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29話 『助けた人がもし人を殺したら』

「……てなわけなんだけど、先生どうしたらいいですか」


「思ったよりも深刻ね、見た目に反してそんな事があったのね。貴方が考え込むのも無理はないわね」


 紅蓮の如き赤色光の瞳を真っ直ぐトウマに向けながらヒヨリ(先生)はトウマが考え込んでいたことを肯定する。


 同時に他人のことでそこまで悩むことができるトウマの人情の深さに感嘆していた。


「本人は話をされたくないみたいなんだけど、放っておけないだろ? だから、陰ながら出来ることは無いかなって」


「確かに正面から行っても振り切られておしまい、っていうオチになるのが目に見えるわ。ここはコソコソと行きましょう」


「コソコソってストーカーまがいなことをするつもりか?」


「違うわよ、毎日図書館に通うのよ。アンタも勉強しなきゃでしょ?」


 トウマの意見に首を振りながらヒヨリは提案をする。図書館に通えばリューシュに出会えるし、トウマの転移魔法について勉強も出来る。一石二鳥とはこのことよ。


「この名探偵ヒヨリ様にまかせなさいっ!」


 胸を張り拳でポンと叩き自信を見せるヒヨリ。見た目は頼りないが、二人ならまだ希望はあるかもしれない、そう思ったトウマは合意した。


「とは言ったもののどうする? 勉強に時間を割きすぎたら結局解決はしないだろ?」


「大丈夫よ。このヒヨリ様を誰だと思ってるの?」


「見た目が小さい自称成人済みのロリ」


「……ぶっ飛ばすわよ」


 氷刃のように冷ややかな目でトウマに殺意を向けるヒヨリ。その眼光は見た目不相応に愛着というものが皆目見られない。


 ヒヨリは板書をする予定であったノートとトウマが使っていた羽根ペンを自分の元へと引き寄せると何かを書き始めた。ササッと慣れた手つきで文字を綴っていく彼女、その字はとても綺麗で教科書体のように整っていた。


「計画表?」


「そうよ、何かするなら計画を立てるのは大事よ。ごちゃごちゃのままだと上手くいかないでしょ? あと、自分のこと後回しにするのはやめた方がいいのよ」


「それはそうだけど、俺苦手なんだよね……」


「アタシがやるからアンタは勉強してなさい」


「あいあい」


 ヒヨリの言いたいことはトウマも理解している。自分よりも他人を大事にしすぎて結局残るのが自分の負債だけになることを避けろと言っている。


 それまでの少し賑やかな雰囲気から一変し、各々がやるべきことに集中する。トウマも脇に置いてあった転移魔法の書を正面に持ってきて、続きのページを開く。


(……お)


 早速、テキストの文章に気になる部分を見つけたトウマはその部分を凝視する。現在読んでいる章は『転移魔法と実用例』というタイトルだ。


(最大移動距離は陣の重ね掛けにより増幅可能……つまり、重ねて重ねて、重ね続ければ移動距離を伸ばせる、という解釈で間違いないか、精霊?)


『はい。転移魔法陣は筒同士を繋げるように、距離を伸ばせます。初級であれど、最大距離はここから数キロまで延長できます』


(おぉ! 初級でそれくらい出来るなら上級とか万行くんじゃないか?)


『上級の更に上、極みに達することが出来ればどこにでも行けます。それは時空をも超え、時間を遡ったりすることもできます』


(時間逆行ってやつか。生憎とそんなつもりはないな)


 もし、もしもの話だがトウマがいた世界が現在いる世界の未来、過去のどちらかに存在しているものだとしたら価値ある事実なのだがその可能性はないだろう。


 地球には魔法なんて便利なものはないのだから。


(というか極みってなんだ?)


『極みは文字通り極みです。上級のさらに上の階級と思ってください』


 いわゆる至高の領域というやつだろう。人智を超えた、超越者のことを指し示す造語であることに間違いはない。


(極み、ね。俺がそこに到達すれば地球に帰還できるし、帰還した後も自由に時代を行き来できるかもしれない? ウッヒョー! それは熱いぞ!)


『それより良いんですか?』


(何が? 本当に帰って良いのかって? 良いんだよ、別に俺は異世界が好きだからなんてことは無い。少年漫画とか小説にありきたりな人間じゃないからな)


『そうではなくて、少女救出のことです。辞めておいた方が良いですよ? 死人が出る可能性があるかもです』


(……っ! お前、『手帳』みたいなこと言うなよっ!)


