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小説家は哲学が苦手である


 これはもれなくそうであり、私は、正直、驚いてしまうのであるが、たまに、このサイトで会う人で、哲学的センスがゼロの人がいる、というか、とても多いのだ。


 というか、ほぼ100%の確率で、哲学的センスを持っていない。つまり、感情でものを言ったり行動したりする人が異様に多いのである。


 哲学的センスとは何かというと、何も難しいことではない。理性とか反省能力、内省性なのであるが、これが、驚くほど欠けている人が多い。というか、ほとんどなのだ。


 多分、ある意味で、行動力がないと小説というのは、書けないのであろう。小説というものが、そもそも、ものを考える能力とは別のもっと右脳的な操作だからであろう。


 それに、二十代三十代で、内省的な人間なんているはずもない。いるとしたら、たんに、弱い人か、おとなしい人でしかないのだ。


 だが、中年、老人でも、哲学的センスがない人は異様に多くなってきている。私は昔から、まあ、内省的な人間であったが、それでも、ヘマを沢山やらかしている(笑)。


 それは、多分、そのまんま生きていたら、つまんないからであろう。だから、敢えてヘマをしてしまうのである。このエッセイだって、広い目で見ればそんなものであり、人生における蛇足である。


 これを読んでいる皆さんも、ある意味で、重大なヘマをしている(笑)。しかし、せっかくなので、ちゃんと意味のあるものを書きたいとは思っている。


 私はある意味で、哲学的な小説を書きたいのである。世界には、哲学的小説は山ほどあるのに、日本には驚くほど少ない。というか、日本人は哲学とか芸術を馬鹿している風潮さえあるのだ。


 しかも、馬鹿にしている人ほど、哲学とか芸術のことを全くわかっていない(笑)。これは怖いことである。人生生きていれば死にはしない。当たり前のことであるが、だから自分は既に哲学的であり芸術的センスを持っている、と思っている人が異様に多いのである。


 私はこう言う人たちに、あんた方は、馬鹿なんだよということを何回も言いたくなるのだが、黙ることにしている。喧嘩になるからだ。でも、このエッセイでは、色々書いてゆきたいのである。


 感覚や即興や、ノリだけでは、今や、何もできない時代になってしまっている。だが、頭の良いことが。イコール良い人生ということでもないとは思う。それほど人生は甘くはない。


 

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