ゲームについて
最近思うのだが、ゲームってのは、「こうあったらいいなあ」ってのを確認するためにやるというか、全体のシステム周りがわかったらあとはもういいじゃん。というか、それがわかっていて、同じことを繰り返してもしょうがないじゃんという気もしてくる。
この試行錯誤をして、うまく行くかどうかのスレスレを楽しむのがゲームと思えるのだ。で、100パーセントうまく行くのならあとはもういいじゃん、という気もしてくる。それでも、やる人は、多分、そのゲームの奥の幻想味というのかな。
そういうのを知ろうとしているのだろう。ゲームだけにしかない、空間、時間感覚というものがある。それと、自分の人生、スッカンピンな人生を比べて、変な充実感をえるのがゲームの本当の面白さとも言えそうである。世界操縦の面白さというか。
それを小説で、読んでいるだけで、味わえるようにするのが、異世界小説やゲーム小説の面白さってことになるのだろう。こういうのを楽しむ人たちが、一定層、いた方がいい、というか、書籍の売り上げの多くは、「頭の悪い人の売り上げ」なのである。頭の悪い人たちというのは、頭の良い感じになりたいのだ。
しかし、今、こう書いているが、これは、「私が頭がいい」という前提でものを書いているが、これも面白い。他人から見たら、私だって馬鹿の一員だろう。確かに、なんでこんなことをしているんだ。というのはある。「なろう」のサイトのエッセイなんか書くなんて、バカのやることだ。まだ、NOTEに書いた方がいいだろう。
しかし、本人は得てして、「自分は馬鹿である」と考えないものなのだ。それが人間の面白いところである。ゲームもそうで、ゲームをやる人はもれなく、万能感に浸れるのである。文章を書くのもゲームをするのも、漏れなく万能感に浸れるという特典がついてくるのである。
ゲームの面白さというのは、人生のある部分をクラフトできる、と言うことなのかもしれない。最近、私は、ウルティマ6 っぽいゲームの、exiled KINGDOMSというスマホゲーにハマっていたが、今はやっていない。やらなくてもやってもどうでもよくなるっている。それもこれも、先が見えるからかなあとは思う。ゲームってそう言うものだなあ。でも、いつか作りたいなあ。




