31.救出
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日が暮れ、夜が訪れ、再び日が昇る頃。
救出成功の知らせが届いた。
届けた騎士から詳細を聞く。
勝利の美酒に酔いつぶれた兵士たちの寝息が、テントの中に不規則に響いていた。
テントにしみついた酒の匂いが鼻を突き、皮製の酒樽が空になったまま転がっている。月明かりが薄くテントの隙間から差し込み、乱雑に投げ出された武具がかすかに光を反射していた。その無防備な光景は、敵を完全に打ち負かしたという自信の表れか、それともただの慢心か――どちらであったにせよ、彼らの油断を利用するには絶好の機会だった。
薬草を燻すと、酒で意識が朦朧としている彼らには薬草の効き目が一層強く表れさらにいっそう眠りを深めた。これからの自らの敗北を知る間もなく深い眠りに落ちていった。
外で見張りに立っていた者たちも、薬草の霧が漂う中でふらつき始め、やがて崩れるようにその場に倒れた。その瞬間、静寂が辺りを包み込み、夜の闇が一層深まったように感じられた。
テントの中では、作戦を練っていたであろう将校たちが机を囲んでいた形跡が残っている。地図や文書が乱雑に広げられ、戦略のメモらしきものが散乱していた。
だが、奇襲は迅速で容赦がなく、彼らもまた瞬く間に制圧された。その場には、短い悲鳴や驚きの声だけが残され、再び静けさが訪れた。
捕虜として捕らえられていた者たちは、縛られた手足に擦り傷や打撲が目立ち、疲労と緊張でその表情はこわばっていた。
しかし、外から「助けが来た」と告げると、彼らの目には希望の光が宿り始めた。喜びと安堵が混ざった涙を浮かべながら、ようやく自由への道が開かれたことに感謝を噛みしめていたという。
その中で唯一、声を上げなかったのはスヴェイン様だった。王子を庇うために負った大けがが、彼を痛みと疲労の海に沈めていた。
血に染まった包帯が彼の無償の献身を物語っている。彼の瞳は重く閉じられ、命の灯火が揺らいでいることを感じさせた。周囲の者たちが彼を心配そうに見つめる。その場の緊迫感が一層際立っていた。
団長が素早く指示を出し、用意していた馬車に乗せ、王子殿下とスヴェイン様と先に戻ってくる。
大けが……、どうしよう。早く帰ってきて……。
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「お嬢様、体が冷えます。一度お戻りになった方が……」
「いいえ、バレン。ここに居るわ。一刻も早くお姿を見なければ」
遠くから土煙を上げ馬車が来る。
あ、あれは……。
「スヴェイン様!!」
団長に抱えられ馬車を降りる傷だらけのスヴェイン様が目に入る。
「意識は失っているが、命に別状はない。看病してやってくれ」
青ざめた顔と傷の手当てが痛々しい……。
「ああ、なんてこと……」
医務室に入ると、どこか湿った空気が肌にまとわりつき、薬草や薬剤の混ざった独特な匂いが鼻をついた。
傷口から漂う熱が身体全体を蝕んでいるのか、意識はとぎれとぎれだ。
医師が近づく足音が、床板を軋ませながら響いた。厳格ながらもどこか優しげな表情で診察を始める医師の声が、遠くで揺れる鐘のように微かに耳に届く。
「傷の具合を見てみましょう。少し痛みますよ」
指が傷口の周辺をそっと探ると、スヴェイン様の身体が反射的にびくりと震えた。
「傷のせいで熱が出ていますが、団長様のおっしゃる通り命には別条ありません。安静にしていれば快方に向かうでしょう」
その言葉に、胸の中で張り詰めていた何かが少しずつ解けていく。
窓の外から差し込む夕陽が、部屋の隅を橙色に染めている。薄いカーテンが風に揺れて小さく波打つ様子が目の端に映る。
スヴェイン様は、視線を動かす気力すら湧かないほどだった。
それでも、命に別状がないという言葉が胸の奥で灯る希望のように、かすかな安心感をもたらしてくれる。
しかし
許さない……
スヴェイン様を傷つけたカリストリア国の者たちはもちろん、王族とて許さない。
馬鹿正直に、少人数で行かせるなんて。二重三重の策を講じるなんて、常識でしょ。
そうしないよう、あの第一王子が、裏で手をまわしたに違いない……。
救援隊。
近衛の先発のあと、なぜ他の騎士団や兵士たちは行かない……。
いや、行けなかったのだろう、国王が命を出さないから。
どういった思惑があるにしろ、命を軽視している王太子、そして国王、許さないわ――。




