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我と汝とそれ 2


 私は「なろう」で、定点観測というか、「あっ、こいつバカだなあ」というのを数人調べているのであるが、ある人物は、エッセイみたいな独語みたいな気持ち悪い文章を延々と書いている人で、私はそれを「踏み台昇降みたいに無限に進まない」と感想欄で書いてしまったが、


 多分、彼は私が彼のことをバカだと思っていることを知って、私が何を書いても激おこプンプン丸なので、私は相手を付け上がらせるのはダメなので、何も書かないでいるが、


 多分相手は「お前は寂しがり屋だから、俺にものを書いてくるんだ」と言ってくるだろう。相手がそう言うふうに、論理展開してくると、否定ができなくなってしまう。そういうとこなのだ。多分やつは、自分こそが一方的な人間で、他者との対話を否定している、ということを全く自覚していない。


 彼の作風が問題なのは、「我と汝」があって、「それ」がないことである。「それ」というのは、科学的な見地による物理的な対象物のことであり、「それ」を身体性とも他者ということもできる。これは、コインの裏表である。


 それがないと、話は延々と「神との対話」みたいに、我と汝のキャッチボールになってしまい、話が進まないのだ。彼の主題は、「生きるのはしんどい」と言うことらしいが、そんなものは誰だってそうであるし、わざわざ、そんなものを延々と繰り返されても、誰も何も思わない。彼の文章を読んでも、「何が原因でしんどいのか」書いていないので、誰も何も判断できないのだ。


 感想欄では「ナルシシズム」みたいに書いている人もいるが、多分、その人は、それを知っていて、そこも書いていないのである。だから、ナルシシズムではないが、気持ち悪い何かであることは確かである。で、そいつをイメージしてこのエッセイの、この文章を今書いているのだ。


 多分、彼には自分の文章を書く根拠のない自信がそれをさせているのである。それは私にもある。なければ、こんなエッセイを55話近くも書かない。だから、そこは良いとしつつも、私がそいつに感じる気持ち悪さの正体をこのまま追求したい。それが、同時に「我と汝とそれ」概念の追求にもなるのだ。


 というか、彼のやっていることは、一見(←ここ大事)ベケットとかブランショと一緒のようなもの(←ここ大事)なのであるが……そうすると彼は、正面では「そんなことないっすよ」と言い、心の中では、「読者が喜んでいるぞ。もっと言え!そういうの、欲しいっす」って思っていることだろう。そういうとこ!そういうとこが気持ち悪いのである。(続く)


 

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