11話 『運命の出会い』
「とりあえず喰らえ! メ〇!」
裏路地で某ゲームの呪文を唱えながら俺は火魔法を使う。全身から魔力を集め右手で火玉へと変身したそれは重力を無視し女目掛けて飛んだ。
「ヒラリ!」
ドレスを思い切り揺らし、効果音を自分でつけながら軽々と火玉を避ける。
が、これが当たるとは微塵も思っていない。カーテンを広げるように手を動かすと、それに沿って炎玉が作られる。
数は、とりあえず多ければ良い。
後はそれぽっく放つ、だけだ!
「これでどうだ!」
「ヒラリ! ヒラリヒラリヒラリ!」
危機迫る中、どこか嬉しそうに笑みを浮かべ炎の応酬を躱す。時には壁、地面にトカゲのように張り付ついた。それにより外傷はゼロ、なんじゃそりゃ!
「馬鹿げてやがる……ファンタジーめ……」
「うふふ、もういいどぅえしょう? 貴方と私では勝負にもなりませぇーん」
だったら逃走を、と思い身を翻したがまたしても女が蜘蛛のような足さばきで正面を塞ぐ。すぐさま反転し、走り出そうとしたが今度は自分の股下を通る女。しかもニンマリと笑みを浮かべているではないか。流石に堪えきれず、未だに小刻みに揺れる足の震えを吹っ飛ばすように叫ぶ。
「きんもっ!!」
「あらー、女性に対してそれはあんまりでは?」
「まぁ、余興はここまで――」
刹那、女の纏う空気が一変。全身から煙のように殺気が漏れ出し、闇のオーラを滲み出す。
奥底に無理やり沈めた怖気が、刺激される。そんな気がした。
「貴方、ミユ皇女と会ったことがあるんじゃあないんどぅえすか?」
「誰だか知らねぇな……ま、迷子なら迷子センターに行けよ」
「せんたー? 何を言っているのか分かりませんが、嘘はバレバレ。私の前で嘘は通じませんからねぇ?」
言葉が終わらないうちに、背後から気配がした。パッと振り返って見るも誰もいない。今度は右隣で気配がした。首を曲げるが誰もいない。
今度は左、上、下と縦横無尽に気配が移動する。
心の奥の奥まで覗かれているような感覚。冷や汗がスーッと走る。
「私の『祝福』は心読み! 相手のありとあらゆる内情まで把握することが出来る至高の能力!」
大々的に手を広げ、落ち着きのない様子で自身の能力説明を始める女。
「一度読み切ることが出来れば後は易々と内側に侵入できるっ! 私の前では嘘はつけません! 何故なら私が貴方の人生というベールを剥いでいるからどぅえす! 内側に入りやることは単純明快で、明々白々!!」
するとピタリと動きが停止し、ヌルッと前に出る。口角を大きく上げ、手を前に差し出して言うには、
「――私の手駒となってもらうのどぅえす」
嬉々としていた声色から低音で無情な響きが俺の耳を捉える。生存本能で、一歩後ろに下がる。心臓がうるさい。拍動一つする度に「逃げろ」と叫ばれている気がする。
逃げれるものなら逃げたいさ。だがこいつと遭遇してより、『手帳』の制限時間は全てゼロとなり、何をしようがその数字はゼロ以外にならない。
「その手駒は貴方――ではなくミユ皇女なのどぅえす! ここに連れてきて貰えれば、貴方は用済み。どこへでも行くがいいどぅえす!」
『ミユを犠牲にし生き残る』
「差し出せば、生き残れる……」
別に、別にいいんじゃ、ないか?
だって俺はもうここには居られない。広大な世界に出れば、もう二度と会うこともない。時が経てば皆が忘れ、俺の罪も浄化――悪くはない、かもしれない。
だが、人の命を犠牲に生きることは善なのか?
果たしてそれは正解なのか?
