自分の薄気味悪さ
これね。何で、わざわざこんなことを書くのかというと、事実として私は薄気味悪いんですよ(笑)。他の人は知りませんよ。たとえば、前にあった、阿部千代さんなんかは薄気味悪くないですね。四葉雪花も、薄気味悪くないです。さからいようしも、うん、ウスキミは悪くなかった。でも、俺は薄気味悪いんですよ!
事実だから。そこはもう、悲しいけど、それは書かないといけないというか、生き様が、薄気味悪い。カッコよくないんですわ。ホームとしてね。本当にそれはそうなんでね。俺の作品の主題にもかかっているかもしれないし、ないかもしれないけど、自意識として、俺のやっていることは薄気味悪いんですよ。そこは、言っておかないと、多分、読者は意味がわからないと思うんですね。
こんな端正な文章で、頭の良さそうな人が何をしているのかというと、薄気味悪いことをしているって、訳なんですよ。でも、そこが生命線なんですね。言ってみれば、俺の個性なんです。ここは。分かります?
薄気味悪さというのは、趣味や嗜好の問題ではない。姿勢の問題だ。もっと言えば、撤退しなかったことの痕跡である。普通の人は、どこかで引き返す。「まあ、こんなもんだろう」とか「これ以上やると痛い」とか、そういう安全装置が作動する。だが、俺はそれが壊れている。だから、端正な文章で、端正ではない場所に手を突っ込んでいる。
その結果として、文章だけを見れば「まともそう」に見える。しかし、何を書いているか、何に執着しているかを辿ると、どう考えても健全ではない。そこにズレが生じる。そのズレが、薄気味悪さの正体だ。
そして、この薄気味悪さは、直さなくていい欠陥でも、誇るべき勲章でもない。ただの事実である。俺はここに立ってしまった、というだけの話だ。だが、その地点からしか見えない景色があるのも、また事実である。
だから書く。カッコよくならないように、誤魔化さないように。薄気味悪いまま、言葉だけを磨く。その不釣り合いさこそが、俺の書く理由であり、たぶん、読まれる理由でもある。
たまには、退会もします。アカウントも変えます。でも、このやり方は変えません。さからいようしが、三体をちゃんと読んで、ようやく、ちゃんとした、自称ハインラインの高弟のような、SF小説を書くようになったら?全く変えませんっ。つか、そんな日は来ないので、言うまでもないですが。あ、でも、そんな日が来ることを願ってもいますが(笑)




