20話 『あの時の後悔』
えぇと、とりあえず状況を整理しよう。
まず俺たちが助けた青年はいじめられていた、という認識で間違っていないらしい。
主犯格はあの上官。
まぁ言動からして当てはまるか……。
そして、上官という男には複数の部下がおりその内の数人はいじめに加担していたらしい。
いじめが始まったのは今から一ヶ月前。
パシられたことを発端とし、盗みを働くようになりやがて暴力を振るわれるようになった。
それは人目を気にせず、だがとある人の前を除いて。
今日もいつものようにやられていたところを俺たちが助けた、とか。
決して俺たちが悪いんじゃないらしい。
「僕が、いじめられる僕が悪いんです……もっと騎士として、父に恥じぬよう良い騎士にならないといけないんです!」
谷の底から俺たちを見上げるような姿。
俺が知っているいじめとはまるで違うな。
青年の主張を耳に入れたミレーユが質問をする。
「貴方のお父さんはどんな人なんですか?」
「父は騎士としての極みにいます。騎士団の長となって皆を束ねる手腕、そして武人としても屈指の強さです」
騎士団の長という単語をヒントにミレーユは顎に手を当てて考え始める。
しばらく経った後、何かを思い出したように顔を上げると、
「もしかして貴方、ジュラル・ジンドゥスの息子さん!?」
「は、はい……」
「えぇぇ?!」
パッと思いつくジュラルの人像は無口な老人。
それだけだ。たまに視界に入れると「あぁなんかいるなー」となる弁当の脇役食材を見つけた時と同じだ。
騎士なんか言って和の服装をしているし……何者だあの人。
「父にこんなことを知られたら面目無いんです……どうか内密にしてください!」
「なるほど、それが本心か……」
つまりは「親に迷惑をかけたくない」。その一心だけで彼は土下座をしている。
何ともまぁ良い息子を持ったことだろうか……。
「……面目無い、か」
遠くを眺めれば自然と二人の老人が思い浮かぶ。
良い子供に恵まれたジュラルと違い、今もこうして足踏みをし、一向に帰り方を見つけられない自分。
ごめん、後もう少しだけ待ってて……。
俺はうろ覚えとなり始めた二人の背中に心の中でそう伝えた。
ならば早速、奴らを助ける――と思ったが俺の手が止まった。
「ダメだ……このまま、殺すか外国に飛ばした方がいい」
「えっ……そんな、待ってください! もしもそれが自分が関係していると知られたら!」
分かる、分かるよ。
怖いよな、辛いよな。
だけどな、この手の野郎どもは常に傲慢で恩という言葉を知らない。
助けてやったのに、裏切ることもある。
先のララ・パール然り。
そして、俺の友人も、いじめをしていた奴を許したせいで死んだ……。
許さず、徹底的に追い詰めていたらと何度も思った。
だから、こいつらも許しちゃあダメだ。
徹底的に二度は無いことを思い知らさねばならない。
奴らがその立場にある限り、少しの負の感情を持ち合わせている限り、徹底的に――!
「殺すのは、やめてください! 僕は、僕のせいで誰かが死んだなんていうことは嫌なんです!」
「分かった、じゃあ殺しはしない。
でも、地位を剥奪させる。告訴させて、軍事裁判的なものにかけるんだ」
「えぇ、でも――」
ガリッと口の中で何かが潰れるような音を響かせ、俺は頭を垂れる青年の胸ぐらを掴んだ。
力いっぱい、ありったけのパワーと怒りを込めて。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! こっちはたまたまお前を助けただけで好きでやった訳じゃねぇ!
さっきからお前醜いんだよ! でもでも言ってアイツらを許し続けたらお前はまたボコられるぞ。アイツらはそういう人種だ、生きている限り他人の命を弄ぶ外道だ!
