19話 『正義感の強い子』
『太陽の娘』、この単語が頭にこびり付いて離れない。
それが一体どこの誰なのか知らないが出来ることなら早めに現れて欲しいものだ。
エーレ占い師め、と言いたいところだが教授をしていたスーパーさんが「見えない」と言っていた以上俺の未来は視えないのだろう。
「はぁ……誰なんだか」
「あれ、なんか思い悩んでますか?」
フワッと淡紅色の髪が視界に入る。
洞窟の中に広がる薄い湖を投影したような瞳で覗き込むミレーユ。
ビクッと身体が反応し、足が止まりかける。
「いやーエーレさんの言ってた事が気になるなーって」
「えぇと、『太陽の娘』でしたっけ?」
「あぁそうだ。お星様が自分の娘をお嫁さんにくれそうに無いのに、太陽ときたもんだから……誰かなーって」
「んー、そうですね……聖ルミナス国の王女さま、とか?」
首を傾げつつ彼女は仮説を出す。
知らない国名だ。
と言っても知っている国名は一つしかないが。
彼女に説明を求めると、彼女は言う。
北の果ての近く、北方平原と呼ばれている平原のど真ん中。三つの川を跨る大国があるという。
その国の王女は現在十五歳で、陽の光のように明るく天使のような存在だという。
だが聖ルミナス国は他国との接触が少ない国。
いわばクラスの端っこで本を読んでいる大人しめの子、と言った感じらしい。
彼女の予想ではその子が『太陽の娘』ではないかとことらしい。
「困りましたね……これから向かうサラディンは南。反対方向です」
「いや俺そんな所に行くつもりは無いよ?!」
真剣に考え出した彼女を見て一喝。
「そうなんですか?」とのほほんとした返答が帰ってきた。
この子、本当に純粋過ぎじゃないか?
もう少し人を疑うということをした方が良いと思う。
その事を伝えようとした時――
「うぉ、どうした?」
ドサッとミレーユのリュックにぶつかった。
質問を投げても帰ってこないことに疑問を覚え、彼女がジッと見つめる方向を見ると、
「おいおい、どうしたボンボンなんだろ?」
「あがっ……うぐっ……」
人気の無い路地裏にて、三、四人の兵士の格好をした人物が何かをいたぶっているのが目に入った。
あぁ嫌だ嫌だ。
いじめには関わりたくない。
自分も殴られるからではなく、シンプルに厄介事が嫌なのだ。
後々話をしなければならなかったり、暴行だ、とか言われて書類送検とか。
俺は無縁でいたい。
そう思っていたのだが……彼女、ミレーユは違う。
ミレーユはあたふたし出し、足を踏み入れようかどうしようか悩んでいるのだ。
俺は彼女の手を取り、首を振って伝える。
「ミレーユ、辞めておこう?」
「え? ですが、あの人が……」
「見たところあれは王国お抱えの兵士団。しかも、暴行をしている人間のうち一人は勲章のようなものを身につけている。
地位のある上官が部下をいたぶっているに違いない。
そんな人と関わったら厄介事になるのは知れてる、だから――」
「厄介事? どうしてですか……人を助けることが厄介事なんですか?」
ミレーユの目が鋭いものに変わった。
蔑むような瞳で俺を見つめると、俺が取った手を振りほどく。
「いや、違う。そういう意味で言ったんじゃ――」
「少し、がっかりしました。トウマさんは先に行っててください。私一人でなんとかします」
そう言って彼女は路地裏の中へと入って行った。
全くもって誤解だ。
別に俺は助けることに異論は無い。
だが、助けた後。
あの上官らしき男が面倒事を起こすことを避けるために辞めようと提案したのであって、いじめられっ子を助けることに反対ではない。
と、伝えようとしたが、彼女は既に行ってしまった。
一人で行けなどどうして出来ようか。
俺は彼女の後を追った。
「この国で最後の奉公といきますか……」
※※※※※※※※※※
状況は、見るも無惨だった。
四人がかりで無抵抗な青年を痛めつけていた。
罵詈雑言を浴びせ、腰に帯びた剣を鞘に収めたままいたぶる。
それをゲラゲラと笑いながらしているものだから趣味が悪いったらあらしない。
「もう止めてあげてください!」
薄暗く、埃と臭気の臭いがする路地に少女の叫びが響く。
いじめている奴らは仲裁に入りに来たミレーユを見るとガラの悪そうに睨めつける。
リーダー格の赤毛で偉そうな男が、ヌルッと振り返り、ミレーユを舐めるような視線で上から下まで見て一言。
「上玉じゃねぇか。女神様が自ら罠にかかったな」
「何を言ってるんですか。今すぐその子を解放してあげてください!」
