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9話 『突然の退場』

 過去の記憶を読まれてしまった以上、『手帳』の内側には何が書かれているかを隠す必要はない。

 俺は『手帳』を広げ、記述を確認する。中を見られた場合、どうなるかは一目で分かる。


『トウマ・カガヤは明日、死亡する 』


 変わらぬ一文を見て安堵の息が口から出た。

 いや、安心は出来ないがそれでも力を貸してくれるという精霊が早々に死ぬことが無いのは幸いだ。


「お前、あんまり勝手な真似するなよ」


『はい、以後控えます』


 本当にそうしてくれるのか不明だが、今それはさておき、明日に備える必要がある。

 取り出した転移魔法についての魔術書を元の場所に戻し俺は図書館を後にした。



※※※※※※※※※



 長い廊下に石畳を叩く音が響く。

 俺はヘルメスを捜し、広く迷路のような王宮を歩き回っていた。


 とある角を曲がった時、二つの人影を見つけた。俺が見つけたと同時、その二つの影もこちらを見て、一人が猛ダッシュしてきた。


「トーマ! おはよー!」


 紫紺の髪を揺らし満面の笑みでやって来る猫耳の女の子。無邪気な笑顔と挨拶を振りまきながら彼女は飛びつく。スリスリと顔を擦り付ける様は本物の猫のようだ。


「お、おはよ。朝から元気だな……」


「もー! どこ行ってたの、ミユが迎えに行こうと思ってたのに」


「調べ物があって図書館に」


 他愛もない話をしていると、後ろから着流しを着た初老の男性が姿を現した。彼は俺を見ると胸に手を当て一礼。そして、


「ヘルメス殿がお捜しです。こちらに」


 願ってもない展開だ。こちらから捜す手間が省けたことに俺は内心ガッツポーズを決めた。

 言われるがまま彼の後について行く。隣にはハムスターのように小さな手を俺に重ねて歩くミユいる。


 たどり着いた場所は今朝まで俺が留まっていた部屋と同じ扉をした部屋。


 しかし中は全くもって似つかない。

 重厚で銀に輝く甲冑が無数に並び、その手には真剣が握られている。それが俺を見下ろすように配置されているため、息苦しい。


 部屋の正面、テーブルにヘルメスはいた。「やぁ」と軽い挨拶を交わす彼。今朝のことは根に持っていない、と見た。


 ジュラルとミユは部屋の外で待機。彼女は離れたく無さそうにしてたが……。


「調べ物は出来たかな」


「お陰様で捗ったよ。本当にありがとうな」


「それは良かった。早速本題に入る。君と別れた後、陛下に呼ばれて君の処遇について話をしてきたんだ」


 処遇、まるで俺が悪いことをしたような言葉。

 と言っても正体不明の人間が盗賊なんかと一緒にいればそうなるか。


「結論から話すと正体不明の君を長くは置けない、とのことだ」


「え、じゃあ俺は――」


「申し訳ないけど、ここを去ってもらうことになった。陛下は今すぐに結論を出せと仰せなんだ」


 背筋をそっと冷たい何かが走る。

 突然の退去命令。俺が怪しすぎるとはいえ、それはあんまりにも酷ではないか。


 右も左も分からぬ赤子のような存在の俺を追い出す。結果は言わずとも分かる。犬死、だ。


「……っ!」


 明日、死ぬと予見された。

 その未来を歩むことなった原因はまさか、今朝の会話――。あの時、少しでも正体を明かしておけばこうはならなかった?


「陛下の詔となれば僕も従わざるを得ない。君は今日今すぐに国外に発ってもらう必要がある」


 俺の心の中で何かが音を立てて崩れる。同時に手の力が抜けた。

 となれば俺はどうする。犠牲を出さず魔法を使えるようになったとはいえ死の未来は変わらない。希望を求めて目の前にいる人間を頼ろうとしたのに――こいつときたら、


「本当にすまない。陛下に進言したのだけれど……」


「いや、お前は何も悪くないよ。傷も治してもらって命も助けてもらったんだ、充分だ」


 俺の口から出るのは罵詈雑言、ではなく仕方ないという言葉のみ。

 面を倒し、口を紡ぐ。俺の立てる歯ぎしりのみが部屋に響く。


 死に方は……不明か。そこまで親切な『手帳』ではない。あいつは死の報告書だ。

 俺が部屋を立ち去ろうと椅子を引いたその瞬間、


「――もしも、君が自分のことについて話すのならまだ救いはある」


 食い入るように俺はヘルメスを見つめる。

 自分のこと、それを話せば――。

 口内に溢れた唾を一気に飲み込む。俺は一切を話そうとした、が


『異世界……転生、者……排除法……おめはいつか、それで……死、ぬ…………』


 俺を襲った男の最期の言葉がストップを掛けた。

 もしや、と俺は半歩後ろに下がってしまった。

 ゆっくりと、視線をヘルメスに動かす。何を見ているのか分からないヘルメスの瞳。そこに救いを差し伸べる仏のような閃光――は無くあったのは冷徹な刃のような鋭い目つき。


「――ひっ!」


 ブワッと全身に汗が噴き出した。

 脳裏に過ぎったのは、彼が俺を殺す――


「どうするトウマ。ここに残るか、それとも立ち去るか。さぁ好きな方を選ぶといい」


 息苦しい。胃に重りが沈んでいるように気が滅入いる。

 穏便で優しい彼が、俺を……。そう思うと俺の瞳に映るヘルメスは化け物に変身した。


 滲み出る狂気を前にした俺は、


「立ち去る、今すぐに……!」


 返答を聞いたヘルメスは目を少し見開き、俺を見つめたまましばらく動かなかった。その間、彼が何を考えていたのか俺は知らない。

 信用出来ない。

 俺は昨日に続き、二人の人間に裏切られた。

 逃げる、すぐに。優しい仮面を被ったこの狂気的な人間から――


「立ち去る、のか。分かった、今日か明日のどちらかは分からないが……達者で」


 狂気をしまい、悲観的な言葉の代わりに顔にそれを出すヘルメス。送迎の言葉で締めくくる彼を前に俺は早々に部屋を立ち去った。


「トウマ殿!」


 呼び止めるジュラルの言葉を耳に入れず、俺はズカズカと歩いた。

 歩く度に、胸がギュッと締められる。後ろから追いかけてくるミユに言葉もかけず俺は走り出した。


「早く……早く帰らないと」


 下を向き、帰りたいということだけを考え走った。その時、またしてもポケットが光った。


「――ッ!」


 結末は、死の未来はどうなったのだ。今度は誰のことについて――。

 手が勝手に動く。『手帳』を取り出し、黄ばんだ紙を捲る。スラスラと未来が記されていく。たった今、目の前で更新された、というわけだ。


『トウマ・カガヤは今から一時間五十四分三十七秒後に死亡する』


「なんで……っ!!」


 走ることも忘れ俺はその内容に釘付けになった。殺される未来を避けるため正しい選択をしたはず、なのにどうして!


『一. ミユを犠牲に生き残る』

『二. 自分もその仲間になる』


 今度は掲示された選択肢。仲間になるという新たな分岐。俺が迷っている間、手帳に刻まれた制限時間は減少していた。

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