13話 『次なる目的地』
とりあえずひと段落ついた。ミレーユが割ったガラス片を全て集め終わり、地面の掃除も完璧。まぁ彼女は現在エーレという女将にこき使われているが……。
一人となった俺は椅子に着席し『手帳』の中を確認する。作業中、こいつが再び光ったのだ。毎度毎度光を放たれては気が気ではない。人前で開けないというのに、もっと場をわきまえて欲しいものだ。
『街中で女性が首吊り自殺をし、死んでしまった』
まるで報告しているかのような文体。
俺はため息混じりに言う。
「首吊りって、そんな真昼間にするもんなのかよ……」
『一. 見殺しにする。但し必ず後悔する展開が待っている』
『二. 自殺を中断させる。但し必ず後悔する展開が待っている』
「んん?!」
俺はもう一度初めから読み直す。
だが、一言一句間違いは見つからなかった。
どちらをとっても俺は後悔することに変わりはないとこいつは言っている。
どちらのルートも正解は無い……。
だが、名前も知らぬ女性だ。なぜその人も助けなければいけないのだ。俺の帰還方法についての変化はないのか!
『手帳』を握る手に力が入る。クシャッと紙がよれた。直後、『手帳』から鮮血のように赤く冷たい光が放たれ、部屋を覆った。
咄嗟に目を覆い固まること数秒、光は手記の初めのページの中に収まった。
『トウマ・カガヤが現代に帰る方法』
『一. 転移魔法陣を完成させ魔力を注ぎ込む。もしくは今すぐに帰る代償として全ての記憶を失う』
『二. 魔王と契約を結ぶ』
「魔王、だと……?」
一の選択肢はともかく二の選択肢が焦点を集めた。魔王、異世界もので必ず出てくる異形の怪物。それと契約をしてどうする……。肝心な点は何も書かれていなかった。
大きなため息をつき、先程のページに戻ろうとした瞬間、
『ペナルティ発動、本日一日は魔法の使用を禁止します』
「……あ?」
脳内に直接語りかけられた声がそう告げた。ペナルティ、どういう事だ。俺が何かやったのか。その理由を解説してもらわなければ俺にはどうしようも無い!心の中で『手帳』にドンっと拳を叩き込む。すると、
『帰還方法を確認する度、ペナルティを与えます。そう簡単に扱うことができると思ったら大間違いです』
「ざっけんな! なんで被害者である俺がそんなもんを喰らわなきゃいけないんだ!」
『そういう制約ですので。これ以上は答えられません。また何かあればお呼びください』
「あ、おい! 待てよ!」
フッと脳内にあった気配のようなものが完全に消去された。
俺の歯ぎしりをする音のみが残された。
ふざけんなよ、制約とやらのせいでこちとら辛い思いをしてんだ。一から百まで説明しやがれってんだ。
「使う度に後味悪いもん残しやがって……!」
だが、こいつがいなければ既に死んでいる可能性は……別にない。手記のせいで何もかも狂っていく。ならば切り捨てるべきなのだが、何故だろうか。それは絶対にするべきでないと俺の直感がそう言っている。
その時、部屋の扉が開けられた。
中に入って来たのは息遣いを荒くし、疲労を顔に浮かべるミレーユだった。
「疲れたぁ……」
「お疲れ様」
先程の感情はしまいこみ、ニコッと笑顔で彼女を出迎える。ベッドに倒れ込み狼狽える様はOLそのものだ。
俺は「疲れているところ悪いけど」と話を切り出す。彼女は「どうしたんですか」と首だけをこちらに向ける。
「俺、そろそろ出ようかなと思います。長くお世話になるのも申し訳ないので……」
「そうなんですか……と言っても私も今日から街を出るんですけどね」
何という偶然。
話を深堀してみれば彼女はこの宿屋で住み込みで働いているだけとのこと。彼女が旅をしている中、この王国にたどり着き、疲労と空腹で倒れていたところをエーレに救われ、恩返しとして手伝いをしている、と語った。
「次は隣の魔法都市に行こうかなーって思ってるんですよ」
「魔法都市……!?」
「はい、魔法都市サラディン。魔法の最先端技術を学ぶことの出来る魔術師にはうってつけの都市です。学びたいのであればあそこ以外ないですね、まぁ私は別の目的なんですが」
魔法の最先端、サラディン。
先進の都市であるそこにいけば転移魔法のことについてより発展が望めるかもしれない! なんなら運が良ければ魔法陣の完成にまで持っていけるかも!
俺は食い入るように彼女に近づき、小さく柔らかい手を握り、
「俺も、ついて行って良い?!」
許可申請を申し出た。
驚いた彼女は目をパチパチさせ、ゆっくり「えぇ構わないですけど」と頷いた。
「よしっ!」と大きくガッツポーズを決めた俺、対照的に彼女はポカーンと口を開けたままだった。
来た来た! 最高の展開だ! 魔法の最先端技術が集約しているなら確実に帰還法に進展がある。そうなれば、晴れて俺は現代に帰還できる!
有頂天となり未来に希望を見出す俺に対して彼女は少し暗そうな雰囲気だった。
「どうかしたのか、女将さんに何か言われちゃった?」
「え、あ、ううん! 違います違います! 自分の行いのせいなので!」
無理やり笑顔を作り調子を保とうとするミレーユ。薄桃色の髪を指で弄ったり、視線を逸らしたりと何か思うところがあるようだ。あまりその事について触れるのは辞めておこう。
「出発はいつにする?」
「そうですね、夜の時間帯に移動するのは野暮なので日が昇っているうちに出たいところですね」
「よーし! そうと決まれば早速! サラディンに向けて出発!」
胸を大きく張り、船長のように指を差す俺を見てミレーユはクスッと笑う。
「良かった、本当に元気そうで。占い師の言う通り、活力のある人です」
「占い師?」
疑問を投げかけると彼女はまたしても伝えそびれがあったと口にし、慌てて語り出した。だが省略をして簡単になんてことはせずにミレーユは一つ一つ丁寧に女神のように優しく語ってくれた。
「なるほど、じゃあミレーユはその人の言葉を信じてあの路地に来たんだ」
「はい、街で当たると評判だったので信じて正解でした」
いかにも胡散臭そうなものを良く信じたものだと思いながら頷く。というより、本当に純粋な子だ。一人暮らしの大学生だったら絶対に宗教勧誘とか変な壺を買わされるに違いない。
「それで、あの狂人は……」
「あの人は、直ぐにどこかに行きましたよ。何か、ミユ? って人を捜しているみたいで」
「――っ!」
指先の爪が手の平に食い込む。
あの野郎、まだ捜してんのか。
だが、問題ないはずだあそこにはヘルメスがいる。『言霊の神』だなんていう二つ名を持ってる人間が傍にいるなら無事だろう。
「じゃあ私、色々と準備してくるので先に門まで行っててください」
「分かった、待ってるよ」
ゆっくりと閉められた扉。俺は再び一人となった。忙しい。昨日は二回死にかけて、今日は国を追い出されて……休まる日がない。
が、それも全ては俺が帰るための過程。これで帰れるんだったら何だってしてやるさ。
俺は立ち上がり、扉を開けて部屋を後にした。




