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15話 『窓辺の殺人未遂』

 いい加減諦めようか。

 無意味ではなく、人を追って走り抜いた結果として出たのがこの一言だった。走れどあの人は見つからない。裏路地には……入りたくない。次、あの女に出くわせば命は無い。


「めんどくせぇ……ホント、何してんだ」


 トウマという人間はこうでない。俺はもっと薄情に生きていると思っていた。

 いや、違う。他人の死が自分に影響を与えるせいでこうなっている。助ける必要がないのに、自分の人生に少しでも関わるが故に助けざるを得ない。


 もういい加減に――そう思ったところで、ボサボサの金髪と古ぼけた服装をしている女性が視界の端に入る。


 間髪入れずに俺はその背を追って、肩を掴む。

 女性はビクッと体を震わせこちらを振り返る。やせ衰えた顔、何かに怯えているような瞳。


「死ぬなんて野暮なことは止めた方が良いですよ、もっと楽しく生きてみましょう」


 即興で作り出した笑顔と共に親指をピンと立て彼女に向ける。すると、彼女はポカーンとしたまま硬直。やはり、死のうとしていたに違いない。


「あ、あの……」


「大丈夫だって、生きてりゃいい事がある。死ぬ必要なんて無い」


 困惑気味に何か話そうとするのだが俺は聞き入れない。この手の場合、一度語らせれば終わりなく過去の懺悔を始める。そうなる前に、未然に防ぎ、こちらの話を聞いてもらわねば。


「周囲の目を気にする必要なんてないですよ、だって皆自分のことで忙しいんですから。自分の醜いところなんて明日には皆忘れてるんです」


「い、いえ……違うくて」


「違くないですよ。貴方は死のうとしている。ダメだな、生きていればいつかその理由が見つかる。俺だってほら、右も左も分からない状態でここに来たけど今日出ていけって言われた。でもほら、笑ってるでしょ? ニィー」


「私、違います……貧民街の人間で……」


「ん? だから生活が苦しくて――」


「違います。生活が苦しいのはごもっともなんですが、死ぬほど思いつめられては……」


「何ぃぃぃぃ!!!?」


 俺の叫びが市街地を覆った。こういうことはもっと早く言えつーの!!


 

※※※※※※※※※※※



「貧民街に住んでるならなるべくそこで落としくしておいてほしいものだ……まったく」


 俺はブツブツ文句を言いながら来た道を戻っていた。ザッと時間を数字で表せば三十分くらいは追い、二、三分諭した。最大で三十三分の時間消費。見返りは「人違いです」という無惨な結果。これ以上の時間の無駄使いはない。


「で、どこだ。今にも死にかけてる女性は……」


 キョロキョロと周囲を見てもそんな女性などいる訳もない。自殺といえば飛び降りだ。だから、窓や屋根は注視する。その辺はしっかりと意識を配っている。が、それでもやはり見つからないのだ。


「まぁそう易々と見つかったら溜まったもんじゃないしな」


 大きな欠伸をしつつ、通りを歩いていると耳を劈くような悲鳴が聞こえた。

 訂正しようか、簡単に見つかった。

 ため息混じりに俺は「あっちか」と呟き、野次馬が形成される前に声の方向に走った。


 そこに着き、状況をざっくりと説明すると、とある家の三階くらいの窓辺から平民服の女性が落ちようとしている場面。その家周囲には人集りができ、皆が首を上げてそれを見ていた。


 何やら声が聞こえる。

 「もう限界」とか「早く死にたい」とか、聞くからにDVを受けているに違いない。


「この世界でもドメスティックバイオレンスはあるのか……世知辛い世界だわ」


 とりあえず、自殺を防げばなんとかなる。

 三階に上がって、静止するのは得策ではない。こういうのは下で助けるのが上策。

 俺はただ見ているだけの人々の間を縫うように通り抜け、手を大きく広げる。いつでも落ちて良いという合図だ。


「だったらもう私は死ぬ、死んでやる!」


「多分骨折れるよな……ごめんミレーユ、手間増やすかも」


 ペナルティとやらで今日の魔法を禁じられた。鼻血があまりにも止まらないため、精霊の魔力でヒーリングでもしてやると思ったが本当に使えなかった。


「何よ! 今更じゃない!」


「えぇとこの辺か」


 女性が少し動く度俺もそれに合わせる。少しのズレも許されない。少しのミスでこれは十分死ねる。不思議と緊張が胸を走る。


「もういいわよ!」


 そして女性が飛び降りる――と思った時、事態は急展開を見せる。なんと女性が自らの首を凍らせ始めたのだ。群衆が手を口に当て、騒ぎ出す。

 騒ぎに便乗するように俺の心臓の動きが速くなる。


「ちょ、おい、まじかよ!」


 氷というのは恐ろしい。凍った箇所を肉体が割れないように解凍するのは至難を極める。魔法が使えたら……くそ!


「ママやめて!」


「――っ!」


 背後で声がし、振り返れば幼い子供が皆と同じように女性を見上げていた。だが、あまりにも幼く目に涙を浮かべている。子供がいたのか!


 俺はギリッと歯を食いしばり、声を上げる。


「あんた! 子供が泣いてるぞ! 今なら間に合う死のうなんてことは絶対やめろ!」


「うるさい! あんたに何が分かるのよ!」


「そう言われたら何も言い返せないけどさ!」


「来ないで! 本当に死ぬわよ!」


 室内の誰かに向かってひたすらに拒絶を表す彼女。あの女みたいに壁を這うことができたら良いんだが、生憎と俺はそんなことは出来ない。


「ママァ! やめでぇえ!!」


 大粒の涙を零し、鼻水を垂れ流す少年。

 必然と心が締め付けられる。子供の泣き声が、脳の奥まで響き渡る。


 くそ、くそくそくそ!

 どうする。だって、このまま下にいたら死体を受け取ることになる。だが、三階に上っている途中で死んだらどうする。


 力が抜ける。視界がブレる。彼女が首を氷漬けにしそれを断つ。そのまま落ちて……。

 俺が迷っている間、彼女の首は氷で覆われ始めていた。外気が冷え、その冷たさは物理的に届かずとも俺の肝を冷やしているように胃が重たくなった。


 死ぬ、死ぬぞ。本当に。


「もう、知らないっ!」


 刹那、パリンというガラスが割れるに似た音が響いた。首に手を当て、首を刎ねる――



「待ってくだはい!」


 緊張の場面で噛んだ言葉とともに群衆の上を大きく跳躍。魔法で死を賜ろうとしている女性の手を逆に氷で止め、その隣にサッと誰かが現れる。薄桃色の髪を風に靡かせ、窓辺に現れた人物――


「ダメですよ、まだ貴方にはやるべき使命があるんです」


 それは他でもないミレーユだった。

 

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