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26話 『問題に次ぐ問題』

「どうでしたか?」


「まぁ順調って感じかな」


「それは良かったです。私も明日、図書館に行くので一緒に行きましょう」


「おっけー」


 結局あのまま踵を返すことにしたトウマは図書館前で待機していたミレーユと合流。そのまま予約した宿へと案内され、現在夕食を嗜んでいる。


 依然としていつもの自分を演じているトウマ、だがその内情は鬱々として雲が晴れていない天気だった。


「旅期間中はおいしい食事にありつけなかったのでおいしいですね」


「そうだね」


「これ、食べてみてくださいおいしいですよ」


「ありがとう」


 ミレーユが自身の皿の上に乗せられたステーキの一切れをトウマの皿へと移す。いつものトウマなら遠慮しただろう。だが現在のトウマは軽く流す。


 目の前の光景よりも先程の出来事が脳に焼き付き、頭から離れないのだ。


 リューシュという少女と今日初めて出会って会話した。そして闇の部分に触れてしまった。恐らく彼女があのように明るく、笑顔を振りまいているのは死に体になりつつある自分を隠すためだろう。


 ならば慰める、という手段をトウマは取りたい。しかし、彼女との接点は? 仲良いのか? そう聞かれたら全て「NO」と答えるしかない。


 見て見ぬふりをする自分はもう卒業した。ミレーユがジュラルの子を助けた時よりそんな自分が恥ずかしいということに後になって気がついたからだ。


 胸を張って生きられるように、と祖父母にもそう教わった。


「――」


 ゴクゴクと木製のグラスに入った水を飲みながらミレーユは全てを見透かすような瞳をジッとトウマに向けていた。


 彼女は理解している。少なからず一ヶ月という時間で二人きりの旅に出たのだ。トウマがミレーユを知ったように、ミレーユもまたトウマという人となりを理解するには十分すぎる時間だった。


(明日、こっそり見てみましょうか……)


 その後は特に何も無く互いに部屋へと戻った。一人となったトウマは自身の身を純白のベッドへと預けた。


「次から次へと大変だ」


 転移魔法陣完成への第一歩を踏み始めることが出来たと思えば目の前で少女が窮屈な生活を送らされている。


 負の連鎖はきっと終わらないだろう。一つのいいことには複数の負が繋がっている。これはトウマの経験上そうなのだ。


「そういえば」と何かを思い出したように懐から真っ黒な『手帳』を取り出した。タイトルは銀白色でFFとなっている。


「この一ヶ月何も起こらなかったな」


 珍しくこの暴れ坊が大人しいことにトウマは目を丸くした。毎日毎日誰が死ぬという記述を見せられては助けなければと奔走していた。


 思えばシュラーゲルを離れた途端パタリと死の未来視は止んだ。もしかしたらあの国は疫病神が取り憑いているのだろうかとトウマは思う。


 このまま人を助け続けるというのは悪くない。悪くないのだ。感謝されることは決して心地が悪いものではない。トウマも毎度「良いことしたなぁ」と心の奥底で思っている。


 そのまま、感謝され続ければ良いと思っていたのだが、助けた人間は結局死んだ事例がある。命を絶とうとしていた母を助けたら子供を抱えて共にあの世へと旅立ってしまった。


 初めは浮気性のあの父親と一緒に居るくらないなら死ぬ方がマシというのがあの母親の結論だった。トウマが入らなければ犠牲者は母一人で済んだ。代わりに子供の未来は暗いものになるのだが……。


 結局トウマはその未来を予見出来なかった。先読みできなかったのだ。だから、母親を助けた。そして、子供も結局死んでしまった。あの選択はどっちが正しいのか? あれで良かったのか? 今でもトウマは自分に問いかける時がある。


 もしも、この先、この異世界で生きるのなら……そう思ってしまえばトウマが帰りたがるのも頷ける。自分が他人の人生を操るなどもう懲り懲りで、一刻も早く無かったことにしたい。


