34.番外編 団長
side団長
「スヴェイン。よくなったようで安心したぞ」
従弟であるスヴェインが明日から隊に復帰するという知らせを受けて、団長として、彼を見舞いに訪れた。
案の定、レティシア嬢も一緒だった。彼女がスヴェインのそばを離れることなど、ほとんどない。
「ご心配をおかけし、いろいろ手をまわしてくださってありがとうございます」
スヴェインが深々と頭を下げる。彼の姿勢は丁寧すぎて、むしろ居心地が悪く感じるほどだった。
「お、おお、なんだ畏まって。いつも通りの口調でいいぞ」
軽く手を振り、苦笑を浮かべる。形式張る従弟の様子に、むずがゆい思いを抱えた。
スヴェインが、捕虜になった時には、血の気が引くおもいだった。
その後、レティシア嬢が、ソレイユに乗って駆け出した時は、さらにひどく血の気が引いた。令嬢がドレスのまま馬にまたがるか普通。危険な場所にためらいなくいくなんて、寿命が縮むかと思った。
レティシア・ロラン子爵令嬢
スヴェインからレティシア嬢を婚約者として紹介されたときは、真っ赤に照れるスヴェインを見て、無骨な従兄弟もこんな顔をするのだと笑いを堪えきれなかった。
レティシア嬢は10歳も年下だが、そんな彼女がスヴェインを慕う姿は、微笑ましいどころか可愛らしいとさえ感じた。
しかし意外にも婚約者の方がスヴェインにベタぼれだった。
それこそ、この俺に嫉妬して敵意を向けるほどに……。いや、俺は、婚約者を作っていないだけで、女しか好きじゃないというのに。
スヴェインの飼っているウサギの件からだったな、あれ? と思い始めたのは。とにかく、なぜ知っているんだというほどの情報を持ち、スヴェインに不利にならないよう、また、喜んでくれるよう水面下で動く。
しかし、なぜか俺にそれを報告してきて、俺を巻き込む。俺とて従弟のために動くのは嫌ではないが、スヴェインにばれないようにしてくれというから、気苦労が半端ない。
「レティシア嬢、望み通りだな」
第二王子に呼ばれたことすらスヴェインには伝えていないだろう、すましたレティシア嬢に声をかける。
結局、王は退位、王太子は廃嫡。
あの時の話の通り、極寒の地へと旅だった。側妃は、心労がたたったのか、療養が必要となり、共には行かなかったが、王宮から離れ療養地へと向かった。
「なんのことです」
涼しげな顔で返される。
言うなってことだな。苦笑する。
この有能な婚約者は、第二王子にも一歩も引かず、ヒヤヒヤした。
敵国の兵士の最後は、悲惨だったらしい。
そばにいたものが、トラウマになるほどに……レティシア嬢は、恐ろしい毒草を用意したな。
むしろ、なんでそんなものを知っていたんだ? いつ、だれに使おうと思っていたのか……。俺なわけないよな。
……やはり、敵に回してはいけない。
三人でお茶をすることになり、席に着いた。
もうすぐ、卒業を迎えるレティシア嬢は、卒業パーティーや結婚式の話に花を咲かせている。その瞳は輝き、頬は紅潮している。
楽しそうに語る姿につられて柔らかい笑みがこぼれる。こうしていれば可愛いのに。
「しかし、王子殿下が、サンクトゥス・エテルナ教会を式場として準備してくださるとはな」
スヴェインが感慨深気に言った。ああ、楽しみにしておくといいといった礼だな。
「ステンドグラスが美しく、『聖なる永遠』という二つ名があるあの教会で結婚した人は幸せに暮らせるとか。予約は10年先までいっぱいと聞いていたので諦めていましたので、まさかと思いましたけど。さすが王族ですわ」
「あぁ、教会での何かの行事を1つ中止にしたと言ったな。ありがたいことだ」
子供が生まれるとすぐに未来の式場として予約する高位貴族が多いと聞く。さすがのレティシア嬢も、年月は、どうすることもできなかったらしい。
レティシア嬢への礼、それに自分をかばったスヴェインへの礼……このくらいはあの王子ならやるだろう。
王族の行事は金がかかる無駄なものも多いしな。この機会に削減しようとでも思ったのだろう。ともかく嬉しそうでよかった。
「美しいステンドグラスにレティシアのドレス姿、想像するだけで美しい。皆に自慢したいような、誰にも見せたくないような。やっぱり見せたくないなぁ、閉じ込めておきたい位だ」
「私こそスヴェイン様を閉じ込めておきたいですわ。そうなると、普通の扉ではダメですわね。檻? 頑丈な檻が必要だわ」
「ははは、檻は嫌だな」
「そうですか? では、檻は辞めましょう。ふふふ」
・・・笑うところが一つでもあったか?
レティシア嬢は本気でやりそうだから、怖いんだよ。
「そういえば、二人は結婚式の後、どこかに新婚旅行に行く予定か?」
話題を変えるように問いかけた。
「そうだな。俺には任務もあるし、隊から長くは離れられない」
スヴェインは残念そうに言った。
「それでも、少しくらい羽を伸ばしてこい。こんな時くらいしか、のんびりできないだろうからな」
俺の言葉にスヴェインは小さく笑いレティシア嬢に尋ねる。
「レティはどこに行きたい?」
レティシア嬢がその笑顔をじっと見つめ、ふと口を開いた。
「スヴェイン様と一緒なら、どこへ行っても楽しいですわ。たとえ、それが戦場でも」
……冗談なのか、本気なのか、判断がつかない。
その無邪気な笑顔が、逆に恐ろしく感じられる。
はぁ……、俺の気苦労はまだまだ続きそうだな。
END
※SSおまけ(一度も登場しなかった3人)
父「レティは、今日もスヴェイン君のところか?」
母「そうですわね。結婚式の話じゃないかしら。毎日楽しそうよ」
父「そういえばエドは、セリーナ嬢とうまくいっているのか?」
兄「ん? セリーナ? 今度一緒に観劇に行くんだ。僕が贈った絵も喜んでくれたし、とってもいい子だね」
父「レティは見る目があるな。よかったなエド」
母「本当ね。レティに任せておけば、安心。さすが私の娘」
兄「レティは可愛くて優秀で自慢の妹だよ」
父「今日の仕事は終わったし、天気がいいから、私は午後から釣りに行ってくる。魚好きの可愛い娘に大物を釣って来るぞ」
母「私は刺繍をするわ。レティのベールがあともう少しで完成なの。エドあなたは?」
兄「もう少し仕事をしてから、ピアノの練習をするよ。レティに聴かせる約束をしたんだ」
母「まあ、いいわね。ふふふ」
父「そうだな。ははは」




