0話 『凡人冬馬輝』
俺は今年十七歳になる高校二年生冬馬輝。今は家族(おじいちゃんとおばあちゃんの二人)と一緒に花見に来ている。
年度も代わり、学年が一つ上がり、新しい環境、目標で真新しい年度を過ごす四月。
その念や日頃の疲れを癒すために、川のほとりで毎年満開の桜を咲かせる有名な某所にやって来た。
大勢の人で溢れ、場所取りに苦労したが桜の花びらを運ぶ川と一つの大木の近くを陣取ることができた。
雰囲気に合わせた桜のレジャーシートの上でランチを取った後、俺は靴を履き立ち上がった。
「輝、どこに行くんだい?」
「ちょっと川の近くまで、遠くには行かないよ」
「気をつけてな。人が多いから目印を忘れるでないぞ」
「目印?」
「ワシじゃよ」
そう言って髪がほとんど生えていない自身の髪を指させた。フッと軽く微笑し、その場を後にした。
七十近いおばあちゃんはやたらと過保護だが、厳しい一面も持ち合わせている。
門限がちょっと過ぎただけで家を追い出されたり、課題をやっていなかったりすると飯を抜かれたこともあった。
その都度助け舟を出してくれたのがおじいちゃんだ。
戦争経験者であるおじいちゃんは足が悪く、基本的に車椅子で過ごしている。
たまにリハビリだとか言って杖を頼りに歩いていることもあり、「やめておいた方が良い」と何度も言うが笑って受け流されるのがオチだ。
「ん?」
川のほとりに、と伝えたが俺は道中にどこに続いているのか分からない小道を見つけた。
その道は草木が生い茂り、整備されていないものでけもの道のようなものだった。
「こんな道、あったっけ……」
不思議な道を見つけると危険を顧みず立ち入ってしまうのが男であり、人間だ。
俺は躊躇なく中へと入った。
※※※※※※※※※
しばらく歩きふいに後ろを振り返ると、花見に夢中となり賑わっている大衆が目に入った。
「道は塞がってないから大丈夫だな」
そのまま木の葉が落ち、鬱蒼と広がり光も通さぬ木々がどこまでも続いていた。
葉の道を道なりに行っていると空気が冷たくなり、キーンと耳鳴りがし始めた。
「新品的な場所とかだと耳鳴りがするって聞いたことがあるけど、まさかな」
パーカーに落ちた葉を振り落としながら周囲を再び見てみると、まさに樹海。
緑の海が広がり、夜のように真っ暗になり始めた。
光を通さぬ、と言っても微かなものはあるはず。
しかし、ここは本当に光も通さず暗闇の空間に放り出されたようであった。
「あれは、長椅子?」
ポケットからスマホを取り出したライトを頼りに見渡すと凛とした雰囲気を放つ椅子が一つ。
大理石のように真っ白なそれが気になり、俺はそこに座った。
フーッと通り抜ける風を身に浴び、静かに目を閉じる。
何も無い、無意味な時間が過ぎるのみだが、人のいない静寂の場。それによって心身ともに浄化されているかのようだった。
そのまま数分の時間が過ぎ、やがて――
「眠いな……」
睡魔が襲ってきた。
脳はこの場所を安全と判断したのだろう。
だが、長椅子を全て使うのはマナー違反だ。
俺は腕を組み、直立したまま睡魔に意識を預けた。
不思議と気持ちが良く、寝ることは難しくなかった。
『――れか、――んだ。おね――い、助け――』
あぁ眠い。昨日遅くまで起きてなかったんだけどな。
『こ、れ――たく――』
誰か、何か言ってる?
夢だろうか、いやまだ起きれる気が、する……。
『――が君を助けよう』
『転移――スキル――を与え――』
何も聞こえない。
死ぬ時って、こんな感じなのかなぁ。
俺はそのまま長椅子に倒れ、完全に意識を離した。




