17話 『再びの宿』
こうもあっさり、とはいかないか。一人で解決が望めない状況が二人となるとスラスラと手際よく進んだ。
ともかく彼女が死ななくて良かった。
子供が幸せそうに笑って良かった。
まぁあの男が死んだとして別にどうでも良い。あいつが俺のせいで死にました、と言われても慈悲を捧げるつもりは一切無い。
「少し遅れてしまいましたが、行きましょうか」
人通りを抜けていよいよ国門が見える所まで来た時彼女がため息混じりにそう言った。ため息と言っても「面倒くさいことさせやがって」ということでは無い。
浮かない顔をし、何か引っかかる所があるのか鬱々とした気分だった。
「やっぱりあの父親のこと?」
「はい、それもありますが……私はあの二人が今後どうするのか心配で……」
父親無しで新生活、と言ってもあれは居ないも当然の生活だったと思うが。
それでも生活の基盤を支えるものとして金は欠かせない。稼ぐために母はこれから就職するだろう。すれば必然的に子供は一人の時間が増える。そこで父親の登場と言いたいがそれは無理だ。
片方の親が子供の面倒を見る、ということの為に育休制度があると言いたいがそれ以前の問題か。
「トウマさん、私今思っていることがあるんです……」
動かしていた足を止めて、俺を見上げるミレーユ。上目遣いだ。ちょっとウルっとした瞳に、少し疲労感の見える顔。
ふらりふらりと千鳥足となり口を開く直前、彼女は後ろに体重を預け倒れ込む。
「ちょっ! ミレーユ!」
背中に手を回し頭を地面にぶつける前に俺は彼女を抱き寄せる。
刹那の差、少しでも遅れたら彼女は命を危うくしていた。
「す、すみません……少し貧血気味で……多分魔力切れに近いかも、です……」
「そりゃそうだあんだけ使ったんだからな。無理させてごめん。今日はもう辞めておこう。外には多分魔物がいるだろうから死ぬ可能性もある。予定を先延ばしにしよう」
「あ、いや、そんな……私のせいで、大丈夫ですよ……直ぐに良くなります……」
「ダメだ貧血は重症化すると死ぬ可能性がある。無理はしない。今日は宿に戻ろう」
「でもそしたら……貴方の魔法が……」
「別に大丈夫だ。一日くらい……うん、多分大丈夫!」
「よっ」という軽い掛け声とともに彼女をお姫様抱っこする。別に下心はない。現状の体勢と状況を考えた結果導き出した最適解。それがお姫様抱っこ。
彼女は「うー」と唸ると顔を埋めて人に見られないようにした。
ていうか……軽すぎだろ。
女の子を人生で初めて持ち上げたがこんなにも軽いのか?
羽毛なんていうレベルではない。
もはや無い。空気と同じだ。
まぁこんなことをして人々の視線が集まらない訳がない。進む度に人々が俺を一目見て、何か言っている。俺も赤面しながら駆け足に宿へと戻った。
※※※※※※※※※※
俺は彼女を宿に運び終え、宿の裏手でエーレと円テーブルに座り盃、じゃねぇや水を飲んでいた。
「全く、また無茶したのかい」
「そのようです。というより自分が力不足なせいで……」
水をグビっと飲み干したエーレが呆れ気味に言う。
事情を一通りに聞いた彼女が初めにとった行動がため息だった。
また、というように彼女は昔から無理をする性格らしい。声を掛けても返事が無かったり、部屋に閉じこもったまま出てこないと思い中に入れば時折倒れているところを発見することが多々あった、と彼女は言う。
「なんだろうねぇ、何か思い詰めていることでもあるのかねぇ」
「今回のは彼女に任せっきりだった自分が悪いので……」
「じゃあアンタがこれからミレーユを止めてあげないとね」
「……これから?」
はて、なんの事やら。
彼女とは魔法都市サラディンという目的が同じであるだけ。
これから一緒に人生を送ろう。と約束した中でもない。
移動期間中や街に滞在している間ならストッパーとして動けるが……。
「アタシの立場になってみぃよ。
今朝ミレーユがアンタを抱えて来たと思えば、今度はアンタがミレーユを運んで来たんだ。
