27.大人しくしていればいいのに
side レティシア
「お嬢様、次の王宮での夜会について2つ情報を掴みました」
執務室の静寂を破り、執事のバレンが冷静な声で告げた。彼は銀の盆に一通の調査書を載せて、丁寧に差し出す。その態度はいつもながらふざけた感じだが、その瞳には鋭い光が宿っている。
柔らかいベルベットの椅子に腰掛けたまま、手を伸ばして調査書を受け取った。簡潔にまとめられた情報を一瞥すると、唇の端に冷笑を浮かべたのが自分でもわかった。
「とうとう、王女自ら動くってわけね。大人しくしていればいいのに」
「どうしますか? どちらも事前に対処できますが」
「……そうね」
バレンが掴んできた情報の一つ目「禁じられた賭け事」
夜会の裏で囁かれている、高位貴族たちによる賭け事の噂。
王宮内で行われるこの賭け事は、国で禁じられているにもかかわらず、王族の主催という形で密かに続けられているらしい。
以前から耳にはしていたが、その詳細までは掴んでいなかった。
参加者たちは、表向きは厳かな貴族の仮面を被りながら、大金を賭け喜んでいる。
その賭け事の場が、今回の夜会の裏で行われるという情報が入ってきた。
「何とも馬鹿なことを」
軽蔑を込めてつぶやく。仮面をつけて身分を隠すなどという決まりがあると聞くが、どうせ参加者は顔見知りばかりだ。そんな茶番に意味があるのだろうか。王族派の高位貴族の機嫌を取りたいのか、弱みを握りたいのか。
だが、その馬鹿げた場が今回の舞台。
その賭け事の場を利用して、
スヴェイン様を陥れようとしているわけね。
賭け事の場に彼を誘い込むか、彼が加担しているように見せる状況を作り出すのか。それとも、不正な賭けを協力した証拠をでっち上げるのか。手段は定かではないが、目的は明らかだった。
――スヴェイン様をスキャンダルに巻き込み、彼の信用を失墜させ、追放すること。
指先で調査書を軽く叩きながら、思考を巡らせる。
「高位貴族しか出席できない場に、騎士である彼がいるだけでも物議を醸すでしょうね。公には裁けないとしても」
騎士であるスヴェイン様が勝負事をしているという誤解を与えれば、支持を失わせることができる。
……そんなことさせるわけがないでしょう。
「他愛もない計画ね。こちらに不備がない限り、相手の動きは封じられるわ。王女一人ではできないことね。他に関わっているのは誰?」
そう言い放ち、冷たい微笑を浮かべる。
「王女の願いを第一王子が国王に伝えたと聞いております」
「そうなの」
そうではないかと思っていたけど。
夜会当日、エスコートはしてくださるが、スヴェイン様は護衛の任につかれるため、ずっと張り付いているわけにはいかない。お仕事をしているスヴェイン様は、素敵ですもの。そこに、何の不満もないわ。
まあ、王女がやりそうなことは、ある程度予測がつくもの。常に見張っていなくても大丈夫そうね。
スヴェイン様に。何の恨みもないくせに、害をなそうとしてことを後悔させてやるわ。
「バレン、いくつか頼みたいことがあるのだけれど」
「ご指示の通りにいたします、お嬢様」
バレンはおおげさに恭しく一礼し、情報を引き継ぐ。
再び調査書を手に取り、瞳を細める。
どれほど愚かしい企みも、潰すことができるという確固たる自信がある。
「もう一つの情報に関しては……当日まで何もしないわ。ふふ、事実なら、王女は終わりだもの」
あとは、スヴェイン様に怪我がないことを祈るだけ。




