内田樹 vs 東浩紀
イェーイ!
なんかもう勃発しているみたいで、Twitterで、東浩紀が、内田樹のトランプアレルギーに対して、「こういうタイプの言説が行き詰まってゆくんだよ」と釘を刺している。
もう、東浩紀氏の左翼アレルギーはすごいからね。「あいつら一体なんなんだよ」って感じである。東浩紀氏は、言っていたか、忘れたが、俺も、左翼のグローバリズム、そして、民主党政権のときの内ゲバなどに、腹が立っている。
そもそも、内田樹氏の政治発言はあまりにもガードが緩すぎるんだよね。でも、実は、俺は二人の哲学的な思想というのは、かなり近いのではないかと思っている。
東浩紀は、何かの動画で、ヘーゲル、カントとかは、大人にならなくてはいけない。という哲学。なんだけど、それが左翼の考え方なわけ。違うんだよ!
と、前に俺が書いた、アポロン(秩序)派のことを話されている。あと、内田氏は、「日本が未熟だから、移民は無理」と言っている。つか、英国でも無理だっただろ。英国が未熟だったらどこが成熟なんだよ。って話であるが(笑)
そして、東浩紀は、いわゆる右翼とは全然違う。多分、レヴィナスとかなり近しい。全体性ということ、大人になれ!と言うことは言い出さない。なお、アリストテレスは、アレクサンダーに大人になれと使嗾したろうし、ハイデガーはナチスと仲良くなってしまっている。大人になる、ということは、そういう危うさも含んでいる。
東浩紀氏の「観光客の哲学」とか「平和と愚かさ」というのは、かなりレヴィナスの他者論に近いと思うのだ。もっと言うと、「中動態」というのが、もし、主観と客観と、「それ」の話だとしたら、これもレヴィナスと近くなる。
内田樹氏は、そろそろ左翼への無駄な肩入れはやめて、東浩紀氏と仲良くなった方がいいかもしれない。つかね、喧嘩したら、そりゃ、内田樹が勝つよ。合気道の有段者だろうし。
最近、小林秀雄も読んでいるが、「政治と文学」において、「イデオロギーというもの、政治思想というものは、自分たちの権力のためなら、いくらでも自由に区切ったり改変できたりできる、そんな薄っぺらいものなんだ。だから、政治思想なんてものは、思想には値しないし、たんなる政争の具でしかない」みたいなことを話されていた。かなり曲解かもしれないが。
だから、この二人が本当に思想的に語り合えたら、すごく面白いことになりそう。その前では、政治論なんて、間抜けな言い争いにしかならない。俺は、二人とも小林秀雄の言うところの「芸術家」だと思っているので、右とか左とかつまらんことで言い争わずに、ただただ仲良くしてほしいんだわ。




