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27話 『小人族と関西弁』

「全くおもろあらへんがな!」


「それはアンタの理解力がないからよ!」


「おどれ俺のこと馬鹿にしすぎやないか!?」


 無を保たれることが暗黙の了解となっているはずなのに夫婦喧嘩のような罵り合いが静寂を破っていた。一人は赤を基調とした簡易な平民服を纏い、目の前にいる人物を小さな指で差す度にクリーム色のポニーテールが揺れる。


 第一印象は小さいといったところだろうか。腰に手を当て自身より大きい男に怖じけず、瞳の赤からは意志の強さが見え威風堂々という言葉が似合いそうだ。


「ったくガキンちょに騙されてもうたなぁ」


 やれやれと手と頭を振る男。夏を象徴する紫陽花のように深い紫の短髪に、深淵のような瞳。タンクトップからは男らしい胸板が見え、その上にはジャケット。体を動かす度にジャラっと首に付けた金のネックレスが揺れる。


 この世界にも関西人が居たんだなとトウマは少し感心する。すると、そこに割って入る姿があった。無造作に腰まで伸ばされた深緑のロングヘアーが本しかない図書館の中ではとても目立つ。


「あのっ!」


「なによ、今取り込み中なの!」


「はいっ! 分かりますが喧嘩なら外でお願いします。お客様が他にもおられるので退室願います!」


 黄色の少女然り、堂々と年上にも恐れる様子なくキッパリと切り捨てる彼女こそトウマが心配していたリューシュ、その子だ。


「言われてんで? ちびっ子、あんたのせいで俺も同罪みたいなっとるやないか」


「うるさいわね! アタシのせいじゃないわよ。あと何回も言ってるじゃない! 小人族なだけで成人してるって!」


「あーそうやったそうやった。ともかく俺、本嫌いやねん。もう行ってええか?」


「ふん! 好きにしなさい。どーせアンタなんて数日後には空腹で死んでるわよ」


「言うてくれるやん。じゃあ試してみようやないか俺が死ぬか死なないか」


「ほんと馬鹿を通り越してアホね」


「だから馬鹿は良くてもアホは――グゥっ?!」


 終わりのないやり取りに終止符を打ったのはリューシュだ。彼女は忠告を聞き入れなかった二人のうち男の方の腹部に風魔法を放ち、扉の外へと追いやった。


 轟速で屈強な身体をした男が宙を舞う。その先にいたのはトウマ。すぐさま横っ飛びをして吹き飛ばされる男を回避。なんとか事なきを得た。


「お客様、ご静かにお願いします!」


「悪かったわね。でももう静かになるわ。あの男が出て行ったもの。ごめんなさいね」


 謝罪の言葉とともにリューシュに頭を下げる黄色の少女。先程までの口ぶりからして礼儀は身についていないと思っていたトウマの見識が変わる。


「大丈夫ですよっ! それではお楽しみください!」


「ありがとう」


 ひと段落ついたのか金色の少女は図書館の奥へと歩いて行った。一方リューシュの方はこちらへと歩いて来た。恐らくは自分が飛ばした男へ行くのだろう。と、思っていたところ、トウマが居ることに気がついた彼女は、


「あ! 昨日の方ですね、おはようございます!」


「あ、あぁおはよう。大変だな朝から」


「はいっ! ですが解決したようなので良かったです!」


「…….そっか」


 ニッと八重歯を見せながら綺麗な笑顔を見せるリューシュ。昨日のような寂しい声色は微塵の欠片も見られない。


 そのことに益々疑惑の念を深めたトウマは彼女に昨日のことを尋ねようか迷った。


「――?」


 何か話したそうに訴えるトウマの顔色を見たリューシュが両手を胸の前で合わせながら首を傾げる。


 その問いに関してはプライベートゾーンだ。人に立ち入られたくない線引きをするべき場所。不可侵である領域を犯して良いのか。線引きはするべきではないのか、という意見が頭を飛び回りトウマは中々聞き出せなかった。


「うぉ……中々やるやんけ、あのちびっ子」


「あ、怪我は無いですか?」


 トウマが躊躇している間にリューシュは仰向けとなっている男へと駆け寄り手を差し伸べていた。その手を取りながら起き上がる男に外的裂傷は特に見受けられない。


「おぉ、ありがとな。あのちびっ子の魔法を初めて喰ろうたが中々重いもんやった。今度喧嘩してみたいわ」


「それ私です」


「んん? 何言うとるんや、あんたはメイドさんやろ? あんな暴風巻き起こせるわけ……」


「ふんっ!」


 右手をヒョイっとピストルの形にし空へ向けると先程と同じ風魔法が指先に宿った。そのまま天へと向けて射出。重力に逆らいながらそれは空高く打ち上がった。


「マジかいな! 嬢ちゃんそんな身なりしとおのに、馬鹿げた魔法使えるん?!」


「もちろんです! これくらいは誰でも出来ます!」


「すっごいなぁ。嬢ちゃん、それもう一発俺にやってくれへんか? 正面から受け止めれるかやってみたいねん!」


 男のまさかの提案に流石のリューシュも表情が曇った。極度のドMという訳では無い。男の顔には絶対の自信と狂気的な笑みが浮かんでいた。俺ならできる、その自信が体から滲み出ている。


