瞑想って大切だよなあ
朝、起きたての時、いつも頭がスッキリしているので、この時にダーッと千字くらい文章を書いてやろうと思っているのであるが、私の人生と瞑想はついには切り離せないものとなったが、多分、瞑想というものは、寝ると同じようなものではないか。
人はボーっとしていなければいけない時間というものがあるので、その時に「あっ、瞑想しよう」と決意すればいいだけである。私の場合は、冬眠みたいな感覚で使っている。
あと、喋りすぎないということも必要なのかもしれない。喋るということは、対話する相手に向かってする行為であり、それは無理矢理自分の立場を掘り起こされてゆくと言うことであり、つまり、思っていないことを相手によって喚起されることも多いのである。
その例が恋愛であろう。私も喚起されまくりの相手がいて、これは今二つあって、一つは、あと一ヶ月後に会うのであるが、恐らく英語の先生みたいな人で、その人に、エアロスミスの「ドントミスアシング」のことを語らなければいけないと思っている。あれは、「リービングオンアジェットプレーン」のアンサーソングなのだ。そこの関係性を語りたい。あとは、「アルマゲドン」のベン・アフレックについても。にしても、あの女性の神々しいことよっ!
あとは、栄町の扉を開けたバーの、楚々とした婦人がいたので、そこでも語りたい。なんかちゃんとした服を着て、髪型も整えて、何を語ろうというのか。よくわからないが、「はぐれ刑事純情派」の安浦刑事、みたいな感じ、あるいは、「相棒」の右京さんみたいな感じで、何かスマートな感じで相対したい。
それもこれもつまらない妄想であるが、にしても、あの娘も可愛いんだよなあ。Oちゃん。フォルムが、アニメっぽいの。声も若々しくて、聞いているだけで、「うわっ。瑞々しいなあ」って思ってしまうし、他にもいろんな女性がいて、うわっ!うわっ!と思い続けている。
あるいは、フィリピンパブに突撃してしまうかもしれない。そこには、いろんな女性がいて、あき竹城みいな、グレース・マリーという女性がいて、ボディータッチがやばかったりするのだ。ガンガン、舌入れキスもしてくる。いや、してきたっけかな。もう、数年前の記憶なのであやふやである。でも、それよりも一番大きな思念というか、祈念は、「あー。ダイエットしなきゃなあ」ってこと!




