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16話 『助けるべき命とそうでないもの』

 窓辺のマドンナ、いや窓辺の天使とでも言おうか。容姿端麗という四字熟語を体現しているかのような美少女が窓辺で回復魔法を使用する。彼女は下を眺め、誰かを見つけると、


「トウマさん! ちょっとこっち来てください!」


 俺の名前を呼んだ。

 マドンナに呼びかけれた。この上ない名誉だ。

 すぐさま魔法で、と思ったが生憎それは不可能。俺は猛ダッシュでその場を後にし、階段を上がる上がる。一瞬、と言っても瞬間移動ではないが俺は三階へ上がった。


「トウマただいま参上しました!」


「手伝ってください!」


 三畳ほどの部屋。一人はあたふたしどうしたものかと頭を抱え落ち着きのない男。こいつが主犯格に違いないだろう。

 残る二人は言うまでもない。ぐったりと力が抜けた女性とそれを介抱するミレーユだ。


「思ったよりも出血が酷いです……もしかしたら、なんてことがあるかもしれません……下のお子さんを連れてきて貰えますか」


「了解!」


 そのまま再び階段を爆速で降りると下で大泣きし大人数名に宥められている少年の前に行く。宥めていた大人たちは俺を見て後ずさりする。すぐさま俺は少年の手を取る。


「行こう、お母さんのところに」


 大きく頷き自分で立ち上がる。

 小さな手には大きな力が籠っている。だが震えている。死んでいるかもしれないという怖気が少なからずあるのだ。


 俺は少年を三階の部屋へと連れていく。すると、献身的に治療を施され力なく倒れている母が少年の焦点を奪った。


「ママ! ママァ!!」


 俺と繋いでいた手を振りほどき、そのまま自身の愛する母の元へと駆け寄り大きく身体を揺らす。が、母に意識は戻らない。

 ミレーユを見れば気難しい顔で回復魔法を施し続けている。


 胃に重い何かがどっぷりと浸かっている感覚。固唾を飲み状況の悪化が進むことないようにと祈ることしか出来ない。

 俺は『手帳』の中が気になり、ページを捲る。いつもより上手く開けない。少し手間取ったのち、ここの記述がなされたページを見つける。


『街中で女性が首吊り自殺をし、死んでしまった』


 これが現実となる可能性は……。

 ミレーユを見れば噛み締めながら相も変わらず回復魔法を使い続けている。


 ミレーユに処置がなされる女性の傍で必死に呼びかける少年の叫び。それは外にまで聞こえていた。外の大衆も母の無事を祈っているに違いない。

 一方、残る一人。

 この場に居合わせている男。父らしき人物はあたふたと部屋の隅から隅まで移動しブツブツと何か言っている。


「まずいまずい……どうしようどうしよう、やべぇなこれ。死ぬか、いや死なねぇ。となれば死ぬのは俺だ。やべぇ、どうしよう。役所に出されたら終わりだ……」


「おいアンタ」


「おぉ、お俺か?」


「夫ならあの子みたいに手を握るのが普通だろ何してんだ」


「うるせぇな。今それどころじゃねぇんだ、俺も死ぬかもしれないんだ」


「は?」


 すると男はまた落ち着きの無い様子で頭を掻きむしったり蹲ったり、狼狽えたりを繰り返していた。その間も少年は必死に自身の母の安否を確認している。


 俺は頭が沸騰するような怒りを感じた。ズカズカと男に近づき胸ぐらを掴んで壁に追いやった。


「やべぇなやべぇな。証拠隠滅しねぇと、うぉ?!」


「お前いい加減にしやがれ……。てめぇのせいで人が死にかけてんだその自覚あんのか」


「だからうるせえって言ってんだろ!」


 強引に俺を振りほどき壁をドンと叩く。その様に部屋の全員が視線を奪われる。男は唾を吐き散らしながら喚く。


「俺だってこんなつもりじゃなかったんだよ! でもそいつがうるせえんだ、毎度毎度別の女と一晩過ごしただけで。それの何が悪いってんだ」


「お前……まじかよ……」


 こいつは下衆だ。殺した方が良い。こいつこそ死ぬべき外道。

 俺は気が付けば近くに置いてあった椅子の足を両手で持ち背中を向けている男を目標に振り上げていた。大きく背中を反らし、勢いをつけ落とそうとした直後、ミレーユの声が響く。


