2.なんで俺は sideスヴェイン
sideスヴェイン
青空がどこまでも広がる訓練場。その片隅で、俺は団長と並んで腰を下ろしていた。微かな風が草を揺らし、春の匂いが漂う中、遠くでは剣がぶつかる音や、規則正しい足音が微かに響いている。穏やかな空気に包まれながらも、胸の奥にはもやがかかったような感情が渦巻いていた。
「なあ、俺は、なんで近衛騎士団、第二王子付き近衛隊の隊長なんだ?」
ぽつりと漏らした俺の疑問に、隣で腰を下ろしていた団長――俺の従弟でもある彼は、軽く肩をすくめながら苦笑を浮かべた。
「なんだ、不服か?」
「……俺の隊の隊員は、真面目に訓練する気がない」
俺の隊というよりも団全体だがな。
視線を落とし、手元の草を無意識にむしり取る。その動作に、俺の苛立ちがにじみ出ていた。続く言葉には、押さえきれない思いがこもる。
「近衛騎士団は、王族や皇族を護衛するエリートの集まりのはずだ。それなのに、隊員のほとんどは、傷がつくのを恐れてるような貴族の令息ばかりだ。訓練にも身が入っていない」
団長は俺の言葉を聞いても慌てることなく、穏やかに目を細めた。そして、いつものように軽口を叩く。
「まあまあ、スヴェイン。そういうなって。王族が連れ歩くんだ、見かけも大事だろう?」
その一言に、俺の眉間が自然と深く寄る。
「見かけだけでは、いざというとき守れないだろ!」
苛立ちを隠さず返すと、団長は呆れたような笑みを浮かべながら、肩を軽く叩いてきた。
「だからこそ、辺境伯の令息で、武に長けたお前が必要なんだよ」
「……俺は、近衛ではなく第三騎士団にいたかったのに。猛者ばかりの団……ああ、最高だった。っ! お前だろ、俺をここに引き抜いたのは」
団長は悪びれた様子もなく笑い声を上げる。
「はは、バレていたか。従弟の俺をサポートしてくれるのは当然だろう? お前の見た目は近衛っぽくはないが、城の大広間で、陛下に忠誠を誓った姿は、誰もが息を呑むほどだった評判だぞ。男が惚れる男ってやつだ。隊員はそれを見てはいないが、なに、お前の背中を見て、訓練の大事さを悟るのも時間の問題だろう」
この俺の背中を? 美を重視するあいつらが?
鍛え上げた背中を見て、何か思うことなどあるわけがない……。
「男になんか惚れられても……。はぁ、本来背中を見せるのはお前の仕事だと思うがな。俺は自分の顔が強面だと自覚しているんだぞ。あいつらは見かけを大事にする。だから、近衛騎士として憧れを持たれるのはお前のような顔だろう。お前が時々、稽古をつけてやれ」
俺は肩をすくめる。
団長が目を細めてにやりと笑い、がしっと俺の肩を組んで続けて言う。
「惚れられたいのは男ではなく女か? ん?」
「いや、それはない。俺にはレティがいるからな」
その名前を口にすると、団長はさらに笑みを深めた。なんだそのにやにや顔は。ったく……。
その時、妙な気配を感じた。自然と周囲に視線を巡らせる。
「どうした、スヴェイン?」
「いや、視線を感じたような気がしたが……気のせいだったようだ」
俺の言葉を聞いた団長は、急に真剣な表情になり、同じように辺りを見回す。そして、視線を止めて口元をゆがめた。
「……ああ、なるほど……いや、気のせいじゃ……ないな」
俺も団長の視線を追い、立ち上がる。
あれは?
視線の先にいたのは、レティだった。
彼女は少し離れた場所で、俺と目が合った瞬間、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。金色の髪が風になびき、頬が紅潮している。ああ、そんなに慌てたら、転んでしまう。
「レティ……!」
俺は慌てて手を伸ばし、駆け寄る彼女を迎えた。
案の定、レティは足元を少しふらつかせながら、俺の腕をつかんだ。そのままぱっと顔を上げ、輝くような笑みを浮かべて俺を見つめる。
彼女の顔は輝いていて、春の陽射しに負けないほどの温もりがそこにあった。




