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28話 『勉強会』

 昨日同様、長テーブルに座って蔵書を置き、メモ帳と羽根ペンを片手に黙々と板書していた。淡々と静かに、客観的に見れば真面目だがその表情は晴れていない。決して自分の前を過ぎる人が笑っていることがあるからでは無い。リューシュのことが気がかりなのだ。


 年端もいかぬとまでは行かないが、年下の少女が苦難に遭遇しているにも関わらず何も出来ない自分が歯がゆいのだ。自然と羽根ペンを握る手に力が入る。紙と接し、インクは無造作に紙を真っ黒に染める。


「……全く、あの頭でっかちは」


 小言を言いながらドンッと数冊の分厚い書籍が机に置かれた。トウマは顔を伏せたまま視線を移す。微かに見えるのは淡黄色のサラサラな髪と苛烈さをイメージさせる紅色の平民服。

 円形の輪郭を作るであどけなさが残る顔に少しの怒りを投影させた少女がトウマの対面に座った。


(さっきいた人だ。確か小人族? だったよな。その割には大きい気が……)


 トウマがイメージする小人とは数十センチの本当に絵本に出てくるような小人だ。しかし、目の前にいる少女は小学校低学年くらいの子。


「本が面白くないってあのトンチンカン人生何割損してるのかしらね」


(割と損してない気が……)


 ラーヴェルのことであろう愚痴を横耳に、トウマは本に書かれたことをノートへと移す。生憎とこれ以上の問題を兼任するつもりはトウマには無い。


 そう思っていたのだが、彼女がポケットの中をガサゴソとし始めた。「どこかしら」と言いながら赤の瞳に雲を宿らせる。それを聞いていないフリをしながらトウマは声を掛けられないことを祈った。


 しかし、何か諦めたようなため息が聞こえると、


「あの、すみません」


 正面にいた少年に声を掛けた。自分ではないと一度は無視したが、再び声を掛けられようやくトウマは手を止め、ゆっくりと顔を上げた。


「どうした」


「ペンって持ってたりしないかしら?」


 これまでの印象を覆すほどの優しい声。首を少しだけ傾げ、唇を少し紡いでいる。傍から見れば本当に小学生のようだが、彼女は自称成人済みだ。


「予備のペンは……無いですね」


 今日のトウマは軽装だ。服装はいつもと同じパーカーとジーンズ。装備品はノートとペンに今朝ミレーユから貰った硬貨の入った小袋。代用品になれそうなものは一つもない。


「そうですか、ありがとうございます」


 眉尻を下げ、肩をシュンとさせた少女。苦学生ということは無さそうである。彼女も何か魔法のことに関して気になった点がある故にこの図書館にいるはず。


「どうしよう……」


 課題か何かだろうかとトウマは積み上げられた書籍を見ながら思う。もしそうであるなら、提出期限ギリギリにやる少女が悪い。が、ここで自分が貸さなかったせいで教授に叱られるのも目覚めが悪くなる、とトウマは考えた。