「塞がりました! 重要な血管全て!」


「――っ!」


 その言葉に俺はハッとなり椅子から手を離し、後ろを振り返る。首に巻きついていた氷は剥がされ、青紫に変色していた首は褐色のある色に戻っていた。

 それを見て少年は目を大きくし、必死に身体を揺らしている。


 だが、一方この男のみは違う。「まじか」という言葉と共にため息をつき、前のめりになる。

 俺は下向きとなった顔に膝を入れてやる、と思ったが子供もいるし辞めておこうと自分の中に湧いて疼く感情を押さえ込んだ。


「……ぁ」


「ママ!」


 微かな声とともに意識を取り戻した母に泣きつく子供。それを申し訳なさそうに慈愛の手で頭を摩る。すると男はゴマをするように近づき、


「ぶ、無事で良かった……」


 と苦笑いを作る。

 男を見た母の貌に悪魔が宿る。近くにあった本一冊を旦那である男目掛けて投擲。鈍い衝撃とともに男の額は弾けた。


「アンタなんか死ねばいい!」


「い、、いたた……ま、待ってくれもう辞めるから! もうしないから!」


「嘘つき! 毎度毎度そう言って繰り返して、夜な夜な抜け出していることも知ってるのよ!」


 覚醒直後に始まる夫婦喧嘩。板挟みとなっている子供はどうして良いか分からず母の足に縋っていた。そのまま数分、罵詈雑言を浴びせ合うと母側が「もう良い」と言うと少年を抱き上げる。


 そして、俺たちの方を見ると


「お見苦しいところをすみません。助けて頂きありがとうございました。この恩は死んでも忘れません」


「いえ無事で良かったです……」


 穏やかな声色で言うと子供もニッと笑顔になる。母は子供を宝物を握るようにギュッと抱え部屋を出ていった。下の方では驚きの声が出る。彼女が自殺を図ろうとしていた窓辺から覗くと、子供を抱いたままどこか人混みの中に消えて行った。その背中は虚しく、悲しげであった。


「トウマさん……」


 納得のいかない顔を見せながら俺の名前を呼ぶミレーユに俺は頭を深く下げる。


「ミレーユ、ありがとう。俺だけじゃどうにも出来なかった……」


「え、えぇ? そ、そんな私一人のおかげって訳じゃ」


「いやミレーユのお陰だよ。俺は何も出来なかった、近寄ることに怖じけて下で待つ事しか出来なかった。本当に助かった」


 彼女はクリスタルのような瞳をモジモジとさせ頬を赤くしながら礼を受け取る。

 だが、こいつだけは未だに悶えて苦しんでいた。


「マジかよ! あぁもう何でだよ! たかが別の女と遊んでただけじゃねぇかよ、あのクソアマ次会ったら絶対許さねえ!」


 それを聞いたミレーユがムッとなり拳に力を入れ男に近寄る。この先の展開など見えている。だが、ミレーユの前に手を出し彼女の足を止めさせた。「え?」と困惑したような声で俺を見つめるミレーユ。


 俺は先程落とした椅子を両手で掴み一寸の狂いも迷いも無く、それを叩き落とした。


「ぶっ殺――グギァァア!!」


 椅子は粉々に飛び散り、男は醜い断末魔を出し、冷たい地面に倒れ込んだ。死んではいないが、しばらく起きることはないはず。


「こいつだけは絶対助けたくない。ミレーユ、治療は良いからもう行こう」


「そ、そうですね……」


 彼女はまさか椅子で殴るとは思っていなかったのか少し引き気味に倒れ込んでいる男を二度見し、部屋を後にした。


 


 

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