2話 『初めての魔法①』
盗賊の男が地を蹴った。風を味方に距離を潰してくるのを視認しながら、名前も知らない女性が飛び出す。土魔法を発動、そのままダブルナイフに変形させる。
鉈と岩製ナイフが交錯する。
華奢な身体全身を使いダブルナイフを振るう彼女に対し、軽々と鉈で受け流す男。
競り負けるのはやはり女性。窮地に追いやられていく彼女を補助するために俺は『手帳』を片手に、と言いたいところだが意志を持って書が魔法を使う。
「フンッ!」
攻撃の間を縫うように通り抜け、『手帳』が放つ炎と風の魔法が男を襲った。だが、男は女性を相手にしながらも何とか防御を繋げ、防いで見せた。
その後も立て続けに魔法を放つが男は愛用の鉈で防ぐ。
「見えたンダ! 慣れてきたンダ!」
男はそう口にする。
嘘のようには見えない。魔法を発動させる度、男は前回よりも余裕を持って防いでいる。
そればかりか、女性が押されつつある。岩のナイフが小さな礫を飛ばしながら、形を削られていく。やがて、鉈がスルッと突き抜け、女性を斜めに切り裂く。
「がぁっ!」
「もう終わりンダ」
「まだ、まだよ!」
口いっぱいに鉄の味を広げながら、彼女は踏ん張りを聞かせる。凛とした森の中で緑が赤に変色していく。
俺はブワッと汗が吹き出た。予見したのは彼女の死――彼女が倒れれば俺は死ぬ。一人で戦える相手などではない。それでも死ぬ訳にはいかない、俺は、こんなところで死んでたまるか!
「くっそ……! まだだ! 諦めるな!」
『手帳』を励ますように言うと、魔法の発動量が一気に増す。炎は弓となって空気を燃やしながら弦を引き、風は剣となり空気を震わせる。鋭利な武器へと変化した魔法が、再び男に標準を合わせた。
「ンダ!」
それを遠目に見ていた盗賊と思しき男が目を丸くした。
次の瞬間、ドンっと一斉に飛び出した。限界まで引き絞られた弦から火矢が飛び出し、剣が血を啜らんと空を走る。
男の目の色が変わる。歯を食いしばりながら、女性を弾き飛ばし、『手帳』から放たれた魔法の防御に全神経を注ぐ。
「おわわわっ! おめぇやっぱり危険人物ンダ!!」
鉈で弾き落としていくが、今度は男が徐々に押されていく。腕を縦横に走らせ、身を穿たせまいと必死に防ぐ。男は目の前の攻撃で手一杯の状況に追い込まれた。
「今だ――っ!!」
腹の底から俺は叫んだ。
合図を受け取ったのは、弾かれた女性。
彼女はムクっと起き上がると、男の背後に回る。後ろに目などある訳もなく、男は後ろを振り向けない。
これ以上にないチャンス。彼女はもう一度魔法で武器を作る。今度はダブルナイフではなく、刀身が一メートルある大剣。それを上段に振り上げ、落とした。重力より更に勢いが付いた大剣は、男の背中を一閃。
「ンダぁぁぁぁあ!!!」
断末魔のような叫びが聞こえた直後、男はグラッと前に倒れ込む。愛用の鉈を手から離し、うつ伏せとなった。
勝利を掴んだ女性も息を荒くし、その場にへたり込む。彼女の胸からの傷も浅くはない。絶えず血が流れ、時間が経てば命に関わるほどだ。すぐさま俺は彼女に駆け寄る。
「大丈夫か!」
「えぇ、大丈夫。安心しただけ」
顔色は決して悪くないが、唇が青くなり始めている。
一方男は、うつ伏せとなり動かない。背中を見ればぱっくりと割れ生ぬるい血液が血溜まりを形成していた。生きていたとして、もう助からないはずだ。
俺は彼女に肩を貸し、立ち上がると彼女が森の中を指さした。
「あっちに、私の隠れ家があるの。そこに行きましょう……」
魔法の世界だから回復魔法が使えるものだと思っていたが、恐らく彼女は使えないのだろう。傷のことを考え急いで立ち去ろうとした時、男が途切れ途切れとなりながら呟いた。
「異世界……転生、者……排除法……おめはいつか、それで……死、ぬ…………」
