14話 『取捨選択』
「ん、あの宿に居たのはそんなに長くないってことか」
空に燦々と輝く太陽らしき恒星を見て一言。
まだ外は全然明るく、活気を纏っている。トカゲや馬面の生物が二足歩行で行くのを見ながら、自身も歩き出す。
「門前か、多分こっちだよな」
大きな鐘がぶら下がっている城壁の方向に歩き出す。その中、俺は『手帳』に書かれた未来が脳裏に過ぎる。
「女性が自殺、どうする……」
どちらをとっても後悔するルートにある以上、選ぶ方はその後悔が少ない選択に決まっている。が、詳細が無い。具体的な事象が書かれていない。
「……無視したい」
一旦の結論として出したのはそれだ。
現場に行けば間違いなく厄介事に巻き込まれる。警察署的な場所に拘束されでもしたらミレーユとサラディンに行けない。
というより俺は正式に国外追放的なものを宣告されている。本日付けで退去を、って感じで。
だから無視を――そう思ったが本当にそれで良いのだろうか。救えた命を捨てるという決断。果たして正しいと言えるのか。
『街中で女性が首吊り自殺をし、死んでしまった』
『手帳』を取り出し歩きながら見つめる。その時、ポタっと赤い液体が石畳に落ちた。続けて二滴目、真上から?
眉間を寄せながら上を見るが何も無い。あるのは青く澄み渡った空のみ。だとしたらどこに?
出元は俺の鼻だ……。
「やべっ、鼻血だ。下を向きすぎたか?」
パーカーの袖で血を拭い事なきを得る。と思ったが直ぐに引くものではなく拭っても拭っても垂れてくる。
「疲労かな、鼻にティッシュ詰めとく……って思ったけど無いしな」
生憎ポケットに常にティッシュを入れておくという女子力高い系男子ではない。
とりあえず袖を鼻に当て続け、血が滴ることのないようにした。助けるか、見捨てるか……未だに迷う。
※※※※※※※※※※
一方その頃、トウマが立ち去った王宮内では、ジュラルが息を切らして廊下を走っていた。
「ヘルメス殿!」
バタンと扉を開け、血相を変えて飛び込むジュラルに考え事をしていた最中のヘルメスは驚きながらも落ち着くように諭す。荒い呼吸を抑えながらジュラルは口を開く。
「トウマ殿が、『正理機関』と密会をしていました!」
「なに、トウマが?」
「加えてミユ様を差し出すとハッキリと口にしているのを耳にしましたっ!」
「トウマが……いや、彼はそんなことをする人間ではない。王宮を去るという決断をしたのは彼だ、復讐をするはずが――」
「いえ、あの時の目は狂気に呑まれたもの。陰ながらにそれを数回確認しました」
ジュラルの報告を受けてもなおトウマを信じジュラルの意見を否定するヘルメス。さらに畳み掛けるようにジュラルは、
「出自不明の青年、よもや間者であることがバレたが故に我々を始末しようとしたと考えられますぞ」
それでもヘルメスは首を横に振った。ジュラルの猛攻はまだ終わらない。
「ヘルメス殿、誰かも分からない人間ですぞ。全て覚えていないの一点張り、それが正気を保った人間だと思っているおられるのか!」
黙りこくったヘルメス。それでも尚、ヘルメスは首を縦には振らない。何がそこまで、彼を、国の重鎮であるヘルメスを思い悩ませているのか。
「ジュラル、僕と君が知り合って何年経った」
ようやく口を開いたかと思えば過去の回想を始めようとするヘルメス。
「まさか話題をすり替えようなどと――」
「微塵も思ってないよ。ジュラル、何年だ」
「……十一年です。貴殿と関わりを持ち、それくらいの月日が過ぎました」
「十一年、その間僕は身も心も大きく変化した。僕だけではない、子供の殺す知り合いであった兵士も年老いて引退し、顔見知りが減った。皆が顔にシワを増やし、骨を脆くし、老衰する者もいる。そんな中、僕は一つ君に言いたいことがある」
陽光が射し込む窓をバックにヘルメスは立ち上がる。その瞳はナイフよりも鋭かった。
「君は何も変わっていない。僕が子供の時に見た時のように。ジュラル、君はトウマの変貌を見たと言ったね」
「ええもちろん、見ましたとも。この目でしかと確実に」
「ではトウマに実際に聞いたんですか? 彼の考えを実際に。『正理機関』ともなれば各々が所持している『能力』の力によるものだと想定もできます。これを聞いてもなお、本当にトウマがやったことだと言えるんですか」
「……それは分かりませぬ」
するとヘルメスはパッと表情を柔らかくし微笑する。ジュラルの肩をポンと叩き、
「なら本人に聞く必要があります。僕はこれから長く王都を離れます。このように先入観に囚われ、事実を蔑ろにしないように気をつけてください」
そう言ってヘルメスは部屋を立ち去った。尚もジュラルは納得しないような表情を浮かべ、手に力を込めていた。やがて爪のくい込んだ痕の残る手で、剣の柄を握った。
※※※※※※※※※※※
「ちっ……マジで止まんねぇ」
あれから数分、袖を鼻に当て鼻血を拭っていたが止まることを知らずに垂れる血液にトウマは困惑していた。
『手帳』を見たあの時より止まらない。もしや、あと一回見たら鼻血が出るようになっていたということは無いだろう。
「ミレーユが来るまで待つしかないか」
既に袖は血を多く含み真っ赤に染まっている。先程不注意で『手帳』の表紙にも落としてしまった。だが、良い味が出ただろう。もともとボロボロだったんだ、古ぼけた感じの方が俺は好きだ
鼻血に気を取られていた時、トウマはドサッと通行人と肩をぶつけた。
「おっと、すみません」
「いいえ……大丈夫です。こちらこそスミマセンデシタ……」
「――っ!」
こちらを見たその人。顔を見てトウマは少し仰け反った。やつれた顔、真っ黒なクマ、縮れた金髪とボロボロの服。髪の長さから女性だと判断した俺は言葉が出なかった。
あの人からは死の臭いがした。歩く度に死の足跡を残す女性。俺は追おうと振り返ったが、既に人混みに消えていた。
「やっべぇ!」
彼女が向かった先を行き、俺は血眼になって捜したが見つけることはできなかった。『手帳』に行先は……書いてるはずも無い。こいつはただ不幸を移すだけの鏡だ。ならば行くしかない、目の前で人が死ぬこと程胸糞悪いことはない。
加えてそれが救えた命であり、自分が少しでも関与していることなら尚更……。
「だぁあ! クソが! 大人しく帰らせろってんだ!」
強く地面を蹴り、鼻血のことなど忘れ自殺するかもしれない女の後を追った。




