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『政治論』と『人生論』と『文学論』は全く違うものである


政治と人生と文学は、似ているようでまったく違う原理で動いている。これを混同すると、たいてい不幸になる。


政治とは何か。端的に言えば、日本国の最大幸福を願う技術である。そこには個人の美学や感情よりも、数と制度と持続性が優先される。誰か一人が気持ちよくなることではなく、多くの人が致命的に困らない状態をどう作るか。そのためには妥協も必要だし、理不尽も飲み込まねばならない。政治に「純粋さ」を求める人がいるが、純粋な政治など存在しない。存在するとすれば、それはだいたい独裁の入口である。政治とは、夢ではなく後始末の学問なのだ。


一方、人生は政治ほど肩肘を張る必要がない。人生の目的は国家の最大幸福ではないし、社会正義を一身に背負う義務もない。人生とは、足るを知り、ほどほどに頑張り、ある程度怠けて、幸せを満喫するものだ。全力疾走を美徳とする言説は多いが、あれはだいたい過労死する側ではなく、使う側の論理である。人生は長距離走であり、途中で座り込んで空を見上げてもいい。むしろ、その無駄な時間こそが、生きている実感を与えてくれる。


そして文学は、この二つと決定的に違う。文学は「ほどほど」でやってはいけない。文学は前衛的に、攻めて、攻めて、攻めまくるものだ。常識を疑い、社会を疑い、時には人生すら踏み越える。政治的に正しいか、人生的に健全か、そんなことは文学の関心事ではない。文学が目指すのは幸福ではなく、真実でもない。ただ「まだ名前のついていない感情」を言葉にすることだ。そのためには破滅も孤独も引き受けねばならない。


政治に文学を持ち込むと社会は壊れる。人生に文学を適用すると身がもたない。文学を人生訓にしようとする人が多いが、それは毒を栄養剤として飲むようなものだ。それぞれは、それぞれの場所で機能すればいい。


政治は冷静に、人生は適当に、文学は狂気で。三つをきちんと分けて生きられる人間は、案外少ない。しかし、だからこそ、分けて考える価値があるのだと思う。


これを混ぜてしまうと、なんだかわからんことを言っている人になる。日本人でここが分かれている人が非常に少ない。自分でもわかっていない人が多い。ま、大抵の人は、作家じゃないから良いのであるが、ものを書く時に、これをわまえないと、メンヘラみあいになってしまうので、気をつけた方がいい。何よりも我々は自分を労らないといけない。

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