32話 『各々の決断』
「これで、良かったんですかね……」
「正直もっと良い方法があったんじゃないかって思うけど、いずれはこうなってたと思う」
「兄やんの言う通りや、遠からずちびっ子が乗り込んでたと思うで。初日で行くとは思わんかったがな」
「ちびっ子ちびっ子ってうるさいわよ」
一件の後、四人は図書館を後にした。現在四人は図書館の裏手にある小さな広場に集い、車座になっていた。広場と言っても椅子は無い。冷たい地面に直に座っている。
ラーヴェルとヒヨリの暴行によって図書館の一角は外側から見ればボロボロとなり、形状が激しく変化している。
何事かと野次馬が集まりつつあったために四人は急いで逃げてきたのだ。
(とりあえず本は盗んで来たけど、もう街にいられなさそー……ミレーユごめん……)
ようやく辿り着いた街先で早速問題を起こしてしまったトウマは蒼空をボケーッと見ながらミレーユに謝罪した。
だが、元よりミレーユとトウマはチームのような徒党を組んでいる訳ではない。行き先がたまたま一致しただけで今後ともよろしくという仲ではない。ここで別れてもなんの問題も無い。
しかし、旅を共にする中で誰かと歩くのも悪くないと口癖のようにミレーユは言っていた。ここで彼女を一人にするのはトウマの良心が痛い。
「ともかく、街を出ようかしら。あの二人がこの街の重鎮だったのは盲点だったわ」
「ごめんなさい……アタシがもっと早く伝えていれば……」
「大丈夫よ、全部悪いのはそこの筋肉馬鹿だから」
「何でや! 責任取ってくれる言うたやん!」
シュンと肩を下げるリューシュにヒヨリが補助に入る。その代わりに一人の男が犠牲になったが……。
「これからは潜伏しながらの生活ね、アンタバカ騒ぎ起こさないでよ」
「まだ引きずっとんのか? あれはちょっとした事故やんかー。なぁ兄やん助けてーな、このちびっ子根に持つタイプやねん」
ラーヴェルはトウマの袖を引っ張り、猛獣が困ったような表情を浮かべる。その予想だにしないラーヴェルの行動にトウマは「俺?」と自分を指さす。
「でももう少し魔法の探求がしたいのよね。長い月日をかけてここに来たんだもの」
「まぁそうやな。毎日骨咥えて空腹紛らわしてたんもな」
「それはアンタだけね。とりあえず、リューシュちゃんはアタシと来るとして……貴方はどうするの?」
片方の手でリューシュの手を取り、空いたもう片方の手でクリーム色の髪を指先で弄りながらヒヨリは話題を切り替える。
「一緒に逃亡生活でもする?」
「……そうしたいところだけど、連れがいるんだ。一人にする訳にはいかないな」
ドジっ子なミレーユを一人にしたらどうなるかは言うまでも無い。その理由もあるが、旅中に様々なノウハウを教えてくれた事、魔法を教えてくれた事など今日この世界で生きることが出来ているのはミレーユのお陰である。
その恩を返さずに去るのは男が腐る。易々と離れる訳にはいかないのだ。
「もしかして連れの人って、あそこにいる人ですか?」
リューシュは近くにあった草むらを指さした。一同がその指先の方向を見つめる。あるのは彼女と同じ目の保養になりそうな鮮やかな緑。なのだが、形が歪だ。まるで画像を切り取って貼り付けたように雑さが見える。
草に風邪がそよぐ度に、薄桃色の髪がチラッと現れる。加えて時折ガサゴソと動いている。トウマはそれだけで誰なのか理解した。
「……そう、あの人が連れの人」
その言葉が終わらないうちに、バランスを崩したのか草に擬態したミレーユが前方に倒れ、皆の前に現れた。
「いたたっ……はっ!」
何事も無かったようにそそくさと葉っぱのついた木の枝を拾い上げ、再び草むらへと戻っていく。静観していたヒヨリとラーヴェルが少し呆れ気味に、
「なんというか、あれね……ラーヴェルとは違う方向で抜けてるわね」
「ええライバル出来たで」
「何か俺まで恥ずかしくなって来た……。ミレーユ、バレてるよー!」
トウマの言葉でビクッと草が動く。ひょこっと恐る恐る顔を出したミレーユは顔を引っ込めようとしたが、首を横に振るトウマを見て諦めた。
擬態をやめて、頬に少しの赤を伴って小走りしトウマの隣へと着座。耳まで真っ赤にし、水晶のような瞳を小刻みに震えさせながら、