死んだら父の面目も何もねぇんだぞ!」
「う……ぁう……」
人気の無い路地裏を俺の怒号がどこまでも行く。
喉が痛い。
久々に声を荒らげ他人を非難した気がする。
俺はそっと掴んでいた手を離す、困惑するミレーユに向けて一言。
「近くに人がいるはず、その人に事情を説明して引き渡そう。俺たちはサラディンに急ごうか」
「え、えぇ……」
立ち上がり、項垂れている青年を一目入れて俺たちはその場を後にした。
口にしたように、路地を出てすぐ数名の男女を呼び集め事情を話し、倒れている男たちを連行させた。
どんな処分が下されるかは知らないが、俺が伝えた「近くで蹲っている青年も助けてやって欲しい」という言葉は現実にならなかった。
というより、現実に出来なかった。
なぜなら、その場に残っていたのは倒れている騎士達を除けば誰も居なかったからだ。
※※※※※※※※※※
鬱々とした気分だった。
どうも納得のいかない、不満が残る終わり方となってしまった。
なぜいじめられているのに他人を助ける思考など出来るのか。
俺には到底理解ができない。
自分を正義の味方とでも勘違いしているのだろうか。
「ごめんなさい……私のせいで、何もかも間違った方向になってしまいました」
隣を歩くミレーユが面を倒しながら言った。
「いや、別にミレーユは悪くないよ。ただあの青年が思ってたんと違う人だった、っていうだけで助けたのは合ってるよ」
「あの子、どうするんでしょうか」
「さぁ分かんない。伝えたいことはちゃんと言ったし、立ち直るんじゃないかな」
しばらくの沈黙。
気が付けば国門の手前までやって来ていた。
このままムードの悪い状態ではとてもやってはいけない。
俺はパンッと手を合わせ、驚いているミレーユに向けて言う。
「はい、あの話はこれでお終い! 目指すはサラディン、いこうぜミレーユ! おー!」
「お、おー!」
これで少しは払拭されたかな。
淡紅色の髪からチラッと見える彼女の顔を覗いてみればクスッと笑っている。
最終準備完了、いざサラディンへ!
といかず、何故か門番の兵士達に止められた。
まさか先程の件がもう伝わっているのか、ならば言ってやろう。
俺たちは無罪で、助けた側だと。
だが、身構える必要は無かった。
「そのリュックの中は何が入ってるんだ?」
「隣の都市まで行くので、必需品が入ってます」
「なるほどな、少し中を見ても良いか?」
「えぇ、はい。構いませんが……」
俺たち二人はバッグをその場に下ろすと、複数の兵士たちにガサゴソと中を探られる。
まるで職質を受けているような気分だ。
まぁ、一度もされたことはないが……。
「どうしたんでしょうか」
「さぁね、なんかあったんじゃない? 人を中に入れて誘拐的なことが」
冗談混じりに俺が言った言葉。
だが、兵士たちがピクリと反応し、一番偉そうな人が立ち上がり俺たちを見て言う。
「まさにそれだ。今朝、母親が子供をバッグに詰め込んで国を出たという情報が入ったんだ」
「う、うそだろ……」
「マジだ、だからこうして検査をしてるんだ。あともう少しで終わるから待っててくれ」
俺は全身に悪寒が走った。
一瞬、昨日助けた親子が頭を過ぎった。
冷や汗が頬を伝うのを感じながらミレーユを見ると彼女も、何かを察知したように手を小刻みに震わせていた。
俺は、興味本位、ではなく関係者として当事者として、その後が気になり、尋ねた。
子供をバッグに入れた母親がその後どうなったのか、と。
「自殺したらしい。首を吊って親子共々。父親は知らんが、何でも昨日騒動があったらしい」
俺は、喉に力が入らず掠れた声しか出なかった。
幸せそうに笑う子供の笑顔、宝物を握るような母親の手つき。
あれは全て、嘘だった。
俺の中で何かが音を立てて崩れた。
その直後、『手帳』に書かれた記述を思い出した。
俺は、どうして気が付かなかったんだろうか……。
『飛び降り』、ではなく『首吊り』となっていたことに……。
そして、もし、もしも俺が見捨てていたら死ぬのは親だけだったかもしれない。子の未来は一度忘れてこれを、これだけは言いたい。
俺はその場に蹲り、頭を掻きむしって声を絞り出す。
「俺が……俺が助けたせいで……子供も死んでしまった……っ!!」
もしあの時に戻れるなら、俺は……母親だけが死ぬルートを選んでいたに違いない。
だが、それでも子の未来を案じて、共に死んだ方が幸せだった、と後悔していたに違いない。
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『トウマ・カガヤは飛び降りをしようとしている女性を助けたが、後日親子共々首を吊って死んでしまった。』




