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我慢と泣き言


 色んな人がネットで苦労や泣き言を書いているのを私は見てきて、ある時期から「何か反応したら、即依存されて、そこで少しでも面倒くさいな、というような態度を取ると、憎まれる」という法則を発見したので、自分で泣き言や愚痴を言う人たちには一切、絡まないようにしたのであるが(笑)


 彼らに足りないのは、ほぼほぼ、「我慢」なのである。しかも、あるポイントに絞った、総合的にみて、「そんなに苦労しないで済む我慢」なのだ。これは、私自身にも当てはまる。私もこんな駄文ばっかり書いて、アクセス数10とか、訳わからんことやってないで、資格取得の勉強でもしていれば、いいのであるが、ついついこんなエッセイを書いてしまう。


  しかし、これは、愚痴のパターン化ということである。現実は、そういうものではない。ゲームだったら、攻略サイトを見つければいいだろう。この愚痴を言っている人はそう考えている。だが、現実には攻略サイトはないのだ。


 だからこそ、現実においては「攻略法を探す態度」そのものが、しばしば罠になる。ネットに溢れる愚痴の多くは、実は「正解がどこかにあるはずだ」という前提に寄りかかっている。自分は不運なルートを引いただけで、本当はもっと楽に進める選択肢があるのではないか。誰かがそれを知っていて、教えてくれさえすれば——という期待である。


しかし現実は、残酷なほどにオープンワールドだ。ルートは無数にあるが、どれも保証されていない。セーブポイントもなければ、リセットも効かない。そこで必要になるのは、正解を教えてもらう能力ではなく、わからないまま耐える力、つまり我慢である。しかもそれは、歯を食いしばるような英雄的忍耐ではない。「今すぐ楽になろうとしない」という一点に集中した、実に地味な我慢だ。


愚痴のパターン化とは、この地味な我慢を回避するための装置なのだろう。同じ言葉を繰り返し、同じ不満を循環させることで、「自分はちゃんと苦しんでいる」「だから停滞していても仕方がない」という物語を維持する。その物語の中では、変化しないことが正当化される。だが現実は、物語に配慮してはくれない。黙っていても時間だけは進み、選ばなかった可能性は静かに消えていく。


ここで、前のエッセイで触れた「一回しか訪れない時間」という話が、別の角度から立ち上がってくる。愚痴を言っているその一時間も、同情を期待して書き込んでいるその一瞬も、二度と戻らない。にもかかわらず、それを「いつもの苦労」「いつもの自分」として処理してしまう。その雑さが、人生をさらに平板にする。


私が駄文を書き続けていることも、同じ構造を持っている。資格の勉強をしない言い訳はいくらでも作れるし、「表現している自分」という物語に浸ることもできる。だが、それがパターン化した瞬間、思考は止まる。本当は、今日は昨日とは違う集中の仕方ができたかもしれないし、違う我慢の切り方があったかもしれないのに。


現実に攻略サイトがないという事実は、絶望であると同時に、自由でもある。誰も正解を知らないということは、誰も失敗を断定できないということだ。愚痴に逃げず、即効性のある救済を求めず、少しだけ耐えて、少しだけ工夫する。その微差の積み重ねだけが、後になって「あれは確かに、自分の時間だった」と言える感触を残す。


結局のところ、我慢とは美徳ではない。方法論である。楽をしないための方法ではなく、より深く味わうための方法だ。そのことに気づいたとき、愚痴は次第に言葉として成立しなくなる。代わりに残るのは、不器用だが具体的な一歩と、それを踏み出している最中の、妙に生々しい実感なのである。


この場合の我慢とは、人生の一回性を思い出すことへの忍耐である。完璧に同じシチュエーションは二度と来ない。幸福も二度と繰り返さないが、悲劇も二度とくりかえさない。じっくり今の状況を観察して、感想してみよう。あなたのいる状況は、あなたがものを思った時に、独創性を持つのだ。

 

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