何かの縁に決まってる」
それはつまり、俺と彼女が似ているからお似合いだとでも言いたいのだろうか。
よせよせ。
俺は直にこの世界から消えるし、マドンナ的存在の彼女を嫁に貰うなど恐れ多い。
彼女には求婚の一つや二つ、あるに決まってる。
「なんだい何か気に食わない顔をしてるね」
「え? 気に食わない顔?」
エーレに指摘され、俺は自分の顔を触る。
暖かい。少しの熱を帯びた体温が伝わる。
手を落とせば上がっていない口角。
あれ、俺何で笑ってないんだ。
遠からず去る運命にある自分と、この世界で幸せに暮らす彼女。
ミレーユを思いやり、離れることの何が面白くないのか。
いや違う。
心のどこかで心配しているんだ。
人一倍懸命に動く彼女に心配という感情を持っているんだ。
「全くこっちも何か抱えてるねぇ。良いねぇ若いってもんは」
「いや、これは違うくて……」
「何も聞いちゃおらんよ。これ以上聞いたらニヤニヤが止まらないからねぇ。フフフ」
俺と違い口を大きく横に伸ばし、笑い声を漏らすエーレ。
彼女はそのまま立ち上がると「そろそろ忙しくなるからね。アタシは失礼するよ」と言い、立ち去った。
店の裏手でただ一人となった俺は目の前に置かれた木製のグラスを見つめる。
湧き上がってくる不思議な感情に問いを投げかけた。
何をしている。
俺は帰らなければならない。
自分のことで精一杯なのに、人の命を救ってどうする。
いや、違う。俺のためだ。俺が気持ちよくこの世界から帰るため……。
違う違う。
自分の運命に、この先の人生に関わっているからだ。その良い例が今回の件。
死なせれば後悔。
助けても後悔。
負の結果は決まっているとしても、俺の運命に関わるからこそ『手帳』に書かれた。
「仕方ない仕方ない……そう、仕方ない。我慢だ。これも全ては俺のため」
自分にそう言い聞かせる。
そうでもしないと何か、別の感情が疼き、この世界に情が生まれるような気がした。
もしも、そうなってしまえば終わりだ。俺は、キッパリとこの世界から帰れなくなる。
そういえば――
「今日で二日。なのに、祖父母の顔が思い出せなくなってきてる気がする……」
気のせい、と思いたい。
だが、俺が今浮かべている祖父母の貫禄のあった顔も正確には思い出せない。
十七年共に過ごしたはずなのに……。
三日前までどこにシワがあり、ホクロがあり、肌はどんな感じか、歯の並びは、鼻は、眉は、目元は、髪は、など、全て思い出せた。
しなし、それが薄れ、今では顔の七割方が朧となり見えなくなっている。
伝染病、ではないな。異世界とはいえ免疫は少しあるはず……。
脳のみに作用するウイルスの存在……無きにしも非ずか。だとしたら尚更帰還速度を急がねばならない。
だが、最悪の展開は――
「お前を視る度にそれが起きていることだ」
ポケットから取り出した『手帳』を見て一言。
これが一番あってはならないこと。
「仮にもしそうなら、俺はお前を廃棄する。廃棄して燃やす。燃やしたら埋める。
これで二度と使えないからな」
別に怒っている訳ではない。
いや、怒ってるか。
理不尽に異世界転移させられ、代償を払って未来を
視る。
これでは俺が取られてばかりだ。
少しは与えられても良いだろうが。
「もう外も暗くなってきた、今日は宿に泊まって明日に備えよう」
木で出来たグラスに入った水を飲み干し、それを流
し台へ。
そのまま部屋を出ようとした時、ポケットが小刻みに揺れた。
「視ないよ。もう今日は疲れたんだ。これからは視る頻度を減らさないとな......」
『手帳』を気にも止めず俺は部屋を立ち去った。
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『一. サラディンの街に行くことを先送りにし、騎士団の統制を練る。これによりトウマの疑いは晴れる』
『二. 上官を自主脱退させる。だが、助けた青年は立ち直ることが出来ず、国から姿を消す』




