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日本のエンタメを支えているのは主体性礼賛主義


  日本のエンタメを見渡して、どうにも息苦しい理由ははっきりしている。それは、ほぼすべての物語が「主体性」を過剰に礼賛しているからだ。夢を持て、自分を信じろ、行動すれば世界は変わる。失敗しても立ち上がれ。努力は必ず報われる。主人公は必ず選択し、決断し、前に進む。この形式が、ジャンルを問わず反復されている。


 だが、ここで一度立ち止まって考えてみる必要がある。主体性とは、そんなに無垢で善なるものなのだろうか。


 主体性礼賛主義とは、簡単に言えば「世界は自分の意志で切り開ける」という思想である。これは一見、前向きで健全に見える。しかしこの思想が物語の前提になると、世界は急激に貧しくなる。なぜなら、すべての出来事が主人公の選択と責任に還元されてしまうからだ。失敗は自己責任、成功は自己実現。他者や偶然、構造や運命は、背景に押しやられる。


 日本のエンタメは、この構図を好む。少年漫画、ライトノベル、アニメ、ドラマ、自己啓発的フィクション。どれも主人公の「覚醒」や「成長」を軸に回っている。主人公が立ち上がった瞬間、物語は正しさを獲得する。逆に言えば、立ち上がらない者、決断しない者、流される者は、物語の中心に立つ資格を与えられない。


 この主体性礼賛は、観る者・読む者にも容赦なく襲いかかる。主人公に感動できないのは、自分に主体性が足りないからだ。物語についていけないのは、覚悟が足りないからだ。いつのまにか、エンタメは癒やしではなく、自己査定の装置になっている。これは娯楽というより、精神的ノルマに近い。


 しかし、現実の人生はどうか。多くの人間は、選んで生きてはいない。流され、妥協し、偶然にぶつかり、失敗を回収できないまま日々を送っている。主体的である以前に、世界はあまりにも他律的だ。にもかかわらず、エンタメだけが「主体的であれ」と叫び続ける。その乖離が、見えない圧力として人々を追い詰めている。


 ここで思い出されるのが、アンチ英雄の文学である。カフカの主人公たちは、決断しない。ブランショが言うように、小説とは達成を描くものではなく、果てまで行ってしまう過程そのものだ。そこでは主体は強化されず、むしろ解体される。レヴィナスが語るように、重要なのは「私が何を成し遂げるか」ではなく、「他者がそこにいる」という事実なのだ。


 だが日本のエンタメは、こうした弱さや不確かさを嫌う。迷いは克服されるべきもの、停滞は物語上の欠陥とみなされる。結果として、主人公はいつも正しく、世界はいつも彼(あるいは彼女)の成長を待っている。これはもはや物語というより、主体性信仰の儀式である。


 もちろん、主体性を描くこと自体が悪いわけではない。問題は、それ以外の生の形が排除されていることだ。選ばない生、負けたままの生、理解されない生、救われない生。それらはエンタメの外に追いやられ、存在しないものとして扱われる。


 だが本来、文学や物語が担ってきたのは、そうした「語られなかった生」を引き受けることだったはずだ。英雄になれなかった者、主体になりきれなかった者の時間を、言葉にすること。それこそが、物語の倫理だった。


 日本のエンタメを支えている主体性礼賛主義は、確かに市場を回し、分かりやすい成功譚を量産してきた。しかしその代償として、世界の複雑さと人間の弱さを切り捨ててしまった。もしエンタメが再び人を救う場所になるとしたら、それは「頑張れば報われる」という声を少しだけ静かにし、「それでも生きている」という事実に耳を澄ますところから始まるのだろう。


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