そう言った直後、男の鼓動は止まり生命活動を中断した。
今度こそ死んだ、本当に。人の死を真近で、しかも間接的に関わったんだよな……いや、良い。今は女性の治療だ。
俺は止めていた脚を動かして森の中へと入って行った。
※※※※※※※※※※※※※
森を歩いていると、ポツンと木製の外装のボロい小さな小屋を見つけた。中に入れば、外装とは違う清潔な内装だった。部屋のあちこちに物珍しい宝やら、古ぼけた貴重そうな本がある。彼女は壁にもたれ掛かり、とある棚の中を指差す。
「そこに、緑の瓶があると思うのだけれど」
棚の中に丁寧に収納された小道具の中から瓶を探す俺だが、見つからない。
「無いです、包帯くらいしか……」
「えぇっ?! うそ!」
予想していなかったのか、傷のことも顧みず突発的に立ち上がった。「落ち着いて」と言おうとした直後、「いたっ!」と傷をさすり始めた。
「とりあえず、包帯を巻きましょう」
「えぇ分かったわ……あっち向いてて。一人で、出来るから」
と真っ白な頬を赤く染めながら言う。衣が擦れる音を耳にしながら俺は反対を向き、彼女が巻き終わるのを待つ。
その間、俺は『FFの手帳』の表面を摩る。真っ黒な表紙はあちこちが傷ついている。
大きく息を吸って吐く。落ち着け。整理しよう。
この手帳は未来視と魔法が使えるらしい。
最強スキルの代わりに与えられた神の祝福がこの手帳なのだろう。
それを使って最強に、なんてことはない。俺には帰るべき場所がある。早く帰る必要があるんだ。
「貴方のその書、回復魔法は出来ないのかしら」
「えぇと分かんない、な。試してみる?」
彼女にそう言われ、俺もその思考回路が停止していたことを認知する。
手帳を手に振り返れば、そこに居たのは服を乱し、胸を血が滲む包帯で覆った女性。その豊満な乳房は包帯で抑えたとて隠しきれる大きさでは無い。
「えぇと、さっさと済ませるんで」
手帳の表面に手をかざし、心の中で「回復魔法来い来い」と何度も唱えると淡い緑の光が俺の手に集まった。それを彼女の傷口に当てると、血が表面に浮いていた箇所から出血が止まる。
唇にも血色がやや戻り、傷が塞がれたことを示す。ホッと一息ついたのもつかの間。立ち去ろうとした俺をその場に留め、元気も戻ったのか質問を投げてきた。
「凄いわねその手帳、どこで入手したの?」
「信じて貰えないかもだけど、空から降ってきたんだ」
「空から?! 凄いわね、他にどんなことが出来るのかしら」
「さぁ、俺もまだよく分からないんですよ」
「羨ましい、私も欲しいわ」
『手帳』を見たそうに目を見開く彼女に対して見せようとした瞬間、『手帳』が焔のように熱を帯びた。
これは――沸騰した水に手を突っ込んだかのような痛みだ。叫び声をあげようとしたが、ここは狭い小屋。うるさいに決まっている。俺は叫びたい欲を抑え、濁すように、
「い、いつか空から降って来ますよ」
羨望の眼差しで俺を見つめる彼女。目をクリクリと輝かせ欲しい、と目で訴えてくる女性だが与えることはできない。
というよりも、どこか血走っている……?
「今日は、ここに泊まっていくと良いわ。貴方も疲れているでしょう?」
「えぇまぁ……でも、申し訳ないし」
「大丈夫よ。助けてもらったお礼だもの、お金は取らないわ」
俺が「でも」と続けようとすると、さらに押しを強め引きとどめようとする彼女。食い入るような意志の強さに俺は渋々承諾した。早朝発つことにすれば良いか……。
「そういえば、名前は」
「あぁっといけない! 私はララ・パール。助けてくれてありがとう」
「いえいえ、今日はお世話になります」
満面の笑みで受け入れてくれるララ。
だが、彼女の笑顔の裏にはとんでもない顔があった。その晩、『手帳』が再び危険な未来を伝える――