「あの、急ぎのようなら貸しましょうか? 今日中にやらないといけないなら全然渡しますよ」


「いえ、急いでないですので大丈夫ですよ。趣味でやっているだけなので」


 趣味、と軽々しく言い切る少女。赤炎の瞳が真っ直ぐトウマを見つめる。嘘はない、本気だ。彼女は趣味の範疇で大人でも顔を引き攣るほど分厚い書籍を嗜もうとしている。


 少女の言葉に嘆息しながらトウマはポロッと言葉を溢す。


「かっこいいな、俺も言ってみたいよ……」


「そうかしら? 普通だと思うんだけど……。貴方は趣味じゃないの?」


「違うよ。本が趣味になる自分は想像できないかなー」


「転移魔法なんて珍しい本を読んでるのに想像できないなんて変わってるわね」


 珍しい本と言われ、トウマは自分が板書している本の内容に目を落とした。文字の羅列と複雑怪奇な陣の図解。彼女はその情報のみで転移魔法と察知したのだ。


「やっぱりこれ珍しいの?」


「ええそうよ。だって習得しても応用が利きにくいもの。ただ転移させるだけ、それも莫大な魔力を使うから大変なのよ」


「もしかして世間体からすれば俺って大分変わってるように見えてる?」


「そうかもね。だって、真剣に読んで板書してるもの」


 クスクスと口に手を当てながら笑う少女にトウマは少し頬が熱くなった。何故、自分の前を過ぎていく人の顔が笑っていたり、目を細めているのかようやく理解した。


「一つ聞いても良い?」


「答えられる範囲なら何でも」


「どうしてその魔法を学んでいるの? さっきも言ったように習得したとしても見返りは無いに等しいのよ?」


 これはどうしたものかとトウマは言葉に詰まった。俺が転移して地球に帰るんじゃい、なんて事は口が裂けても言えない。


 少女は顔の前で手を組み今か今かと答えを待っている。言葉ではマイナスではあるものの、彼女は真剣な様子でトウマが口を開くことを待っている。その姿はどこか教師のようにも見えた。


「まぁ、自分を遠くまで飛ばしたいから、かな」


「遠くって、どこまで?」


「うーん、空に輝く星、とか?」


「……正気?」


「まぁ、うん。ああいう場所に行ってみたいって思ったこととかあるでしょ?」


「無いことはない、けど……貴方死ぬわよ?」


 低く、何かを注意するような視線と声色でトウマの意見に釘を刺した。幼いながらもその圧力は見た目を忘れさせるほどの高圧力。


 トウマは少し身体が仰け反った。無論トウマとてそれが無謀な策であることは分かっている。しかし、魔晶石うんたらを使えばなんとかなるということ精霊が言っていた。


 確実性は無いものの自分より知識のある者の言葉を信じることにしたのだ。


「遊び心は良いと思うけど、本気でやるならおすすめはしないわよ。この街の交通手段のように短い距離で、魔晶石に代理させるなら良いのだけれど」


「大丈夫大丈夫。そこんところは上手くやるから」


「大丈夫って、それをやって死んだ人間がいるのよ。本当にやろうとしているなら貴方も同じ道を歩むわよ」


「ご忠告さんきゅ。でもやらないといけないんだ。やらないと……後には引けないから」


 後退の道は無い。初めから存在していなかった。この世界に来た時点でこうなる運命にあったのだ。望んでいないのに……。


 顔を引き攣らせながら机上に乗せた手を力強く握るトウマを見て、少女はこの話題を打ち切りとした。


「そういえば名前を聞いてなかったわね。聞いてもいいかしら?」


「俺はトウマ、君は?」


「ヒヨリよ、よろしくね」


 ヒヨリと名乗った少女は小さな手を差し出した。小さく、握れば折れてしまいそうな手のひら。トウマは友好の証としてそれを優しく包むように握る。


「名前も聞いたから……もう良いわよね」


「……?」


「トウマ、さっきまで暗い顔してなかった?」


「……っ!」


「本が好きでないのは分かったけれど、それが理由じゃない、何か別の原因があるんじゃないかって思ったの」


「なんでそれを……」


 不意に口にしたトウマの言葉にヒヨリは待ってましたと言わんばかりに口角を上げる。ふふんと鼻を鳴らし、自信ありげな表情を浮かべると、


「アタシ、こう見えても先生を目指してるの! だから、細かいところまでしっかりと見てるのよ」


 なるほど、と思いトウマはヒヨリサイドにある書籍のタイトルを覗いてみる。タイトルに「先生」という単語が見える当たり、事実と捉えて間違いない。


「さぁ何でも話しなさい。このヒヨリ先生が解決してあげるわよ!」


「……いや、でも」


「大丈夫よ。決して誰かに言ったりしないし、二人だけの秘密ってことにするから」


 まるで子供をあやすかのように言うヒヨリ(先生)にトウマはどうしたものかと考える。一人で悩むよりも共有した方がいいことは百も承知だ。


「さぁほらほら、ヒヨリ先生に教えてみなさい!」


 声量とは違い、耳に手を当てコソコソ言いなさいと促す。それでも尚、たじろぐトウマに痺れを切らしたヒヨリは、


「言ってくれたら転移魔法教えるわよ。アタシ、中級までなら習ったもの」


「ホントに?」


「ええ、だから早くこのヒヨリ先生に教えてみなさい。何でも解決してあげるから。一人で抱え込むのはダメよ?」


 先生としての練習に付き合わされているのはトウマも分かっている。が、一人で抱え込むのは良くないなとやっと決めたトウマは手で筒を作りヒヨリに耳打ちをした。


 これで上手くいく、そう思っていたのだがこれをキッカケに大きな事件の渦へと巻き込まれていくとは知らなかった。


 

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