 最近トウマの生活に不干渉を決め込んでいる『手帳』。人の死が起こらないというか当たり前のことに安息の日々を送っていたのだが、精霊が時折呼び起こすのだ。


 それはトウマにとってこの上ないノイズでやめて欲しいことである。ましてや死を予見されることなど言語道断。


『手を引きなさい。これは忠告です。貴方のため、今後の人生のためです』


(じゃあ、あの子を見捨てろっていうのか。自殺しそうだった母親とか、虐められてた子を助けたのにか?!)


『忘れましたか? 母親は、助けた母親は一人で死にましたか?』


(……お前)


『そして、貴方は知らないでしょうけれどジュラルの子供は消息を絶っています』


(は? 何でだよ、なんで行方不明なんだよ!)


『貴方が助けたからですよ。貴方が誰かを助けることで誰かが不幸になる。幸せになった人間はいないんですよ。初めのララ・パールも同じく。トウマ・カガヤという人間によって助けられた人間は尽く破滅の道を行っているんです、だから――』


「ふざけんなっ!!!!」


 ありったけの力を右手に集約させ、ドンっと力強く机を叩く。神経を逆撫でするような精霊の言葉にトウマは限界だった。自分が痛いほどそれを理解している。


 自分がいるせいでこの世界の人間の運命が変わっていることなどとうの昔に分かっていた。この世界に留まる理由も無く、誰かを不幸にするなら……その思いを抱いているからこそ帰還しようと必死なのだ。


 そんなことは……トウマが一番分かっている。


 突然の暴挙にヒヨリは肝が冷えたどころか肝をひっくり返されたような感覚に陥り、満月のように丸い瞳を見開いていた。背もたれに全体重を預け、突如立ち上がったトウマを見上げている。


 般若の如き怒りを顔に宿すトウマにヒヨリは一瞬、トウマがトウマであることを忘れてしまった。そして、少し顔を下にし自分の行いを振り返って、


「アタシ……何かしちゃった?」


「……あ、ご、ごめん。なんでもないヒヨリは悪くないよ」


「本当に? お節介なら言って欲しいんだけど……」


「全然そんなことない寧ろ助かってるよ! 勉強が難しくて思わずやっちゃった、ごめん!」


「それなら良いけど……。怖いわよ、いきなりそんなことされたら」


 幸いなことに周囲に人はいない。もしもいたとしたら完全にトウマは変人として見られていたであろう。だが、近くに人がおらずとも図書館内に異常者がいると思い、誰かは走ってくる――。


「どうしたんですかっ!」


 森林をそのまま写したかのように深く艶やかな緑の髪と、白黒のメイド服。心配の台詞とは反対にその声は太陽のように明るく、華奢な体をめいいっぱい動かしてトウマ達の方へと走って来る。


「暴動ですか? 図書館内は暴力行為は禁止です!」


「ご、ごめん! 俺! 本当に、ごめんっ!!」


 箒を片手にヒヨリとトウマを交互に見るリューシュ。少しムッと口を逆への字にさせ、眉を少し上げていることからそれが彼女なりのお怒り状態であることは察せられよう。


 トウマはただ平謝りするしかなかった。


「もうっ! ダメじゃないですか、机が割れちゃったかと思いましたよ!」


「本当にごめん。ほんと、バカ俺」


 ヘコヘコと頭をひたすらに下げるトウマ。彼の横を通ってリューシュはトウマが叩いたであろう机の箇所を確認。傷こそなかったものの、普通の木製であれば瓦のように真っ二つだったろう。


 ともかく備品に損傷がないことを確認したリューシュはホッと安堵の息をつきながら、


「次はないですよっ! 無理やりにでも追い出しちゃいますから!」


「は、はい……」


「怒られるのはもうこりごりなので……(ボソッ)」


「……?」


 言い終わるとリューシュはクルリと反転し来た方向へ戻って行った。だが、トウマもヒヨリも最後の台詞と悲しげな雰囲気を見逃さなかった。


「耐えきれなくなるほどつらいのね。事態は急を要するかもしれないわ」


「みたいだな。昨日と同じ時間にあの扉の前に貼るか……」


 二人はどんどんと遠ざかっていくリューシュの背中を見つめながら言葉を交わした。そこに、トウマしか聞こえない声が割って入る。


『手を引きなさい。まだ間に合います。助けた人が人を殺したらどうするんですか?』


(今はそんなこと言ってられねぇよ)


 精霊の忠告を頑なに拒絶するトウマは席に座って息を一つ吐くと、もう一度本と向き合った。ヒヨリは既に計画表の作成を再開している。


『愚か……人ってこんなにも愚かだったとは……』




 

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