「あぁ……帰りてぇな……」


 布団を深く被ってギュッと現実から逃げるように目を閉じた。


※※※



「トウマさんごめんなさい」


「いや気にしないで、全然大丈夫だよ」


 翌朝、昨夜と同じ下階の食事会場でトウマはミレーユより一緒に図書館へ行く予定を崩すことを告げられた。


 急遽別の要件が入ってきたというミレーユ。その意図を深く探ることなくトウマは納得した。昨夜同様疑うことなく受け入れる。それは睡眠不足によるものなのか、本当に納得しているのか。


「あ、お昼はこれで何か食べてください」


 そう言ってミレーユはジャリっと音がする小袋を取り出した。中に入っているものは恐らくお金だろう。


「勉強は頭が疲れるのでおいしいものを必ず食べてください! 良いですか、くれぐれも食べないなんてことはしないでくださいね」


「お、おう……」


 顔を近づけ、トウマに注意喚起をするミレーユ。少し近づけば唇が当たる距離。甘くフローラルな香りが薄紅色の髪から漂う。


「私のことは心配しないで良いので勉強頑張ってください。いいですね? 捜さなくていいですからね?」


「わ、分かった。ありがとう?」


「はい、では今日も頑張りましょう!」


 リューシュと同じような笑顔を見せ、ミレーユは軽装で宿を後にした。お金の入った茶色の小袋を受け取ったトウマは目をパチパチとさせしばらく席を離れなかった。


「ツンデレ要素が垣間見えた気がする……」


 妙な圧力を掛けられたトウマ。ミレーユの言葉の節々から捜して欲しいという意志を感じたのは伏せるトウマ。


「押すな押すな的な展開か。押したいところだけど、図書館に行かないとな」


 そうして再び聖堂のような建築物の前にやって来たトウマ。昨日と同様、階段は既に上りきっている。緑青の長さが整えられた草の中にドッシリと構える図書館。


 リューシュは大丈夫だろうか。あれが実親なのか、養ってくれている人なのか不明だが彼女のことが心配なのだ。


『続きを早くお願いします』


「せっかちだな。対話の始まりは挨拶からって言うだろ?」


『それよりも早く本ですよ本』


「お前はどう思う? リューシュって子どうしたら良い?」


『私は貴方が生きてさえいれば良いので――』


「なんだそれ、愛の告白かよ。そうじゃなくてほんとにあの子を助けるべきか迷ってるんだ」


『…………………………』


「うん? どうした?」


『辞めた方が良いです。後悔、しますよ?』


 ゾッと冷たい声がトウマの耳に入った。聞いたことがない精霊の声のトーン。間の沈黙も相まってその意見が本気であることが伝わる。


 下がるべきか。否、そんな自分は既に卒業したはずだ。トウマは引き下がることなく精霊に食い下がるように聞く。


「後悔ってなんだよ」


『後悔は後悔。母子が自殺した時以上のものを……』


「――っ!」


 昨晩も少し悩んだことを掘り返された。あの母子が死んだことは自分のせいだと思い詰めるトウマにとって精霊の意見は最悪以上の最悪だ。


 ならば見捨てろというのか? 目の前で虐待に近いものを受けている幼気な少女を。守れる人間が見捨てて先を行くことは本当に正しいのか? 


 見捨てたら恐らくリューシュという少女はお先真っ暗。助ければ最悪以上の運命を歩く。どっちにしろたどり着く先に救いは無い。リューシュという少女はもう救えないのか。


「それでも目覚めが悪くなる。俺は多分、目の前で困っているのに助けない方が自分的に辛い」


『ご好きにどうぞ。私は貴方がいれば困らないので』


「良いってそれ」


 ともかくトウマはリューシュという少女を救うことに決めた。『手帳』に死の未来が書かれた訳でも無い。自分の意思でそうすると決めたのだ。


 扉を開けるとやはり歴史と紙の匂いが鼻腔をくすぐった。早速彼女を探そうとした時――


「アンタってほんっとアホよね!」


「言い過ぎやろ! 馬鹿は良くてもアホはダメやろ!」


 互いに罵り合う男女の声が真っ先に聞こえてきた。

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