「い、いつからバレてました?」
「最初から、リューシュが指摘してた時点でバレてたよ」
「うぅっ……恥ずかしっ……」
スズランのように凛とした白い顔を真っ赤に染めるミレーユとは対象に、悪戯っぽく八重歯を覗かせながらチロっとリューシュは舌を出した。
※※※
「えぇ……監視してたの?」
「だ、だってトウマさん浮かない顔してたんですもん」
「確かにそうだけど、聞いてくれたら良かったのに」
やがて緊張が解けてきたのかミレーユは何をしていたのか語った。何かしらに擬態をし続けトウマが行くところをついて行った。
先程の技術を鑑みれば、第三者から見ればバレバレだし、ストーカーと思われても仕方ないだろう。
「で、どうしようか」
本題に戻すトウマ。現在、ヒヨリ、ラーヴェル、リューシュグループは街を離れる算段である。一方、トウマ、ミレーユグループは街に残るつもりだ。
ミレーユはトウマと目的は違うがやりたいことがあるようだ。そのため、街を離れる訳にはいかないとのこと。
彼女はアモデウス家騒動に居合わせなかったため、顔は知られていない。だが、トウマは知れ渡っている。街を歩けばいきなりリンチに合う可能性も捨てきれない。
「トウマさん、私のことは気にしなくても良いですよ」
「いや、でも……ここまで一緒に来てくれたっていう恩があるから一人にする訳には……」
もう話題はゴールに近くなっている。後はトウマの決断次第だ。ヒヨリグループと行くか、ミレーユと行くのか。自分以外は決まっているのだ。
自分の命の安全を取るか、それとも恩を取るのか……。
(正直言って街を出たい……。本は持ち運び出したし、魔法に明るいヒヨリがいる。街に残るメリットは無い。でもミレーユの恩はどうする?)
『恥ずかしくない生き方をしなさい』
モヤのかかった老人がかつてトウマにそう語りかけたのを思い出した。恥ずかしくない生き方、トウマにとってそれはなんなのか。
人に指摘されてオドオドされない生き方なのか、それとも笑われない生き方なのか。違う、違うだろ。恥ずかしくない生き方は人として当然のことをする生き方だ。
それを思えばそれまで悩んでいたのが嘘のようにあっさりと答えが出た。雲に隠れていた陽光が顔を出し、トウマを照らす。
「俺、残るよ」
「えっ……」
「――アンタだったらそうするって思ったわよ。寧ろついて行くとか言ったらはっ倒すところだったわ」
口に手を当て驚愕するミレーユとは反対に、ヒヨリは待ってましたと言わんばかりに腕を組む。どうやら彼女はトウマがそう伝えることを予知していたようだ。
「俺もや、少女一人残して自分だけ出ていく言うたら正義の鉄槌喰らわすところやったで」
「アタシも少し見損なっちゃうところだったよ」
「皆辛辣すぎない?!」
どうやら恥ずべき生き方を選択しなかったようだ。その事に少しの安堵をしながらもトウマは未だに信じられないのか「ほんとに?」と首を傾げているミレーユに伝える。
「旅期間中一緒にいたんだ。今更離れる訳ないだろ」
その言葉を聞いたミレーユは照れくさいのか嬉しいのか再び頬を赤らめながら「ありがとうございます」と小声で呟く。
「そうや兄やんこれ渡しとくわ」
「ん? 何だこれ」
「友情の証や、これ首に引っ提げとけば俺みたいに男前になれるで!」
ラーヴェルに渡されたのは彼が身につけている金のネックレスと似たような装飾が施された物。ジャラっと音を立てながら凝視してみると、勲章のような傷がついた拳が掘られている。
「短い時間やったけど俺兄やんのこと好きやったで。今の発言も俺に劣らず男前やったで」
「それ自分の方がまだまだ上っていう皮肉が込められてるからね」
「確かにっ! そういう感じに聞こえた!」
「ちょ、ちびっ子ズ! 何言うとんねん俺がそんな事言うわけないやろ!」
「マジかよ、そんな意味があったのかーザンネンダナー」
「トウマさん肩を落とさないでください」
「ちょ、兄やん! 俺ら男同盟結んだばっかや! 信じてぇな!」
オドオドしながらトウマにすがるラーヴェルを皆で弄り倒す。先程の事件など忘れて腹を抱えて笑った。まるで、この五人がチームであるかのように……。




