33話 『一ヶ月越しの宣告』
アモデウス家の復讐が何時になるのか分からない。明日かもしれないし、もう始まっているかもしれない。
そう思った一行は街の入口まで戻ってきていた。大きな門の下で扉側に三人、反対側に二人が立っていた。
「それじゃあ、短い間だったけどまたいつかね」
「うん、ヒヨリ先生さようなら」
「先生? お前そんないじめまがいなことしとったんか?」
「違うわよ! 勝手に呼んでるだけよ」
「アタシは良いと思うなっ!」
義理の両親から離れてからというものリューシュの顔が明るい。図書館での雑務を押し付けられている中で見せる笑顔とはレベルの違う純粋な笑顔だ。
「私は隠れて見てるだけでしたが、元気なって良かったです」
微笑みかけるようにリューシュの頭を摩るミレーユ。この一日、ミレーユは何も行動出来なかったが彼女なりに心配はしていたようで何か出来ることは無いかと探っていた。
「アタシ元気だよっ!」
「良かったです。遠巻きに見て元気の無い貴方を見て私の心も締め付けられるものがあったので……」
トウマを見るばかりではなく、時折リューシュの顔も見ていたミレーユ。独りになると笑顔を殺し泣きそうな顔になっていたのだ。
「ごめんなさいねトウマ、魔法を教える約束だったのに……」
「大丈夫大丈夫、俺が言い始めたことだし、一人じゃあ何も出来なかったんだ。謝りたいのはこっちの方だよ」
「次……会えるか分からないけど、再会したら絶対教えるわね!」
「じゃあ約束だな」
日輪は翳り、日が落ちようとしていた。そろそろ出入りの制限が掛けられる頃合だ。それを悟ったラーヴェルが、
「そろそろ行かんと、出られなくなるでー」
「出会いに感謝って言葉知らないのかしら、ほんと脳筋だわ」
「おいおい! 俺はそんな大したもんちゃうぞ」
「褒められてないよっ!」
「何ぃ!? おいちびっ子!」
「はぁ……リューシュちゃん、こんな男は無視して行こう?」
「はぁーいっ!」
「お、おい! 待ってぇな! 俺を雇ったんお前やろー!」
手を繋いで先を行く二色の少女の後を追うラーヴェルの背中を見届けながらトウマとミレーユは手を大き振って見届ける。
今朝出会ったばかりの二人とここまで打ち解けることが出来るとは思ってもみなかった。そして、昨日の問題を一日で解決出来たことに少し驚きの念を抱かずにはいられなかった。
「台風の目みたいな二人だった」
ポロッと出た二人の印象がそれだった。互いに異なる個性を出し、絡み合うヒヨリとラーヴェル。会話上では罵り合うこともあったが相性は良いように見受けられた。
「行ってしまいましたね」
「だな、俺達もすべきことをしに行くか」
ミレーユの目的は知らないが、やるべき事があると彼女は言った。まだまだこの街に御用はある。トウマはしばらくの間、隠居生活を強いられるに間違いないだろうが書物はくすねて来たので問題は無い。
身を翻して二人は宿へと帰還する。その道中、トウマは聴衆の会話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? シュラーゲルの王都から大量の兵隊が向かってきてるらしいぞ」
「え? 王都から? 侵略か何かが起こるのか?」
「違うらしい。何でも指名手配中の人間を捜してるらしいぞ」
「嘘だろ、てことはこの街に重罪人がいるのか?」
「らしい、名前は……えぇと、あぁ! トウマだ、トウマってやつらしい。黒髪が特徴の平凡な見た目をした青年らしい」
「青年が指名手配? 物騒な世の中だな、今どき子供でも犯罪に手を染めてんのか?」
王都からの出陣、目的は……トウマという青年。この街、いや世界で恐らくトウマという名前は「トウマ・カガヤ」ただ一人。
ここで狼狽え、変な反応を見せれば自分が本人であることがバレてしまう。そう思ったトウマは足を一瞬止めたが岩のように重くなった足を無理やり動かし、何とか冷静を保つ。
(なんで国都から兵隊が……? もう一ヶ月も前だ、今更じゃないか!)
