表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/87

意図的に愚かになって固定観念を打ち払い、感性を最大化せよ!


 意図的に愚かであれ――人生の強度について


賢いとは何だろうか。

それは、人生の中からパターンを見つけ、無駄を省き、ショートカットする能力のことだろう。同じ出来事を同じ意味に回収し、「だいたいこういうものだ」と理解する力。社会を生きるには不可欠な知性である。


しかし、その賢さが強まるほど、人生の強度は弱くなる。


気づけば一日は速く終わり、昨日と今日の区別がつかなくなる。「特に何もなかった」という感想だけが残る。それは不幸だからではない。むしろ、うまく処理できている証拠だ。ただし、そこには手応えがない。人生が圧縮され、平らになってしまっている。


ベルクソンは、時間は流れるのではなく積み重なると言った。同じ一日は二度と存在しない。今日の一瞬には、過去すべてが折り畳まれて含まれている。だが、賢さはこの厚みを削る。「前と同じ」「もう知っている」によって、時間を均一化してしまう。人生の一回性は、こうして失われる。


メルロ=ポンティは、私たちは理解する前に、すでに世界の中にいると言った。意味づける前に、身体は反応している。なぜか気になる、理由は分からないが立ち止まってしまう、そうした身体の引っかかりは、効率の観点から見れば無駄でしかない。しかし、人生の強度は、その無駄な反応の中でしか生まれない。


レヴィナスは、他者は理解される前にこちらを呼びかけると言った。人を「分かった」と思った瞬間、他者は概念に回収され、その一回性は殺される。他者とは、予測できず、交換できず、処理できない存在である。理解の前に応答してしまうこと――それが倫理だと、彼は考えた。


この三人が言っていることは、実は一つだ。


人生とは、

積み重なる時間の中で、

理解に先立って身体が巻き込まれ、

他者によって予測不能に揺さぶられる出来事である。


そして、この人生を生きるために必要なのが、意図的な愚かさだ。


愚かであるとは、考えないことではない。分かったつもりになるのを遅らせることだ。意味に回収する前に、感触を引き受けることだ。世界や他者や自分自身を、処理しないという選択である。


賢さは人生をうまく切り抜けさせてくれる。だが、それだけでは人生は薄くなる。何年分もの日々が、一つの「だいたい同じ」に折り畳まれてしまう。


人生の強度を強くするとは、

人生を説明できるようになることではない。

人生に、毎回少しずつ説明不能なまま触れ続けることだ。


意図的に愚かであれ。

賢さが人生を安全にするなら、愚かさは人生を重くする。

一回しかない人生を、圧縮せずに通過するための、唯一の態度として。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