ミユを思い出せ。
あんな無邪気で幼い女の子を担保に俺は助かる。
俺が助かればあの子は地獄行き。
さすれば俺は王国中から命を狙われること間違いなしだろう。
しかし、その前に魔法陣を完成させれば良い。それが出来れば俺は――
「本当に、助けてくれるのか?」
「えぇもちろんどぅえす! 貴方がそうしてくれるのなら貴方は見逃すどぅえす! ですが断れば、殺すっ!!!」
「ひっ……!」
あの時と同じ、昨日襲われた男と同じ臭いがする。目は見えないが、殺る目をしているに違いない。
いいんじゃないか? 俺は帰らなければ、あの二人のためにも――
「誰、だっけ…………?」
年老いてる二人、親戚の、違うな。もっと身近、隣の廉次郎じいちゃん、じゃないな。あれ……誰だっけ。
あれあれあれあれあれ? なんで、思い出せないんだ? 初めは、この世界に来るまでは覚えていたはずなのに。
「おぉっと、これは失礼『名乗りを上げる』ことを忘れていました。
初めまして私は正理機関『ヒュドラ=エン』のアメル・セクトどぅぇす!」
「というかあれれ? もしかして悩んでるんどぅえすか? なら仕方ないどぅえすね、より深ーい『恐怖』に落としあげるどぅえす!」
「恐怖……あぁそうだ!」
笑顔? こちらを振り返る二人を思い出した。だが、顔に強いモヤがかけられ上手く見えない。顔はどんなだったか。
いや、良い今は。大事なのはここを生き残ること。そうでないと、俺は帰ることすら出来なくなる!
ヒールの音が、路地を包む。気が付かぬうちに数メートル先というところまで迫っていた女。悪魔が俺に囁いた。あんな命、くれてやれば良いと――
「分かった、分かった。差し出す、くれてやるよあのお節介」
俺は、その悪魔の囁きに乗った。
「おやや! 本当にどぅえすか!」
「あぁくれてやるよ。そんなに欲しいなら俺が連れてきやるよ。抵抗なんかしたら死体になるかもだけどな」
「良いどぅえす! 死体となったとして私が愛でて育てるので問題ないどぅえす!」
「但し、俺は絶対殺すなよ。殺すつもりなら俺は絶対に連れてこない」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
女は半狂乱になりながら、
「殺したりなんかしないどぅえす! なんなら血の契約をしても構いませんどぅえす!」
「んじゃここで待ってろ。無理やりにでも連れてきてやる」
そう言って俺は女の隣をスっと通り抜けた。
良いのかって? 良いに決まってる。生きるためだったら何だってするのが世の常だろう? 他人の命を踏みにじってなんぼものさ。虐げられる人間が悪い。
「あんなにも簡単に乗っ取られるとは、柔らかい心どぅえすねぇ」
路地の入口を踏んだ瞬間、
「おや、人の気配が二つ」
「――待ってくだはい!」
入口と正反対の方向から現れた一人の人物。台詞を少し噛み違える何とも言えない場違い感。自身もその間違いに気がついたのか少し頬を赤らめながら走る。
普通なら思わず振り返ってクスッと笑うのだが俺は振り返る事なく王宮へと歩みを進める。
「あら貴方は誰ど――ギャ!」
「急いでいるのでごめんさい」
現れた人物は通りすがりに問いを投げる女に魔法ではなく拳を入れる。一直線に走った先にいたのは――俺だった。
追いついた瞬間、肩を掴み自身の方へ向かせる。
季節を表現しているかのような薄桃色のロングヘアー、透き通る水晶のような薄青の瞳を大きく開き俺を見つめた。卵の表面のようにツルリとした肌には毛穴など存在しない。特筆すべきは背中に鳳凰のような生き物が刺繍された衣。
彼女は俺の顔を間近くまで寄せると、マジマジと観察するように見て一言。
「やっぱり操られてますね……なんて酷い」
「離せ! 用があるんだ。急がないと俺は――」
「お静かに……今はお休み下さい」
彼女が俺の額に手を当てた。暖かい温もりを感じる手だ。フワっと柔らかい光が見えた直後、急な眠気に襲われ全身の力が抜けた。そのまま全身の体重を彼女に預け、俺の意識は闇に落ちた。
「わわっ」と声を洩らす彼女は地面に俺を寝かせ、ら全身を掻きむしっている女に振り返る。
「なんて非道なことをぉぉぉぉおお!!!」
「非道なことは――なた――代わって――」
「だま――殺――ねぇぇ――!」
「俺の異世界……ライフには……ほのぼのは無い……のか、よ…………」
嘆きを一つ入れながら、瞼を閉じて行く。
俺を助けてくれた女性と怪物女が戦いを始めようと向かいあった直後、俺の意識は闇へと落ちた。