トウマには理由が分からなかった。なぜ自分が指名手配となっているのか。重犯罪を犯した記憶など微塵もない。
息が上がり、嫌な汗が額から出る。自然と歩くペースは上がり、少し先を行くミレーユを追い越し、いつの間にか置いてきぼりにしていた。
突如としてのペースアップにミレーユは置いていかれまいとトウマの速度に合わせていたが、どれだけ埋めても差は生まれるため追いつくことは出来なかった。
(まさか、異世界人であることがバレたのか?! そのせいで……『異世界転生者排除法』とかいう法律の下で俺が裁かれるんじゃ……!!)
トウマは親指の爪を噛んだ。であるならばどうしたらいい。やはり自分はヒヨリらについて行くべきだったのではないか? この街に留まることは悪手だったのかもしれない。
だが、ミレーユの恩を無きものにして良かったのか? いやダメだ、そっちの方が多分後悔が大きい。だったらもう大人しくシュラーゲルに留まるべきだった? そうしたとしても多分バレてる。
もう何が正しかったのかトウマには分からない。どちらの道を選んだとしても後悔するのは間違いないだろう。
「ちょっと、トウマさん!」
「……っ!」
袖を強く引っ張られ、後ろに倒れそうなのを耐えながらトウマは後ろを振り返る。表情を少しだけ曇らせ、息が少々上がっている。
「どうしたんですか」
「あ、ごめん……ちょっと考え事してて」
フーッと悩み事全てを吐き出すように息を吐く。運が良いのか悪いのかトウマはしばらく引きこもり生活を始める。市井に出ることは激減するため、シュラーゲルの兵士もの遭遇率はゼロに等しいだろう。
「悩み事あるなら言ってくださいね、ヒヨリさんには伝えたのに私に言ってなかったの許してませんから」
ムッと微細な怒りを宿らせながらミレーユはトウマを見上げる。なぜそれを知っているのかと思ったが、都市の入口までの過程で歩きながら女子会をしているのを思い出した。そこで話していたに違いない。
「とりあえず、行こうか」
転移魔法陣が描かれた石畳の上へと歩みを進めた二人は魔晶石の力によって目的地へと飛んだ。
※※※
その日の夜、宿の自室へと篭ったトウマ。シュラーゲルの兵隊にリンチされる夢を見てより真夜中に目が覚めてしまった。以降、眠ることができず部屋の中にある椅子に座って夜景を見ながら夜明けを待つことにした。
「これが……あいつの言ってたことなのか?」
転移初日、右も左も分からない状態でララと名乗った少女を助けた際に現れた太っちょの男。死に際に遺した言葉を、記憶の宝庫から取り出したのだ。
「異世界転生者排除法……その法の下に俺は死ぬ……?」
手が自然と震え出し死への拒絶を示し始めた時、部屋内が金色の光で充満。咄嗟に目を守ろうと手で覆った。うっすらと目を開ければ出処は机に乱雑に置かれた真っ黒な手帳だった。
ついに、その時が来てしまった。一ヶ月の潜伏。溜めに溜めた死の指先が……再びトウマを抉るのだ。
ゴケリと固唾と怖気を飲みながら手に取ると、光が漏れているページを開く。
『トウマ・カガヤはミユに殺害される』
1.彼女を殺める
2.生存確率30%を信じて逃げる
懐かしい名前と思った直後、自分が殺される予知をされたトウマ。経験したことのない虚脱感に襲われ、手のひらの力が抜ける。
乾いた音と共に『手帳』が落ちる。地面と接触した、その瞬間――
「がぁぁぁああ?!!」
腹部に焼けるような熱と痛みを感じ取ったトウマはその場にうずくまった。汗がブワッと吹き出る。生への執着以外を捨て、生きたいと体が叫ぶ。
「うっ……ごぇぇえ……!!」
逆流してくる生暖かい鉄錆の味を感じながら地面へとそれを吐き出す。茶褐色の床が紅に染まる。とめどなく流れる血に胃が窮乏。焦点が激しくブレた。
『信じてたのにぃ……!!』
「待って、ごめんっ! 待っ――ごがっ?!」
頭部に金属バットで殴られたような鈍い痛みが走る。殴られた箇所は陥没し、キーンと耳鳴りがする。気持ち悪さと倦怠感を覚えながら体の制御は不能に。体は痙攣を始め、四肢の感覚は遮断。
『嫌い、嫌い! ミユ大嫌い!! 死んじゃえば良い!! 嘘つき!』
「……っぁ」
自分を罵る言葉を聞いたが最後だった。
全身の骨が砕け、肉が弾ける音を聞いたトウマは視界が真っ暗になった。




