。しかし、どうしてそれがバレたのか。いや、バレる理由なら幾らでもあったのだろう。


 服装や顔つきからして只者でないことは察せられよう。加えて、身元を一切明かさなかった事。やはりヘルメスに伝えなかったのが運の尽きだった。


「良い大丈夫だ。俺は引きこもる。外の世界に姿は表さない。アモデウス家とシュラーゲルの兵士に追いかけ回されるのはごめんだ」


 それでも少しの幸運か、トウマは今後外に出ることは無い。ミレーユのやりたいことが終わるまでが期限だ。耐え凌げば全てが解決する。サラディンから逃げる頃には恐らく、転移魔法陣は完成している。後は成るように成るはずだ。


 耐えれば良い。バレなければ大丈夫。


 心の安定剤と言わんばかりに唱え続け、動悸を抑え、心拍の安定を計る。ようやく落ち着きを取り戻した時。狙っていたかのように登場する。


『ですから言ったでしょう。助ければロクなことがないと』


「……」


『アモデウス家は民全員の人望を集めている有名人。発言一つで都市全体が動きます。殺せと言えば全員が敵にとなる。この宿に滞在出来るのも時間の問題』


「……」


『そもそもこの世界に関与したくないと言っておきながらどうして人助けなどを? 放置しておけば良いのに無駄が過ぎるのでは?』


 他人事のように淡々と意見をぶつける精霊。その一つ一つはどんなナイフよりも鋭く、インターネットで発言をするかように容赦が無い。


 これが自傷に浸っているトウマであれば立ち直れないほど深く深く刺さっていたであろう。


「……出きっかよ。少しでも関わりのある人間が、助けられたはずなのに死ぬのは。嫌なんだよ、自分のせいで誰かが死ぬのは」


『そうなる運命を歩いているのは自分自身ですね。放っておけば良いのに、自分から死地へと飛び込んでいく。死にたいのでは』


「お前どっちだよ」


『……?』


「お前は俺の味方をしているのか? それとも敵なのか? 発言一つ一つを取れば敵だ。だが、これまでの手助けを鑑みれば味方サイド。どっちだ、お前はどっちだ?!」


『さぁ分かりません。そんなに心配ならば、人を信頼しない方が良いのでは? 今回ミユという少女が貴方を殺さんとしていることを防ぎたいのなら信頼を置かないことです』


「…………」


 何も、言い返せなかった。異世界人だから死ぬ。異世界人だから関わったら因果律が変わる。異世界人だから信用されない。


 死の運命をことある事に回避しなければいけないのならこの世界にいる間は孤独を抱えて行ったほうがいいんじゃないのか? そうすれば誰も死なないし自分の死の可能性も低減する。


 ごもっともだった。的確な発言にトウマはぐうの音も出なかった。初めからそうすれば良かったのだ。シュラーゲルへと行かず、自分一人で宛のない旅に出ていた方がまだ希望はあったかもしれない。


(認めたくない。でも、俺が間違ってるのは分かってる……)


 顔は思い出せないが、トウマは祖父母からそのように教わった。恥ずかしくない生き方を行く。困っている人間は助ける。必ずいつか、大きな恩恵として返還されると。


 隣に頼れる人間がいない時、人はどうするか。トウマに限らず、全員習ったことを元に行動するだろう。トウマは祖父母の言葉を信じて異世界でも自分を貫いていた。だが、それを間違いだと言われている。


 認めるのか認めないのか。ここで人生の分岐点に立っている、そんな感じがしたのだ。


 まだ夜が明けない静かな宿の一室でトウマは悩んでいた。


『私は貴方がいれば良いので他はどうでも良いと以前も言いましたよね』


「何でそこまで俺に執着する、お前と俺になんの関係がある……!」


『一つは主従関係。精霊は契約に縛られた哀れな生き物です。精霊以外の生物の体内に宿らなければ基本的に喋るか飛ぶことしか出来ません。


 しかし誰かの体内に宿れば話は別。それは貴方も体感したはずでしょう。一度生物の体内に入れば最後、入った生物と主従関係のようなものを結ばれます。宿主が死ねば私も死ぬ。だから、貴方だけいれば良いんですよ』


「まだあるだろ、隠してんな何かを……!」


『もう少し後、達した時話します。そう遠くない未来なので。ともかく、結局手帳の死は記されたが最後、貴方が変えなければそのままになる。


 私が貴方の体を操って最悪の結末に改変することも出来ますが、どうします?』


「引っ込んでろ。これは俺の問題だ」


『その心意気、ナプガーナ山脈よりも高いと見ます。どんな結末になるのか楽しみです』









 

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