「おうおう、怒った顔もいいねぇ、そそるよ」
汚い音を散らしながら男は舌をで唇を舐めまわし、倒れている男に一蹴り、そのままミレーユに近づき始める。
「いやーやっぱボンボン殴るといい事あんじゃん。あいつ打出の小槌か? ガハハハっ!」
リーダー格の男のウケ狙いの発言に部下らしき男たちも一笑。
それでも尚、ミレーユは引き下がらない。
「そんなことは良いから彼を――ッ!」
ゼロ距離まで迫った男はそのまんま、ミレーユの顎に指を当てる。紅の双眸が品定めをするようにジロジロと動く。
振りほどこうとするミレーユの腕を掴み、さらに深く。体の隅々までを眺め、言う。
「お前ら、そいつはどっかに棄てとけ。この女を連れ帰るぞ」
「――っ!」
一寸の迷いも無く、誘拐の行動をし始める一行に対してミレーユも動く。
空いている片手で氷塊を作り出し、男の死角から発射。
だが、リーダー格の男は紙一重でこれを躱す。
「生きが良い女だ。こりゃあ、明日の朝までコースかな」
その時、男がパンッと手を叩いた。
乾いた音がやまびことなりどこまでも続く音と共に、ぞろぞろと数名の集団がミレーユを囲む。
「ヒュー、嬢ちゃん辞めときな。俺は中尉の位にあるんだぜ。言うことを聞かなきゃどうなるか、分かるだろ?」
胸に引っ提げた金の勲章をチラつかせながら言う。
位としては上よりの真ん中。
一定数の部下を抱え込み、後に派閥を形成していくことになるのだが、中尉はその駆け出しだ。
「そんな位にある人がどうしてそんなことを!」
「楽しいんだぜ? 力の無い人間をいたぶって膝まづかせんの。
あと、嬢ちゃんみたいな宝が釣れる。これ以上の幸運はねぇだろ?」
ジワジワと男たちがミレーユに迫る。
身動きが取れなくなる直前、今度は風魔法を操り周囲を取り囲むモブを排除する。
風魔法が当たると鎧はベコっと大きく沈み、鈍い衝撃を装備者の胸に伝えた。
一人はそれで戦闘不能。
次、繋がるようにもう一人の顔に拳を叩き込む。
二人目、戦闘不能。
次、その光景に唖然とし固まっている男の股間を蹴りあげる。
三人目、戦闘不能(男としては多分死んだ)。
ラスト、赤毛の男にも――と思った時、彼女の首元に冷たい刃が当てられていた。
「だーめじゃないか。そんな風に暴れるのは」
フッと彼女の耳元に息を吹きかける男。
ゾワッと全身に鳥肌が走った彼女は薄桃色の髪を揺らし、風魔法をと思ったところで男が距離を取る。
男はまだ後ろに下がり、ミレーユと敢えて距離を取る。
後ろにいるのは――
「おい、お嬢ちゃん。暴れんのは辞めておきな。大人しく俺に抱かれときゃいいんだ。贅沢させてやるからよ。姫様待遇だぜ? 中尉だぜ中尉。俺みたいな勝ち組に誘われてんだ、滅多にないぜ?」
「そんな話乗るつもりはありません!」
「そうか、そんじゃ――」
ガララっと激しい音を立て刀身が抜かれる。
それを後ろに向けると、ニタァと汚い笑みを浮かべて、
「良いのかい? 後ろにいる男、殺しちゃうよ?」
「――っ! それは」
「そんじゃあ俺の女になっとけって。毎晩良いことしてやっからよ、好きだろ? そういうの」
人質を取られてもなお屈しないミレーユ。
段々と男の表情がつり上がり、やがては怒りに変わった。
「いい加減にしろってんだ! 早くしねぇとこいつぶっ殺すぞ!」
「……あっ」
男がズンっと突き出した刃が後ろにいる人間の胸に当たる。
辛うじて皮膚で止まり、血は出ていない。
どうしたらいいの。下手に動けば後ろにいる人が死んでしまう。それだけは避けなきゃいけない。だって、私のせいで誰かが死ぬなんて――あ。
ミレーユの顔が強ばったと、思いきやその表情は驚きに変わる。
男の背後で誰かが鉄パイプのようなものを振りかぶる。影が動いたことで何かを察知した男が振り返る。
「喰らえ100トンハンマー!!!」
「あん? って、おま――がぁぁぁ!!」
現れたのは他でもない俺だ。
路地に入る前の光景から正面から入ったミレーユと挟み撃ちにしようと裏に回ったのだが、思わぬ形で成功した。
白目をひん剥いて倒れた男。
これ、死んでないよな。
100トンハンマーとか言って殴ったのは結局パイプだけど。
『大丈夫です。死んでません』
「ほっ……良かった」
死なれていたら言っていたように厄介事が起きる。
そうなることがないならおっけーだ。
しかし、人を凶器で殴るのは感触が悪すぎるな。
やはり、制限解除された魔法の方が良かったか?