「なんなら出力はさっきの上を行ってもええで! 遠慮はいらん、殺すつもりでも構わへん!」


「で、ですが……」


「大丈夫や! 俺は死なへん! 例え世界が滅びようともこのラーヴェルは不滅や!」


 ラーヴェルと自らを呼ぶ男はひたすらにリューシュに懇願していた。頭を下げ、なんなら土下座までしていた。


 初めは戸惑っていたリューシュも仕方ないかと折れ、男の挑戦を受け取った。


「ありがたいでぇ! また強なれる!」


 それを遠巻きに見ていたトウマはもしラーヴェルという男がリューシュに襲いかかったら、と思い図書館に来た目的を忘れその光景に釘付けになっていた。


 そして二人は数メートル距離を取り互いに向き直る。言葉は交わさない。リューシュは先程と同様の構えを取る。ラーヴェルに向けた人差し指の先っぽには彼女よりも浅い色の緑の魔法が生成される。


 周囲の空気と魔力を全て吸い取る勢いでリューシュの指先に集まる。明らかに先程より威力の高い攻撃。


 普通なら怖気付くところ、だがこの男は――


「ホンマにありがとうな! 変な提案やのに乗ってくれて感謝するでぇえ!!」


「提案通り、出力を上げています! 気をつけてくださいねっ!」


 リューシュの言葉が終わった直後、風の魔法が空気を割きながらラーヴェル目掛けて放たれた。速度は確実に先程の倍以上。


 すると、奇怪な光景が広がる。男がドンッと力強く右脚を前に踏んだ瞬間、大地の、至るところに存在する魔力を吸い取り始めた。それは、トウマもだ。彼の魔力すらも吸い取ったのだ。


「男っちゅうんは! 拳が命やねぇぇぇぇん!!」


 大段上に振り上げた左の拳に吸い取った魔力が集約する。魔力のベールを被ったラーヴェルの左ストレートが風魔法と衝突した。


 それによって凄まじい風圧が辺りを一蹴。遠くで見ていたトウマも思わず扉を握る。


 普通なら吹き飛ばされるはずだ。最悪の場合、腕が引きちぎれる――のだが、ラーヴェルの左腕は風魔法に対して互角の勝負をして見せた。


「まだまだ馬力は上がるっ!!」


 直後、背中の筋肉が隆起した。単純なパワー。ただのストレートで魔法に対抗できるなど不可能である。ましてや打ち破ることなど――だが、この男はやってのけた。


「俺の、勝ちじゃぁぁああ!!」


 自らの勝利宣言とともに左ストレートを撃ち抜いた。それと同時に風魔法は粉々に砕け散った。


「すっご……」


 感嘆の言葉とともにその場に座り込んだリューシュ。目を大きく見開き、目の前の光景に圧倒された彼女にラーヴェルが近寄って手を差し出す。


「嬢ちゃんありがとな、俺また強なったわ」


 その言葉はハッタリではないと遠巻きに見ていたトウマは思う。大地を蹴り抜いた直後、その地面と接している半径五メートルの魔力は全てラーヴェルの元へと集まった。


 が、魔力で正面から魔法に勝てる威力は叩き出せない。それを可能にしているのは、ラーヴェルの経験と筋骨隆々な体だろう。


「そんじゃまた来るわ。あのちびっ子回収しに数時間後伺うな」


「はいっ! お待ちしております!」


 ヒラヒラと手を振りながら階段を降りていくラーヴェル。それを送るリューシュを見て、ハッと我に返りトウマは彼女に駆け寄った。


 ラーヴェルのあの狂気地味た行動を見て自分もやらなければとトウマは決意した。


「なぁリューシュ」

 

「あ、どうかされましたか!」


 相も変わらず満点な笑顔を見せるリューシュ。笑顔を見たトウマは自分の言動に少し残酷さを感じつつも、重くゆっくりと口を開いた。


「昨日の夕方、従業員室らしき場所で……その、聞いてしまったんだ。君と誰かの会話を」


「…………」


 トウマがその言葉を口にした瞬間、可憐な笑顔が一瞬で崩れ去り少し泣きそうな顔に変化した。トウマは慌ててフォローに入ろうとしたが、リューシュは、


「大丈夫、ですよ……気にしないでください」


 無理やり、雑な笑顔を繕ってトウマを安心させようとした。それを見て益々真実味を帯びた出来事にトウマは言葉に詰まった。


 すると彼女は立ち上がり、図書館に向けて歩き出した。後を追うトウマ。彼の方を見て、一言。


「大丈夫、ですよっ!」


 自分に言い聞かせるような声色で彼女は言った。それはトウマを突き放すようなものでもあり、トウマは何も言い返せなかった。


 そのままリューシュは館内へと戻り、扉を締め切ってしまった。


『失敗だね。まだ引き返せるよ』


「いやあれはダメだ。あんな幼いのに抱え込んでるのはマズイだろ……」


 苦い顔をしながらトウマは精霊の意見を否定した。必ず助ける、たとえ嫌われても。そう思ったトウマはリューシュが閉めた扉を開け中へと入った。


「そういうことですか…….」


 草に擬態をし、一連のやり取りを見ていた一人の少女。桃色の髪を左右に揺らしながら真っ白な聖堂を見上げた。


「リューシュちゃん、か……」


 ポツリと消え入るような声量で彼女はトウマが中に入ってから数分後に同じように館内へと入って行った。

 

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