「トウマさん……」
「無事で良かったよ、人で突っ走るから少し不安だったよ」
良かったと、少し安堵したのか目に少しの涙を浮かべていた。
俺はそれを見てどうして良いか分からずあたふたしていた。
あぁダメだ。こういう時に経験がものを言う。
宥めることの出来ない俺の女性経験の無さがバレてしまう。
「ありがとう、助けてくれて」
その瞬間、心臓がドキッと反応する。
顔が赤くなるのを感じながら俺は顔を必死に背ける。
袖で涙を拭った彼女は思い出したように言う。
「あの子は……」
「大丈夫、ちゃんといるよ」
近くの角を曲がった直ぐそこに男の子はいた。
だが、あちこちの打撲痕が目立つ。
目元は腫れ上がり、額からは血が流れ生気の無さそうにぐったりとしている。
それを見たミレーユは血相を変えて回復魔法を使おうとする。
だが、既に治療済みだ。
状況をチラ見しながら、の作業だったから少し手こずったが彼女の安全を優先した。
そうは言ったものの、未だに起き上がらないのを見て少し焦ったミレーユは俺を見つめる。
「多分もうすぐで目が覚めると思うよ」
それでも尚、不安そうな表情を浮かべるミレーユの心情を察するように、
「……ぅ」
薄らと瞳を開ける獅子色の髪をした青年。
俺たち二人は心配そうに覗き込むが、
「うわぁ?! すみませんすみません!!」
覚醒直後に土下座だ。
自らの傷を鑑みることの無い行動。
「いたっ」という小声と共に、歯を噛み締める音が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
「え……あ、?」
見上げた顔が思っていたのと違っていたからなのか、拍子の抜けた声が出ていた。
ミレーユを見た後、俺の顔を見る。
それを二、三度行うと、「あれ?」と誰かを捜し出す青年。
「あ、あの人たちは!」
突然立ち上がり、走り出す青年。
俺とミレーユは何が何だか分からず顔を見合せた。しかし、その間も小さくなって行く青年の背中を追わずにはいられなかった。
※※※※※※※※
「う、うそだ……!」
捜し求めていた人が見つかったのか青年は膝の力が抜けその場に崩れ落ちた。
目の前に広がるのは、意識を失って倒れている男達。
「あ、あなた達がやったんですか!?」
勢いよく首を後ろに向けた青年が訴えるように聞く。
まるで俺たちが悪人みたいではないか。
正義の心でやったはずなのだが、間違っていたのだろうか。
「そうだが、どうかしたのか?」
「あの、助けてもらったのは感謝してます……僕が間違っていることは知っていますが、どうか!」
ドンっと額を冷たい地面に叩きつける音が人気の無い路地に刺さる。
救いを求めるような顔色に変わった青年はなんと、
「この人達を助けてください! 罪は僕が、僕が着るのでどうか! 僕のせいなのでお願いします!」
「「――?!」」
自らをいじめた人間の助命と、罪を着るという覚悟。
この正義心をどうして間違った方向に使ってしまうのか……俺は理解が追いつかなかった。




